日本映画の鉄道シーンを語る

日本映画における鉄道が登場する場面(特に昭和20~40年代の鉄道黄金期)を作品毎に解説するブログ

 62. 踏みはずした春

 1958年6月 日活 製作 公開     監督 鈴木清順

 非行少年少女の更生を手助けするBBS運動に参加したバス会社に勤める緑川奎子( 左幸子 )の奮闘と心の葛藤を描いた映画です。

 父親殺し未遂で少年院を出所した笠原信夫( 小林旭 )の担当になった奎子は、なかなか笠原と馴染めません。
 東急電鉄東横線 代官山駅を降りてきた奎子を笠原が追い駆けて来て、絡むシーンがあります。駅舎は1927年開業以来手が入っていないのでは?と思われる程くたびれた感じです。62-0.jpg


 駅出口からコンクリート舗装された急な下り坂道で二人は言い合いになり、笠原が奎子の腕を捻り上げますがハッとして再び駅に向かいます。
 ホームへ3000系電車が入って来ると、笠原が改札からのコンクリート製下り階段を急ぎ足で降りてきます。この駅も来週 渋谷~代官山の地下化により1989年以来二度目の変身を遂げます。

 続いて走行中のデハ3450形 ラストのデハ3499の前面中央の窓から上半身を出した笠原が、積もった鬱積を冷やすようにしているシーンがあります。62-3.jpg

 1936年川崎車両製で片隅式の運転台・非貫通であった時代の姿ゆえに、正面中央の窓ガラスを下し上半身を乗り出す様にして風に向かっています。

 その後この車両は全室運転台・正面貫通化に改造され1989年の旅客営業引退まで長きに渡って東急各線で活躍しました。更にその後も両運転台車であることから東急車両構内で入れ替え作業に従事しました。
 使用停止後 構内で保管されていましたが、解体されてしまう直前 劇的に保存会に引き取られ現在では群馬県前橋市々内で余生を送っています。

 なかなか更生の糸口を見い出せない笠原に、渋谷の銀座線車庫横の道で説得する奎子の場面もあります。まだ砂利道の時代で、急な下り坂が渋谷駅方向に延びています。
二人の背後に停車しているのは1938年東京高速鉄道として表参道~虎ノ門で初開業した時製造された100形と思われます。
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別れ際、右端に1500形と思われる車両も単独で映っています。

 今では渋谷マークシティビルに飲み込まれた感じのこの場所は{43.泥だらけの純情}でも既述しましたが、この作品を始め1965年日活作の{青春前期 青い果実}でも登場しています。
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