fc2ブログ

日本映画の鉄道シーンを語る

日本映画における鉄道が登場する場面(特に昭和20~40年代の鉄道黄金期)を作品毎に解説するブログ

406.神様のくれた赤ん坊

Category 筑肥線

1979年12月 松竹 製作 公開   監督 前田陽一

同棲生活を送る 三浦晋作(渡瀬恒彦)と 森崎小夜子(桃井かおり)の所へ 見知らぬ女(樹木希林)が現れ、子供を押し付けられて 父親探しの 旅の道中を描いた ロードムービーです。

序盤 京王帝都電鉄の車内で 三浦は小夜子から、「妊娠した様なので、是非産みたい」と告げられ 慌ててしまいます。
406-1.jpg

その夜 突然見知らぬ女(樹木希林)が 子連れで現れ 田中アケミからの「少年を父親の所へ連れて行って」と 5人の候補者を 書いた手紙を渡し、東京在住の三浦に 少年・田中新一(鈴木伊織)を 押し付け去りました。

三浦が5人の一人なので 小夜子は怒り 家出したので、三浦は子連れで 尾道にいる田島啓一郎(曾我廼家明蝶)を目指して 東京駅から博多行き 新幹線ひかり号に乗ります。
406-2.jpg

406-3.jpg
ところが 車内に小夜子もいるので 改心したのかと思ったら、
406-5.jpg
小夜子は 亡くなった母親のルーツを 尋ねに行くところで 別席でした。
406-6.jpg

406-4.jpg
 それでも新一のことが気になるのか、アイスクリームを差し入れしてくれます。
406-20.jpg

尾道では 田島の秘書(河原崎長一郎)が 該当者でしたが、30万円の養育費で 泣きつかれ了承し 小夜子も次の中津へ同行します。

新幹線で小倉へ行き
406-21.jpg

406-22.jpg
日豊本線の赤電に乗り換え
406-23.jpg
中津の福田邦彦(吉幾三)宅へ行くと、今日 これから別府で 結婚式があると聞いて 式場へと行きます。

福田は 5万円しか出さないので 小夜子が友人スピーチに飛び入りし 昔の女の事を匂わせると、慌てて父親が「百万円出す」と伝え 祝儀袋の束を渡すのでした。

小夜子が 母親の出身地である 天草行を望んだので レンタカーで熊本を通って 天草へ行くと、母親が長崎円山の 大野楼で働いていた 情報を聞きました。

市電が頻繁に走る長崎には
406-26.jpg
三番目の 元プロ野球選手の 桑野弘(小島三児)も いたので行くと、ライオンズ絡みの ケンカとなり 中西太のサインボールしか 手に入りませんでした。

小夜子は 母が唐津に転居して 小夜子を育てた話を聞いて 訪ねると、幼少期の記憶にあった 風景がそこにありました。

最後の男は 高田組の高田五郎という、若松に住む 川筋者らしいのです。筑肥線らしき 海沿いを走る、タラコ色の 気動車が映ります。
406-7.jpg

車内で三浦と小夜子が 仲良く並んで座り、話し込んでいると
406-8.jpg
新一がいません。急いで車内を捜すと、
406-9.jpg
前の方の車輌に 寂しそうに 一人で座っていました。
406-10.jpg

こうして 筑豊本線の起点である 若松駅に着くと、
406-11.jpg
終着点の様に 皆で手をつないで笑顔です。
406-12.jpg

尋ねた高田は 二年前に事故死していましたが、跡継ぎの 三代目高田まさ(吉行和子)が 快く引き取ってくれました。しかし帰り道で 二人の心中は同じで・・・




PS.
  山陽新幹線全通から 4年目の作品で 未だ新尾道駅は存在していません。車内の座席は 0系初期型の 転換式シートですね。

  12枚目の画像に映るのは タラコ色のキハ30系気動車でしょうか。14:08博多着と放送があるので、東唐津 12:36発の博多行 542Dと思われます。  (米手作市様のコメントで訂正しました)

  なので 国鉄線だけでは 唐津 10:24 → 10:34 山本 12:03 → 12:15 東唐津 12:36 発 542D に乗り継ぎですが、不便なので 地元の人は 唐津~東唐津を 僅か5分でつなぐ 昭和自動車路線バスを 利用していました。

  また本作公開当時は 博多から筑肥線で 伊万里へ行き 松浦線で佐世保を経由し、大村線で 長崎まで行くという 今では考えられない 西九州を大回りする 急行平戸号も 一往復ありました。

  筑肥線は 1983年3月に 博多~姪浜と 虹ノ松原~山本が 廃止となり 唐津~虹ノ松原を開業し、唐津~姪浜を電化して 福岡市地下鉄と 相互直通運転で 画期的に 利便性が良くなりました。


