日本映画の鉄道シーンを語る

日本映画における鉄道が登場する場面(特に昭和20~40年代の鉄道黄金期)を作品毎に解説するブログ

 54.泉へのみち

 1955年3月 東宝 配給 公開     監督 筧正典

 雑誌記者 波多野京子(有馬稲子)は今では母 つね子(高峰三枝子)と平穏に暮らしているが、昔 母娘を捨てた父 笹川欣一(宮口精二)との確執にからむドラマです。

 最初の鉄道シーンは京王帝都電鉄 井の頭線 井の頭公園駅付近で、京子の昔なじみの高倉克磨(藤木悠)と父 笹川が会い 家に寄るように誘う場面があります。二人は共に明和大で教えています。
 二人が歩き出すと、鉄橋上をデハ1700形らしき3連が渋谷方面へ通過して行きます。54-1.jpg
神田川と井の頭線が交差するこの辺りはしばしば映画やTVドラマのロケが行われる場所で、川幅が狭くなった程度で現在とあまり変化はありません。

 次に京子、高倉、京子の同僚の金沢幸三郎(根上淳)が山手線に乗っているシーンがあります。やがて目白駅に到着すると、かなり酔った様子の金沢が降りていきます。
 たぶん72系電車と思われますが、ドアが完全に開いてから閉まりはじめるまで4秒弱とはビックリですね。

 そして小田急電鉄 新宿駅改札前が続いてのシーンです。54-2.jpg
別れの挨拶をして京子が改札へ向かおうとするのを高倉が呼び止め、笹川先生から「京子の写真を手に入れてほしい」と頼まれたことを告げられます。
 京子は父との経緯もありキッパリ断り、足早に 11 番線から発車間際の各停 成城学園前 行に乗ります。54-3.jpg
1954年製の 2100形と思われる電車が遠ざかるのを改札前から高倉はぼんやりと見ています。

 この頃は国鉄、小田急、京王が通しの番線で付けられていました。それで小田急の各停 電車が 11 番線からの発車なのです。地上線だけの旧新宿駅の姿ですが 1951年公開の新東宝映画(恋人) 監督 市川崑 の中でもこの改札が登場します。
 やがて乗降客も増え手狭になったことから小田急デパートの建設とも合わせて大改造工事を行い、1964年2月より現在の地上3線 地下2線の二階建て構造となりました。
 
 そのあと車内で京子は昔 父から捨てられた母が幼い京子の手を引き、線路内を歩いて無理心中を図って未遂に終わったことを思い出し父のことはやはり許せないとの思いを新たにします。
 夜 幼い京子の手を引き思いつめた顔で線路内を歩く母 つね子の姿には鬼気迫るものがあります。やがて前方のトンネルの奥が明るくなり 2100形らしきが現れますが、寸前でつね子は線路外に逃れます。

 続いて場面は成城学園前駅出口。
54-4.jpg
構内時計から新宿駅 22:42発車らしいので、成城学園前駅には 23:04 頃の到着と思われます。
 木造の階段を降りてきた京子に犬を連れた母 つね子が遅いので迎えに来たよと声を掛けます。 出口横の売店は 23時過ぎなのに開いているのは驚きですが、電話の看板があることから公衆電話の役割を担っていたのでしょう。

 それから暫し 次の鉄道シーンに京子が新宿駅の階段から山手線ホームへ上がる場面があります。 バックにED15 と思しき電機が牽く貨物列車が映っています。
 そしてホーム中程で高倉と母 つね子が会っているのを発見 驚きます。横のホームから 40系国電が走り去って行きます。最後部の行先表示板には 浅川 と読めます。

 ED15 電機だとすると 1924年国産初の本線用電機で、八王子区に所属し中央線で貨物を牽き 1960年頃まで活躍していました。
 また 浅川 とは現在の中央線 高尾のことで、1961年 浅川 → 高尾 に改称されました。最後部はクモハ 41形と思われます。
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