日本映画の鉄道シーンを語る

日本映画における鉄道が登場する場面(特に昭和20~40年代の鉄道黄金期)を作品毎に解説するブログ

83. わかれ雲

1951年11月 新東宝 配給 公開  スタジオ8 製作    監督 五所平之助

母親の死後 家に継母がきたことから心が捻じ曲がった藤村眞砂子(沢村契恵子)が、家族と離れて暮らすことから世間が見える様になり 成長し 立ち直る姿を見せる映画です。

鉄道シーンは最初と最後にあります。冒頭 D51 蒸機が牽く夜行列車が夜明けを迎える場面から始まります。やがて列車は中央本線 小淵沢駅に到着します
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構内放送が「小淵沢~ 小海線乗換 小海線は時間がありますので駅の待合室でお待ちください」と告げています。眞佐子たち女子大生5人組はホームに降り立ち背伸びなんぞをしています。
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この列車は新宿 23:55 発 419ㇾ長野行普通列車と思われ、小淵沢には翌朝 5:33 の到着です。しかし接続の小海線は始発が 7:12 とかなり待つことになります。
5人は八ヶ岳を眺めて感激する者・ホームの水飲み場で美味しそうに飲んでる者・向かいの小海線ホームに停まっている客車を見て、「まークラシカルな汽車!」と言う者 それぞれです。
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やがて小海線の発車時刻が迫り、駅の外で過ごしていた五人が改札へと急ぎ足で向かっていると、眞佐子が改札前で倒れ込んでしまい一同は小海線の汽車に乗れなくなってしまいました。
眞佐子は軽い肺炎に罹り、駅で世話になった山田館のおせん(川崎弘子)の元で皆と別れ療養します。快方に向かった後も継母の迎えを断り、南医師(沼田曜一)を手伝い おせんの元で暮らします。

そして父親である藤村良平(三津田健)が出張の帰り道に迎えに来た時、眞佐子は見違える程明るく 素直になり 一回り大人の女性に成長した姿を父に見せたのでした。
いよいよ小淵沢を離れる日 別れの場面で後半の鉄道シーンがあります。駅弁の立売がいるホームでは眞佐子と父 おせん 南医師が上り新宿行を待っています。

案内放送の後 D51 蒸気機関車重連牽引の新宿行普通列車が到着します。先頭は上諏訪区のD51 174です。
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眞佐子と父は3両目の2等車に乗車し、窓から顔を出して別れの言葉を交わしています。
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やがて汽笛が鳴り響き、
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列車はゆっくりと動き出し お互い別れを惜しむ中小淵沢駅ホームを離れ加速して行くのでした。知り合いになった町の人々も沿線から見送っています。

当時のダイヤでは昼間の上りは1本準急列車がありますが小淵沢は通過です。新宿直通の普通列車は5本で、この内2等車連結は2本しかありません。
松本 6:00 発の 412ㇾが小淵沢 8:46 塩尻 11:26 発の424ㇾが 13:27 の2本ですが、8:46 の412ㇾに乗車したと思われます。そしてこの列車は 13:36 に新宿到着です。

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