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日本映画の鉄道シーンを語る

日本映画における鉄道が登場する場面(特に昭和20~40年代の鉄道黄金期)を作品毎に解説するブログ

276.お茶漬けの味

1952年10月 松竹 製作 公開   監督 小津安二郎

育ちも性格も違うが故のすれ違いによる夫婦関係の危機を迎えた倦怠期の二人が、ふとした出来事をきっかけにお互いを見直し関係修復に至るホームドラマです。

冒頭 東京の晴海通りを銀座へ向かうハイヤーに、佐竹茂吉(佐分利信)の妻 妙子(木暮美千代)と姪の山内節子(津島恵子)が乗っています。
三宅坂交差点の先では、ポール集電の1200形らしき都電とすれ違います。
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更に日比谷交差点を過ぎると、上下線共に11系統ピューゲル集電 6000形の横を通ります。
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悪友 雨宮マヤ(淡路恵子)と修善寺温泉旅行を目論んだ妙子は、友人 黒田高子(上原葉子)や節子を誘って湘南電車に乗ります。
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二等車に乗った4人は、女学校時代に戻った様に賑やかです。
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当時は未だ座席の白カバーは付いていない様です。
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80系湘南電車は好天の元、ハエたたきを張出架設した酒匂川橋梁を渡って快調に東海道本線を下って行きます。
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中盤 佐竹は岳父 山内直亮(柳永二郎)から、妙子に大磯へ来る様 伝言を依頼されます。そして妙子は都内 落合にある家から、大磯にある父や長兄の住む実家へ向かいます。
人気のない東海道本線 大磯駅のホームが先ず映り、
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何故か大船・横浜・東京と上り線ホームの案内板が映っています。
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実家で妙子は、乗り気でない節子の見合いの付き添いを依頼されます。

しかし節子は見合いの席から脱走してしまい、彼女に同情した佐竹は「無理強いしても我々の様な夫婦が一組増えるだけだ」とつい冷え切った夫婦関係の本音を言ってしまいます。
更に家で妙子の嫌いな汁かけご飯を食べているのを見られてしまい、妙子の不機嫌さは増します。妙子と違って「素朴で気楽なものが好きなんだ」と加えたことから、怒って以後の話を聞きません。

そして次の場面では、特別急行列車の一等展望車に一人乗る妙子の姿があります。
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後部展望室の窓越しに、停車中の電機が牽く旅客列車を追い越して行きます。神戸の友人を訪ねて行く様です。
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「間もなく浜松 12:20着 あと5分程で到着します」と車内放送があり、妙子は周りの誰とも話さず座っているだけです。
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続いて天竜川らしき長い鉄橋を渡る様子を、生花が活けてある展望室越しに長々と映しています。
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PS.
   冒頭 1枚目の画像で左端に制限速度 25マイルの標識があり、日劇辺りで妙子が「PX(占領下に服部時計が接収され進駐軍の購買部となっていた)の手前を右に」と指示するなど占領下の様子です。
   本作の公開は対日講和条約が発効された 1952年4月28日から5か月以上先ですが、台本執筆・撮影はかなり前から始まっていたので占領下の設定の様です。

   夫を欺いて悪友達と温泉旅行へ向かう電車内の場面は、サロ85形を使って回送車で撮影の様です。 窓から車外の走行場面を映している車輛は、モハ80形かサハ87形と思われます。

   妙子が実家へ行く時 大磯駅から実家の場面へ移りますが、この間蒸機の走行音が響いています。姿は映りませんが、茅ヶ崎区のC11が貨車の入換に出張して来ているのでしょうか。

   車内放送から妙子が乗っているのは、東京 9:00発 1レ特別急行列車つばめ号大阪行です。そして乗車したのは最後部の一等展望車で、マイテ39形と思われます。
   当時 東京~大阪の三等運賃が790円 一等運賃は4倍なので3160円 一等特別急行料金が1500円なので合計4660円です。
   佐竹が三等車が好みなので、当て付けで高額な一等車に乗ったのでしょうか。当時 かけそば一杯 17円・米 10㎏ 620円でしたから、実父からの援助もあって妙子はかなり余裕のある生活の様ですね。

この一等展望車でのロケでカメラの位置は一か所だけで、レンズの切り替えと向き変えだけの様に思えます。これは実営業車で国鉄・乗客の協力を得て、20分間限定・台詞無し等の条件でロケしたのでは?
   それ故 ロケは最後尾の展望室の先端部分だけで、鉄橋の轟音が続き不機嫌そうな妙子の心情を表している様です。テツファンには内装も一等車に付き物のベテラン給仕さんも映らず物足りない感じがします。

   その後 真相が判明したので、コメント欄をご覧ください。



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コメント


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回送列車利用?

