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日本映画の鉄道シーンを語る

日本映画における鉄道が登場する場面(特に昭和20~40年代の鉄道黄金期)を作品毎に解説するブログ

273. どぶ

1954年7月 近代映画 製作  新東宝 配給公開   監督 新藤兼人

戦後復興黎明期 川崎近くのバラック部落に転がり込んできた頭の弱いツル(乙羽信子)と住民の、題名が表す様なドン底生活を描いた社会派映画です。

冒頭 東海道本線と品鶴貨物線の分岐点近くで、
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早朝通過するD51形蒸機牽引の貨物列車からこぼれ落ちる石炭を拾おうと住民が起きて来ます。
部落は品鶴線の線路端にあり 高島貨物線へと行き来する貨物列車が、東海道本線をオーバークロスする為 前方の鉄橋への登り勾配をゆっくり進んで行くのです。
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住民達は貨物列車の後を追う様に線路内へ侵入し、線路内に転がっている石炭を手持ちのバケツ等に拾い集めている様です。
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この列車は新鶴見操車場から鉄橋で東海道本線を越えて、鶴見駅から高島貨物線を通って横浜臨港線へ向かっている様です。またこの曲弦トラス鉄橋は現存しています。

続いて出勤風景で、1951年に開業した川崎市営トロリーバスの走行シーンがあります。焼け跡が続く中を、復興に一役と運行している様です。
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次に薄暗い高架線上を走る3連 17m級の旧型国電が映ります。南武線浜川崎支線の八丁畷駅付近を行く、クモハ11形を先頭とした3連でしょうか。
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品鶴線沿いの部落にある徳さん(殿山泰司)とピンちゃんが同居する家に転がり込んだツルでしたが、二人に前借金を負わされ特飲店に売られてしまいます。
しかし店主とケンカして逃げ出し、川崎駅近くをトボトボ歩いています。背後で京急電鉄と川崎市電が並走しているので、市電の川崎駅前~商工中金前電停の辺りでしょうか。
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続いて迷い込んだのか、東海道本線と品鶴線の分岐点内を歩く場面となります。そこへ 70系横須賀線電車が、警笛を鳴らしながら通り過ぎて行くのでした。
その上には品鶴線の最初に登場した、曲弦トラス鉄橋が存在しています。
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下駄の鼻緒に隠しておいた千円札を二人に渡し住み着くことになったツルは、少々頭が弱いながらも明るく家事を担い 部落に馴染んでいきます。
部落の最寄りには品鶴線の電化された線路があり、鶴見方向から新鶴見操車場へ向かう貨物列車がEF15等の電機に牽かれて次々に通って行きます。

部落出身の弘美(木匠マユリ)とアプレ男 輝明(近藤宏)がじゃれ合う場面で、背後の品鶴線を C50形蒸機が緩急車と電車らしきを牽いています。
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次位の緩急車は片側の連結器を改造して、電車との連結アダプターとなる控車として連ねているのでしょうか。新鶴見操車場への職員輸送用列車と思われます。
続いてツルの浴衣が干してある先を、D51形蒸機が牽く貨物列車が長閑なBGMと共にゆっくりと進んで行くシーンがあります。
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その後 借金を残したまま逃げたツルの件で店主の大場(菅井一郎)が、手下の几(花沢徳衛)を連れて部落へ談判にやって来ます。
ツルがパンパンでも何でもやって返すと啖呵を切ったので、トラス橋を渡る貨物列車が背後遥かに見える道をスクーターで帰るシーンとなります。
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ツルは木造駅舎と木造跨線橋が連なる川崎駅東口で、街娼をど派手な化粧で行い返済するのでした。
西口で雨の日に客引きする場面では、南武線の発車案内と共に出札口の電車区間運賃案内板が映っています。
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借金を返済したツルに味を占めた徳さんとピンちゃんは、 学生であるピンちゃんが学費を払えず退学となりそうなので稼いでくれとツルを騙して頼みます。
また仕事帰りに輝明が親父の金庫を持ち出しカッパ沼の奥に向かったのを見たツルは、部落の皆に伝えたことから水の中に入って捜す人が続出して皆風邪をひいてしまいます。
金庫の中身がエロ写真だったことから、ツルは皆に責められ部落を出て行きます。南武線電車の見える川崎駅西口に着くと、
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特飲店の女達が駆け付け商売敵とばかりにツルは襲われてしまいます。
ツルは休憩中の交番から拳銃を盗み出し、自己防衛の為に発砲しますが警官に射殺されてしまいます。通夜の席に百貨店からツルが注文した学生服と革靴が届き、部落一同涙するのでした。






