日本映画の鉄道シーンを語る

日本映画における鉄道が登場する場面(特に昭和20~40年代の鉄道黄金期)を作品毎に解説するブログ

63. 秋津温泉

 1962年6月  松竹 製作 公開   カラー作品     監督 吉田喜重

 岡山県 秋津温泉(架空ですが奥津温泉郷の大釣温泉でロケ)を舞台に旅館の娘 新子( 岡田茉莉子 )とタマニしか来ない東京の男 河本周作( 長門裕之 )の悲恋映画です。

 1945年夏 東京の学生 河本周作( 長門裕之 )は空襲で焼出され、更に肺病を病み生きる希望が薄くなりながら鳥取の親戚を頼って津山線の無蓋貨車の荷台に乗っているのが最初の鉄道シーンです。63-1.jpg

 C11蒸機が牽く貨物列車には大勢の人が乗っています。旅館の女中 お民( 日高澄子 )と話している時、突然 非常時の汽笛が連呼され列車は急停車します。

 退避の声が掛り、皆 貨車から飛び降り逃げ出して行きます。しかし河本は一人そのまま列車に残り、気だるそうに遥か高空を行く飛行機を眺めています。
 暫くして皆 列車に戻り、再び走り始めます。お民は河本の顔色が悪いのを見て心配し、河本もお民の働く秋津温泉に連れてって欲しいと頼みます。

 秋津荘の娘 新子は河本が自殺に至りそうなのを救ってから惹かれ合いますが、河本は数年おきにしか秋津へやって来ません。そして東京に妻子までいるようになります。でも秋津へ河本が来ると新子は都合のいい女になってしまいます。
 次の鉄道シーンは津山駅4番線 停車中の列車の横を並んで歩く二人から始まります。63-2.jpg
発車間際なのかホームには他に誰もいません。河本が2両目あたりのデッキから列車に乗り込みます。

 河本は車内通路を 新子はホームを歩き、6番目の窓の所の席に座ります。その時発車ベルが鳴り始めると、握手して「 行きたまえ 」と一言。
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新子は無言で出口の方へ歩いて行きます。
 地下通路への階段を二・三段降りた時 汽笛が鳴り、新子はハッとして顔を上げます。動き出した列車のデッキに河本が移動して、階段に近付くと「新子さん」と呼びかけます。

 その声に新子は着物姿で駆け出しますが、加速した列車はあっという間に去り行きます。左手には津山機関区の給水塔が見えています。
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ここまで新子は一言も発していません。
 その後も河本は数年ごとにしか現れません。次第に生活が落ち着いてゆく河本 だんだん生活が荒んでゆく新子。そのゆく末は・・・

 ロケが行われた頃の津山線 津山発下り岡山行列車は一日15本あり、DC準急1本 ・DC普通10本 ・SL牽引普通列車4本でした。
 このうち撮影は日中唯一の蒸機牽引列車である 津山11:37発の 615ㇾ 列車で行われたと思われます。情緒ある蒸気機関車が悲しい別れの場面をより一層印象深くしていますが、1971年3月蒸機は消えてゆきました。
 

 

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コメント


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秋津温泉

日本映画と鉄道シーンの貴業績に心より敬意を表します。これほど優れたサイトは他に見られないでしょう。
さて、この「秋津温泉」は私が生涯忘れることの出来ない最高の映画で、今までにロケ地を含め、この映画についてあらゆる事を調べています。このサイトで津山駅のシーンの情報が分かりました。映画では早朝のシーンに設定されていますが、実際は11時37分発だったのですね。
さて、厚かましいお願いがあるのですが、この津山駅の夜のシーン(最終発のアナウンスが流れ、新子がいたたまれず周作の手を取り、駅前の旅館に連れていく)、このアナウンスは実際にはどの列車のことなのか、調べていただけませんか。
映画を何回見てもよく聞こえないのです。
是非お願いいたします。

赤松幸吉 | URL | 2013-08-25(Sun)10:58 [編集]


Re: 秋津温泉

 小生のブログへご訪問ありがとうございました。何よりの励みになります。

 津山駅でのシーンは、発車数分前なのにホームには他に誰もいない点と乗客に学生の姿が無い点などから朝ではなく11:37の列車であろうと推察した訳で確たる情報が有る訳ではありません。

 次に夜の津山駅のシーンは、河本が4回目に来た時で 1955年と思います。当時のダイヤで最終列車は、津山 20:19発の627ㇾです。この列車に乗ると、岡山へは 22:04の到着です。しかし接続は悪く、2:54発の急行雲仙 東京行まで5時間弱待たねばなりません。ロケ当時のダイヤで見てもDC化されてはいますが、津山 20:29の 643ㇾで岡山到着が 22:04と変わりません。接続は 23:53発の特急あさかぜ号東京行が有り、待ち時間が2時間弱で普通2等車も2両付いています。