おはようございます。

サロ85形と展望車ですが、いずれも回送列車のロケ利用ではないかと考えました。
窓の外にカメラを出しての撮影は、モハ80形のような窓数が多い車輌なので、これはサロでは無いと考えられます。
車内のシーンで、座席の形状、背景の様子などからは、実車利用に見え、そうすると座席にカバーが無いことなどから、回送列車に俳優やスタッフを乗せての撮影ではないかと考えました。
展望車も、三角線での転向時を利用すれば、撮影が可能で、引きのカットが無いのは回送なので、ボーイさんなどが乗っておらず、また室内の整備がなされていないからではないかと推察しましたが、真相はどうでしょうね?

すぎたま | URL | 2019-01-23(Wed)05:45 [編集]


Re: 回送列車利用?

 すぎたま様 コメントありがとうございます。


窓の外にカメラを出しての撮影部分は、モハ80形かサハ87形でしたか 訂正させて頂きます。

4人が座る車内シーンは、セット又は停車中の車両を借りて撮影したと思われます。並んだ二人の頭の揺らし具合が違い過ぎるので、そう思いました。津島恵子さんは、揺れ過ぎでしょう。
また座席のカバーは、普通列車なら当時は装着していなかった様に思います。

長い鉄橋(天竜川橋梁?)を渡る部分で、展望車が実車と思ったのです。


テツエイダ | URL | 2019-01-23(Wed)22:55 [編集]


Re: 回送列車利用?

すぎたま様 真相が分かりましたので、追伸いたします。

かつて筑摩書房から刊行された(小津安二郎物語  厚田 雄春 , 蓮實 重彦 著)の中で、小津映画のカメラマン厚田氏が車内シーンの多くは大船駅から大船工場までの回送線で国鉄の協力の元撮影されたそうです。

一等展望車の撮影は東京10時発 急行きりしま号鹿児島行の最後尾に借りた一等展望車を浜松までの約束で連結してもらい、車内でゆっくり撮影したそうです。

相当の金額が掛かったロケならば由比・興津間で(展望席越しの富士山)のカットを想像しますが、本編では天竜川橋梁付近しか使われず??? 監督はトラス橋を撮りたかった様で、天竜川橋梁を長々と入れたそうです。それにしても、もったいない!!

テツエイダ | URL | 2019-01-25(Fri)19:32 [編集]


お茶漬けの味

思わずプッと笑い出したくなるようなシーンがある。

木暮実千代が夫・佐分利信に旅館から言い訳(偽装工作)の電話を掛け終わり、(ラインがまだon状態で、夫が受話器を握ったままなのを知らないで)、すぐに帳場に電話する

「お酒頂戴、熱くしてくれる。 あら、あなたまだ(電話に)出ていらっしゃたの」

夫婦の配役が伴淳と清川虹子だったら、それほど面白くない。
天下の二枚目と美女同士が演じるから笑いが込み上げてくる。

小津安二郎は本質的には喜劇作家だと思う。

天竜川橋梁のシーンが異常に長い。戦後小津調(ローアングル、カメラ固定)が確立した作品の中で、小津が動く対象物(動体)をこれほど長く1カットのフイルムに収めるのは極めて珍しいのではないか。

酒匂川となると、どうしても黒澤明の「天国と地獄」を思い出してしまうが、小津監督は黒澤明よりも以前に酒匂川橋梁(はっきりと文字が見えますね)で撮影をしていたのか。

小津作品の鉄道シーンは回送列車、回送線、一車両貸し切りなどで撮影されていたのか。
そのため、画面にどこか落ち着いた、当たりがやわらかい印象を受けるのですね。

また、小津組のスタッフに鉄道ファンがいたとは初めて知った。

赤松 幸吉 | URL | 2019-02-05(Tue)15:04 [編集]


Re: お茶漬けの味

赤松様 コメントありがとうございます。

頑固者の役が多い佐分利信が、本作では物分かりの良いおやじを演じていますね。それまでのイメージがあるので、木暮実千代との電話のやりとりは面白みが増していると思います。

一等展望車を借り出して定期列車に連結し撮影する件は、厚田カメラマンの妄想的希望から出た話の様です。
それを聞いた松竹のマネージャーが、国鉄に掛け合って実現したそうです。

このマネージャー氏は国鉄の理事クラスに知り合いでもいたのでしょうか。顔が利く程度で、実現できる事ではないと思います。

テツエイダ | URL | 2019-02-06(Wed)12:26 [編集]