関連記事

PageTop

コメント


管理者にだけ表示を許可する
 

神様のくれた赤ん坊

これは「集金旅行」(1957)のリメイク、
普通、リメイクとなるとオリジナルを超えられないものだが、
「神様のくれた赤ん坊」は「集金旅行」よりも出来栄えが秀でており、
また、そればかりでなく日本映画のきらめく「隠し玉」の
ような秀作である。

この映画は「男はつらいよ」と2本立てで公開され、
映画ファンにとって目の覚めるような豪華なミラクル興行であった。

鉄道ファンにとっては前作の方がローカルな列車や駅舎が
わんさと映し出されていて、楽しめたかもしれないが、
今回では情緒ある旧「若松駅」の駅舎が見られる。

この映画にはラストに「取って置きの、飛び切りの」セリフが
用意されている。

「私たちが考えてることって、同じなんじゃないかしら」(← excellent)

赤松 幸吉 | URL | 2024-02-05(Mon)18:20 [編集]


Re: 神様のくれた赤ん坊

赤松様 早速のコメントありがとうございます。

「集金旅行」同様 コメディタッチの映画ですね。特に披露宴会場でキワドイ昔話を匂わせ、新郎の父親から大枚を頂戴するシーンはサイコーですね。

小生もラストシーンのセリフに、気持ちがほっこりしましたよ。

これから昨日入れ忘れた画像を、付け加えさせて頂きます。

テツエイダ | URL | 2024-02-05(Mon)18:54 [編集]


タラコ色は20系ではなく30系ですね。
車内とはちがう車種です。
たぶんロングシートでしょう。

米手作市 | URL | 2024-02-05(Mon)19:29 [編集]


Re: タイトルなし

米手作市様 コメントありがとうございます。

ご指摘ありがとうございます。迷って20系としましたが、30系でしたか 訂正させていただきます。

テツエイダ | URL | 2024-02-06(Tue)22:54 [編集]


不思議と心に残る映画

懐かしい映画です。大学時代、名画座で一度観たきりですが、不思議と細部まで記憶に残っています。

桃井かおり演じる小夜子は売れない女優で、初めてもらった台詞が「もしかしたら、私たちの考えてることって、同じなんじゃないかしら」だったんですね。その台詞を、同棲している渡瀬恒彦の前で何度も何度も練習する序盤のシーンが、結末への伏線になっています。

ドタバタの末に、子供を自分たちで育てようと決心し、若戸大橋上の歩道を引き返す二人。それにかぶせて高橋真梨子の歌「もしかしたら」が流れるラストシーンは、非の打ちどころのない感動的な幕切れでした。

脚本、キャスティング、ロケーションハンティング、演出、編集と、すべてがピタリと決まった作品は、そうあるものではありません。あの頃の日本映画界には、まだまだ底力があった。そう思います。

花見牛 | URL | 2024-02-06(Tue)23:07 [編集]


テツエイダ様
いつも細かい指摘ばかりして申し訳ございません。決してあら探しをしているのではありません。むしろ感謝しております。私は今年78歳になります。趣味の対象は客車ですから今は全てなくなりました。ですからこのブログを見るのが楽しみでしかたがありません。それが高じて失礼な指摘をしてしまいます。どうかお許しください。
なお、キハ30系がこの当時、筑肥線に入っていたかどうかは存じませんが映画の車内は58系で、冷房が入っていますね。これもお節介でした!
いつまでもお続けください。

米手作市 | URL | 2024-02-07(Wed)19:07 [編集]


Re: 不思議と心に残る映画

花見牛 様  コメントありがとうございます。

小生も年間平均100本観ていた学生時代から、平均15本程に減った社会人初期に名画座で観ました。

今観直してみると花見牛 様の感想に、しみじみと共感します。

テツエイダ | URL | 2024-02-07(Wed)21:54 [編集]


Re: タイトルなし

米手作市様 コメントありがとうございます。

小生 車両に関しては詳しくないので、間違いのご指摘はブログの正確性からも大歓迎です。

漠然と5歳の頃から乗りテツ?だったのですが、新型車両よりも古い車両・ローカル私鉄好きでした。

雑誌で読んだ別府鉄道を訪れた旅で、古典的オープンデッキの客車に感動したものです。
この旅では 同和鉱業片上鉄道でも、夕刻片上を出発するブルートレイン?のラストがオープンデッキ客車でした。

しかしどちらも客は自分一人で、行く末を心配していたら・・・でした。(片上の方は和気から乗客アリ)

ですから当ブログを始めるにあたって、ローカル私鉄が登場する作品を優先したい旨書いた次第です。

テツエイダ | URL | 2024-02-07(Wed)22:21 [編集]