テツエイダ | URL | 2013-08-27(Tue)12:33 [編集]


秋津温泉

テツエイダ様 調査有り難うございました。
夜の津山駅シーンは、もう一度DVDで確かめてみると、なるほど「20時19分発津山線岡山行きの改札を始めます」とアナウンスされています。岡山に着いてからの接続については映画のことなのでどうでもいいのでしょう。
朝の津山駅は確かにホームに誰もいないのは不自然です。多分プラットフォームを借り切って撮影されたのだと思います。この後、新子が階段を下りるとき、通学の女子高校生たちとすれ違うので7時頃の設定なのでしょう。(全く誰もいないプラットフォームに急に女学生たちが駆け上がるのも変ですが)
時は昭和30年の4月、あたりの陽の射し具合から見て、貴兄の調査のように実際には11時37分頃撮影されたのでしょう。
テツエイダ様は相当の鉄道マニアだと推察されます。私は邦画(しかも貴兄が調査されている昭和30年・40年代を特に愛しています。今の映画はきらいです)のファンですが、鉄道のことはまったく分かりません。そこでリクエストをお願いしたら、調べていただけるのでしょうか。
たとえば、「名もなく貧しく美しく」の二人が電車の中で窓越しに手話で語り合うシーン、あの電車は何なのでしょうか。
「旅の重さ」で少女が線路沿いを歩いている横を過ぎ去る二つの列車は?特急の「うわじま」の文字が見えますが。お暇なときに是非このブログでご教示ください。

赤松幸吉 | URL | 2013-08-27(Tue)18:03 [編集]


Re: 秋津温泉

 赤松様も昭和3、40年代の日本映画がお好きだそうで、その点では同好の士と思われ 今後もコメント等 宜しくお願い致します。
 さて「名もなく貧しく美しく」ですが、連なる隣どうしの車両の窓越しで二人が手話とアイコンタクトで語り合うシーンは小生も感動した覚えがあります。しかし改札口のシーン(駅員に誤解されるシーン)やこの車内のシーンの他に車両の外観がわかるシーンが無いことから小生のコレクションには加えていません。
また かなり前に観たので記憶が不鮮明ですが、もしや東武伊勢崎線での撮影では?と思った覚えがあります。

 次に「旅の重さ」ですが、この作品は公開当時 大変気に入った作品で劇場へ3回見に行き感銘を受けました
お尋ねの「うわじま」ですが、3両編成であることと進行方向右手に海が見えていることから下り急行うわじま3号(605D 高松 6:15発⇒宇和島 11:55着)であろうと思います。
 当時1号~9号まで片道9本も運転されていた(急行うわじま)の中で唯一グリーン車が連結されてなく3両編成だったのが、下り3号と上り6号なので特定できました。

テツエイダ | URL | 2013-08-28(Wed)22:54 [編集]


女の園

次々と作品を発表され、その力量に驚かされます。一つの作品をまとめるのに、おそらく何時間も何十時間もかかっていることでしょう。

さて「女の園」は私の居住地の近くで撮影されたものなので、特に念入りに拝見しました。

一つ疑問点があります。

須磨駅とされている三枚目の写真は、背景の松林からして「舞子」ではないでしょうか。現在の須磨駅は海岸にそのまま面していて、松林などはありません。それとも当時はその海岸に松林があったのでしょうか。このような松林が見られるのは「舞子」だけだと思います。当時は現在の「須磨海浜公園」駅はありませんでしたね。
どうですか。

赤松 幸吉 | URL | 2013-12-08(Sun)19:11 [編集]


Re: 女の園

赤松様 コメントありがとうございます。 好きな作品については、いつも以上に力が入って時間をかけてしまいますね。

 須磨駅の件は小生も悩みました。直前の場面で下田が芳江からの手紙を読んで翌日会うのですが、語りが入らないので文面が分かりません。駅で会って砂浜を歩くシーンに続くので、有名な須磨の浜かな?と考えたのです

 下田が姫路から来るのに神戸方面直通普通列車でも須磨に停車するのに、何故 明石で国電に乗り換えて来たのか引っ掛かり悩んでいたので、舞子駅だと納得ですね。

 また砂浜を歩くシーンでは海越しの正面に淡路島の端部らしきが大きく映っていますので、須磨よりも現在明石海峡大橋が架っている淡路島まで最短部である舞子駅が正解ですね。

的確なご指摘ありがとうございます。これからも御指摘,ご意見お願いします。なお 本文は修正しておきます。

テツエイダ | URL | 2013-12-10(Tue)17:44 [編集]