急行33列車展望車付き

テツエイダ様 いつも楽しく拝見させて頂いております。「お茶漬けの味」展望車の真相お明かし下さりありがとうございます。永年このシーンのことが気になっておりました。映像では確かに展望車のデッキにヘッド(テール?)マークが取り付けられていませんね。ではEF53らしき牽引機の客レを追い越すシーンはどこかと考えていたのですが、手持ちの時刻表昭和25年10月号で見たところ、東京10時発33列車は静岡1308発、浜松1415着。その前の京都行き127レが静岡1252発、浜松1439着で、途中島田1335発。構内配線から考えても33レが127レを島田で追い越すシーンだと考えられますがいかがでしょう。

サクラジマタカチホ | URL | 2019-02-12(Tue)22:58 [編集]


Re: 急行33列車展望車付き

サクラジマタカチホ様 コメントありがとうございます。

展望車で実車を撮影したならば、一部が映っているであろうテールマークに考察が及ぶとは鋭い観察眼ですね。

33列車の 127レ島田駅追い抜きの推察には賛同致します。当時を想像して推理する作業はワクワクしますね。

今後もコメント宜しくお願い致します。

テツエイダ | URL | 2019-02-12(Tue)23:03 [編集]


「当て付けで高額な一等車に乗ったのでしょうか」について

「佐竹が三等車が好みなので、当て付けで高額な一等車に乗ったのでしょうか」についてですが、この映画は地方出身の野暮な夫と上流階級出身の洗練された妻との生活習慣のギャップも重要なテーマで、その生活習慣のギャップを強調するために、最低ランクの三等車を佐分利が乗り、最高ランクの一等展望車を木暮が乗るという映像にしたのでしょう。もちろん当てつけもありますが。
ちなみに、生活習慣のギャップの一つとして佐分利が猫まんまを食べて木暮がドン引きするシーンがある訳ですが、これを踏まえるとラストシーンで夫妻がお茶漬けを食べるというのが、夫婦の妥協を示す描写であると言えるでしょう。
つまり佐分利も妻に配慮して猫まんまはやめてお茶漬けを食べる。木暮も猫まんまは許せないがお茶漬けは許せると。
つまり『お茶漬けの味』という題名は、夫婦生活の味とは妥協であるという意味も隠されているのでしょうね。

通りすがりの者 | URL | 2022-03-05(Sat)17:38 [編集]


展望車のシーンは片道だけ?

須磨行きと帰りの往復だったような記憶が有ります。
しかし、Amazonプライムで観ると須磨行きしか有りませんでした。
同じ背景でとんぼ返りという印象的シーンでしたけど、私の記憶違いでしょうか??

神戸の住人 | URL | 2022-06-07(Tue)04:45 [編集]


Re: 展望車のシーンは片道だけ?

神戸の住人 様  コメントありがとうございます。

小生が観た限りでは、展望車のシーンは行の片道だけでした。

ブログのコメント欄をご覧くだされば詳細が書いてありますが、東京⇒浜松の約束で急行きりしま号最後部に 特別に連結された一等展望車内で撮影が行われた様です。

貸し出された展望車は、たぶん貨物列車で戻されたと思われます。 
それにしても折角 浜松まで特例で借りたのに、作品内では僅かしか使っていないのは残念ですね。

テツエイダ | URL | 2022-06-07(Tue)22:00 [編集]


Re: 「当て付けで高額な一等車に乗ったのでしょうか」について

通りすがりの者 様 コメントありがとうございます。

3月にコメントを頂きながら 見落としてしまい、承認もせずに返信が今になってしまい 大変申し訳ありませんでした。

ラストシーンで 夫妻がお茶漬けを食べることで、夫婦生活の味とは 妥協であるという意味も 隠されているのではという考察は 流石で同感致します。

今後もコメント宜しくお願い致します。

テツエイダ | URL | 2022-06-07(Tue)22:22 [編集]


Re:Re:展望車のシーンは片道だけ?

テツエイダ様、返答有り難うございます。
私の記憶違いだったようですね。
因みにLDからVHSにダビングしたものでした。
そのVHSが家のどこかに有るかもしれないので探してみます。

神戸の住人 | URL | 2022-06-08(Wed)23:54 [編集]


Re: Re:Re:展望車のシーンは片道だけ?

神戸の住人 様  レーザーディスクで(お茶漬けの味)が存在したのですか! 知りませんでした。

これからもコメント宜しくお願い致します。

テツエイダ | URL | 2022-06-09(Thu)21:33 [編集]