
大阪で不治の病と闘う小島道子(吉永小百合)と 彼女を愛情を込めて励ます 東京の高野誠(浜田光夫)が、交わした書簡集を元にした恋愛闘病映画です。
序盤 夏休みに2年ぶりに道子に会いに来た高野は、大阪駅のホームで ビール売りのアルバイトを始めます。11番線で停車中の列車沿いに歩きながら、

1杯100円で生ビールを窓越しに売って行くのでした。

浪人中に初めて会ってから2年間 手紙を数多く交わしていたので二人はすぐに打ち解け、日中バイトをして夕方から道子の病室で過ごし そのまま泊まる毎日の様です(個室の一角に家族用のベットが在る部屋です)
続いて6番線でビール売りをしていた

高野が帰ろうとすると「夕方になるといつもいなくなる 怪しいぞ」と仲間から言われますが、「気にしない」と言いながら走って去ります。

その背後ではキハ82系気動車特急らしきが、排煙を屋根から吹き出しながら 発車して行きます。時間帯からして、13:40発 博多行3D特急みどり号と思われます。
その後病状が進んだことから 別れ話を切り出す道子に、怒り出した高野ですが 和解となります。この場面の次に南海電鉄本線と高野線の電車が、難波駅から大阪球場の横を同時に出発して行くシーンがあります。

そしてとうとう 顔の左半分を切除する手術を医師から告げられ、父 小島正次(笠智衆)と高野が賛同します。結論は保留し、父を見送りに大阪駅のホームへ同行します。

10番線の客車窓から 父は別れの笑顔を見せ、

去り行く父に道子と高野は笑顔で手を振って見送ります。



その後車内では、娘の先行きを想像した父親が 顔を手で覆って忍び泣きです。

手術前日「眠れないので信州の山へ行く」と手紙を書いた高野が 夜行列車で山へ向かう場面では、道子のことを思ってか 座席で眠れない様子の高野が映るシーンがあって 美しい山々のシーンへと続きます。

PS.
亡くなった原作者でもある大島みち子さんが 吉永小百合の大ファンであったので 河野 實氏によって出版直後に吉永小百合の元へ送られ、感銘を受けた吉永が会社に願い出て 映画化と主演が実現したとの話もあります。
原作本は160万部を記録したベストセラーとなり 先にTVドラマ化された作品も大好評だったので、映画各社も映画化を目論みますが 当然日活に決まり 吉永も彼女の実家を訪問するなどして役作りに熱を込めて撮影に臨んだそうです。
本作公開一か月前の8月18日から4日間の関西ロケで、鉄道シーンの撮影も行われたそうです。初日は東京 8:00発の2001M特急第一富士の展望車で 14:30大阪着と記載されているので、1号車パーラーカーの開放室か 4人区分室を利用した様です。
当時の吉永小百合人気と監督との打ち合わせを考えれば、4人用区分個室の方を選んで 会社が奢ったと思われます。
そしてホテルに荷物を置いて、早速 堂島にあった阪大病院の隣のビル屋上で撮影を開始したそうです。映画撮影が過密日程だった当時では、ごく普通のことだった様です。
3日目に大阪駅前に於ける炎天下での街頭ロケの後、大阪駅での3種鉄道シーンを集中撮影したそうです。当時既に大阪始発の旧型客車列車は数少なく、エキストラを乗り込ませて 一発勝負の撮影を予定した様です。
しかし父親の小島を見送る場面ではNGとなり、笠智衆さんは次の三ノ宮で降りて急ぎ戻って撮り直したとか。想像すると大阪 13:18発 641レ宇野行に乗り、三ノ宮 13:54発 856M京都行で 14:19大阪着。そして 14:35発 325レ広島行で撮り直してOKとなった?
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