日本映画の鉄道シーンを語る

日本映画における鉄道が登場する場面(特に昭和20~40年代の鉄道黄金期)を作品毎に解説するブログ

 45. 今日もまたかくてありなん  

 1959年9月 松竹 配給 公開   カラー作品     監督 木下恵介

 家のローン返済の一助にとひと夏 会社の上司に湘南の家を貸した佐藤正一(高橋貞二)と妻 保子(久我美子)のサラリーマン一家の夏を描いた作品です。

 朝 佐藤が最寄りの東海道本線 辻堂駅から通勤する様子から鉄道シーンが始まります。 7:31 駅に到着します。程なく 80系湘南電車が入線、小田原発東京行上り 828ㇾでしょう。45-0.jpg

 辻堂を 7:36 に発車し、終着東京には 8:38に着きます。向かいの下りホームからは客車列車が出発して行きます。少々遅れた大阪行 123ㇾと思われます。定時なら大阪着は 19:30 です。

 続いて、有楽町駅を通過して行く様子が映ります。東側から撮影しているので、日劇やその前を走る都電 11 系統も映っています。
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そして東京中央郵便局をバックに東京駅へ到着します。45-3.jpg


 次に家を貸したことから保子は実家に滞在し、最寄りの信越本線 中軽井沢駅へD51牽引の下り列車が到着するシーンがあります。
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当時も今の様にホームが二面ですが、跨線橋など無く端に構内踏切があります。
 その後D51牽引の上り列車が到着します。この列車は7両編成で3両目が二三等合造車となっています。この頃の信越本線は普通列車も長距離列車が多く、11本中 7本に二等車が連結されていました。

 森五郎(小坂一也)が小諸の工場へ勤めているので、中軽井沢から通勤に信越本線を使うシーンがその後にもあります。D51牽引の上り列車で帰ってくるシーンは夏なのでまだ日が高い。45-5.jpg

 この列車は4両目に二三等合造車が連結されています。中軽井沢駅は元は沓掛駅でしたが、撮影の三年前の 1956年4月より中軽井沢と改称し今に至り 1997年10月よりしなの鉄道の駅となっています。

 この頃の中軽井沢を通る信越本線は唯一の急行 白山号(上野~金沢)をはじめ準急 妙高(上野~新潟),高原(上野~長野),白樺(上野~長野) 各停 11本全て蒸機牽引で走っていました。
蒸機天国信越本線もこの映画撮影の4年後 1963年6月 軽井沢~長野が電化 。翌 7月には横川~軽井沢の碓井峠が通常の粘着運転新線として完成、前年の高崎~横川の電化と繋がり近代化が進みました。

 この映画は電化前の長閑な様にも見える夏の軽井沢一帯の賑わいを、 7両編成が満員鈴なりの普通列車から感じとれる作品であります。
 
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