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日本映画の鉄道シーンを語る

日本映画における鉄道が登場する場面(特に昭和20~40年代の鉄道黄金期)を作品毎に解説するブログ

 58. こだまは呼んでいる

 1959年1月 東宝 配給 公開      監督 本多猪四郎

 田舎の路線バス運転手 鍋山精造( 池部良 )と車掌の 三好タマ子( 雪村いづみ )を巡るドラマです。

 冒頭 昭和33年の中央本線 韮崎駅の紹介があり、
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木造駅舎の駅前からハイキングへ行く人々が近代的なキャブオーバー型のバスに乗り込む様子が映ります。
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 ホーム2面を跨線橋で結ぶ形ですが、現在では廃止されたこの駅の特徴であったスイッチバックの様子が画面からは分りません。

 さて二人が組むのは山梨交通の路線バスで韮崎駅と宿木村(架空)を結んでいます。いつも村人に町での買い物など頼まれ事も引き受けてしまうタマ子なのでした。
 それで発車時刻に遅れ 鍋山をイラつかせ、乗客のハイカー役の加藤春哉たちから囃し立てられるシーンもありますが乗務するとバスガールらしい名調子で案内します。

 そんなタマ子に本屋の平沢健一( 藤木悠 )が好意を寄せますが、二人はお互いが不可欠なパートナーであることに気付くのでありました。
 午後の帰り便でハイカーたちを駅まで運んできた後、線路端で休憩している二人の前を新宿行の上り列車がD51 1025 蒸機に牽かれて行くのでありました。
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 この機関車 当時は上諏訪機関区に所属し、 長野工場式集煙装置と重油併燃装置を搭載し非電化である甲府以西の中央本線で活躍していました。
 夕方であり2等車を連結していないことから、長野 11:15 発の 416ㇾと思われます。韮崎は 16:53 発で終点の新宿には 21:05 の到着です。
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 現在韮崎から 首都圏Suicaエリアですが当時も利用客が多く、長距離列車以外にも非電化区間ながら韮崎~甲府の連絡気動車列車が上下で19本も運転されていました。
 夜行の準急アルプスを除く全列車が停車する主要駅でしたが、現在は特急列車では一部しか停車しません。

 1964年8月甲府~上諏訪が電化され無煙化されました。また韮崎以西から急勾配になることからスイッチバックの駅でしたが1970年複線化された時ホームを移転し、解消されました。
 中央本線はこの他にも今は無い、長坂・穴山・新府・勝沼・笹子・初狩(貨物用は現存)などスイッチバックの駅が特に多い線でした。長野~新宿の各停が9時間50分もかかった訳ですね。
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こだまは呼んでいる

あの「ゴジラ」の本多猪四郎がメルヘンのようなファンタジー映画を撮っていた。

題名は、当時流行したフランスの「河は呼んでいる」(歌・映画)からのパクリ(パロディ)だろう。

雪村いづみもこの歌を歌っているのではないだろうか。

ある映画レビュには、舞台となったのは「韮崎(にらさき)駅」をモデルとした架空駅の「韮沢」という記述が見られる(他のレビュにも「韮沢駅」と書いてあるのもあった)。

気になったのでどちらが正しいのか、ビデオで確認してみると架空駅ではなく、実際の「韮崎」であった。

駅舎やプラットフォームには「韮崎」という駅名は映らないが、駅前の観光案内板がズームアップされた時や、バスの前面の行先表示器にもはっきりと「韮崎駅」と出ていた。

よくあることだが、誰かが「韮沢」と一度ミスを犯してしまうと、そのコラムを孫引きした人も間違ってしまうという連鎖だろう。。

池部+雪村の路線バスは「韮崎駅」→「紅葉谷」→「青霧峠」→「宿木(やどりぎ)」と進む。
「韮崎駅」以外は架空の地名(停留所)である。

韮崎の「韮(にら)」は馴染みない字で、正しく読めたり、書けたりできる人はほとんどいないであろう。
この漢字を正しい筆順で書ける人がいるのか。

バス停がファンタジーな名前でメーキングしているのなら、一層のこと「韮崎駅」も(安直な思いつきだが)「鳩崎(はとざき)」ぐらいの架空名でいったらどうだったろうか。

それならば、鳩が「紅葉谷」、「青霧峠」と飛んで行って、終着地の「宿木(やどりぎ)」に到着、木の枝で羽を休めるというpunch line (落ち)が活かせたのに。

沢村貞子が東京へ発つ朝に「(用事を済まして)夕方には帰るからね」というセリフがあるので、当時は東京~韮崎間はそのぐらいの距離(時間)だったのだろう。

赤松 幸吉 | URL | 2018-07-12(Thu)16:23 [編集]


Re: こだまは呼んでいる

赤松様 長文のコメントありがとうございます。

「韮崎」と「韮沢」の駅名違いの件は、文章を世の中に発信している身として 戒めとしたいと思います。

バス停名の件は、さすが赤松様ならではの視点ですね。

 当時の東京~韮崎間は、普通列車で片道4時間程掛かっていました。 朝二番 6:59発の 432レに乗ると、13分停車の甲府で蒸機から電機へ牽引機交換して終着駅 新宿へ 10:57に到着します。
 この列車は変わり種で、始発の塩尻発が 3:55と超早朝です。更にこの列車には名古屋 22:40発準急長野行 807レ列車から 3:22着の塩尻で1両切り離し 432レに連結して一緒に新宿へ向かいます。(但し通しで乗るには塩尻経由の切符が必要ですが・・)

 急いで用事を済ませ、13:05発長野行417レに乗ると、韮崎に 16:52頃の到着です。次の列車は 14:00発の辰野行 435レで、18:11頃韮崎に帰れます。 何れにしても東京での滞在時間は、あまり長くはありません。(現在では甲府・高尾乗り継ぎの普通列車で3時間程で本数も多く、2時間程で着く特急も9本あります) 

テツエイダ | URL | 2018-07-14(Sat)10:04 [編集]