日本映画の鉄道シーンを語る

日本映画における鉄道が登場する場面(特に昭和20~40年代の鉄道黄金期)を作品毎に解説するブログ

 64. 雑草のようないのち

 1960年1月 日活 製作公開      監督 滝沢英輔

 原作は、森山 啓(若いいのち)で発表即映画化となった浅丘ルリ子主演の純愛悲恋映画です。

 若村待子( 浅丘ルリ子 )と朝野純一( 川地民夫 )は共に金沢の高校に通う同級生です。学校の帰り道、汽車で帰る待子 自転車の朝野は友達連れで途中にある踏切にどちらが早く着くか競います。
 遠く汽笛が聞こえる中 警報機が鳴り始め、遮断ワイヤーが降り始めた踏切を朝野は突っ切ります。やや遅れて後ろに続いていた友達は、ワイヤーの踏切標板に遮られ渡れません。

 踏切の向こうへ渡った朝野の横をC57牽引の列車が通過して行きます。複線非電化の北陸本線ですが、どの辺りかは分りません。
 この時代 北陸本線では一部区間で複線化が始まった頃で、後述の待子の家付近では単線です。電化も先の話で、福井~金沢でも1963年4月なのです。

 車内では待子と友人の井田さと子( 中川姿子 )が並んで後方を見ています。さと子は左手に朝野がいないのを見て、「朝野君は向こうよ」と右手を指します。
 待子は曇る窓ガラスを拭きながら、朝野を見つけて手を振ります。 朝野も力一杯手を振り返します。さと子が「まるで今日限り別れる人みたい」などと冷やかしますが、待子は気にしない様子。

 その後 待子の家には不幸が続き、高校を辞め働くこととなるのです。朝野は東大に合格し、いよいよ二人は遠く離れ離れになることに。
 朝野が上京する列車が通る時刻 待子は家の近くの踏切に駆け付けます。遠く汽笛が響き、左手からカーブを曲がりC57を先頭に急行列車らしきが高速で通過して行きます。

 待子は列車の先頭から必死で朝野の顔を捜します。朝野も察知したのか寒いのに窓を大きく開け、帽子を取って大きく振り待子の方を見ます。
 それを見て待子は「純一さ~ん」と精一杯の声で叫ぶのでした。高速の列車はあっという間に白煙の彼方に消えて行きました。線路端には整然とハエタタキが並ぶ単線路です。
 春まだ浅い北陸の肌寒そうな鉛色の空が、二人の行く末を暗示している様です・・・
 
 
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