PS.
   乙羽信子さんと言えば、落ち着いて聡明な役の多い女優さんです。それがこの映画では主役ではありますが、ハチャメチャなバカ殿の様な姿で売春までして皆に馴染もうと奮闘します。
   他の映画とのあまりのギャップに只々驚いてしまいますが、彼女は役者魂で演じていたと思われます。

   カッパ沼は現在の横浜市下水処理場が出来る前の姿です。そして現在では品鶴線のトラス鉄橋に並行して、湘南新宿ラインや横須賀線用の線路が東海道本線をオーバークロスしています。
   

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コメント


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古い時代の列車たち

テツエイダさまおはようございます。

一番上のカット、D51の戦時形のようですね。ドームが角形です。
線路内侵入のカットは、今では撮影出来ませんね(笑)。それにしても、昔の貨物列車は、いろいろつないでいたなと思わせるカットです。
17メートル国電、中間車の窓配置が、国鉄の制式車輌には見かけないもののように見えるので、もしかすると鶴見臨港鉄道の買収車との混結かもしれません。
新鶴見への職員輸送車は、おそらく相模鉄道買収車のホ1形→ナヤ2660・2661のいずれかと思われます。連結器は自連でしたので、車掌車が入っているのはたまたまか、または回送かもしれませんね。
それにしても珍奇で貴重な車輌たちが映っている映画と言えそうです。

すぎたま | URL | 2018-12-13(Thu)05:06 [編集]


若い頃、イタリア映画 “道” を観たときは、その救いようのないストーリーに、しばらく立ち直れませんでしたが、この映画は何となくそれをイメージさせる内容だ思いました。特に、雨の川崎駅前で客引きをしている場面は、壮絶なほどに切なく暗いシーンに見えます。主演の女優が乙羽信子、というところが、“道” のジュリエッタ・マシータに重なるのかもしれません。
トロリーバスが走っていくシーンですが、1954年になってもまだこのような光景が残っていたのですね。驚きです。
あと、途中に出てくるのは8620型ではなくC50型です。
私も詳しくは知らないのですが、鶴見操車場への職員専用で、貨車1両と社型の国電改造客車を引いた編成が毎日運転されていたようです。他でも写真を見たことがあります。

鉄道青年 | URL | 2018-12-13(Thu)13:08 [編集]


Re: 古い時代の列車たち

 すぎたま様 コメントありがとうございます。 返信が遅くなり、申し訳ありません。

画像が不鮮明でシルエットクイズの様なのに、すぎたま様ならではの推理には敬服致します。
新鶴見への職員輸送車はその後電車1両となって、新川崎駅開業まで続いたと思われます。

テツエイダ | URL | 2018-12-16(Sun)11:54 [編集]


Re: タイトルなし

 鉄道青年様 コメントありがとうございます。 返信が遅くなり申し訳ありませんでした。

小生は観ていませんが、本作とイタリア映画 “道” を対比される方はいらっしゃいますね。

職員輸送用列車を牽いているのはC50形蒸機でしたか。 シルエットクイズの様でしたね 修正させて頂きます。

テツエイダ | URL | 2018-12-16(Sun)13:13 [編集]


どぶ

これは新藤兼人の初期の傑作だと思います。

「百萬弗のえくぼ」と呼ばれた映画スター・乙羽信子がこのように破天荒な汚れ役を引き受けたのは、持ち前の「役者魂」に加えて、新藤兼人監督を心から信奉し、よほど彼(の才能)に惚れていたからでしょう。

ある映画評論家が乙羽信子のシュミーズ姿を最高に扇情的でエロチックで、少年時代にこの映画を見た夜は、妄想が起こって眠れなかったと書いていました。

分かるような気がします。

線路脇の住民が機関車からこぼれ落ちた石炭(コークス)を拾いに線路内に入る光景を幼い時実際に見たことがあります。

映画ほど危険な光景(2~4枚目 片方のレールにまだ列車が走っているのに)ではないが、近くの住民らは手に手にバケツを持って線路脇に待機し、列車が通り過ぎるとわれ先にと線路内へ雪崩れ込み、石炭を拾い集めていました。

線路のカーブの所が一番石炭が落ちこぼれやすいようで、その付近が絶好の溜まり場だったようです。

コークスはめっぽう火力が強く長持ちし、七輪(コンロ)などで食べ物を煮炊きする場合、とても重宝された燃料でした。

日本はまだまだ貧しかったのです。

イタリア映画「道」は制作が1954年で、日本公開が1957年となっているので、新藤はこの映画については知らなかったことになる。

フェリーニの「道」は名作として世界映画史上ベスト・テンにランク・インされているのに、作品的に「道」にけっして引けを取らないであろう「どぶ」は世界どころか、日本でもまともな評価を受けていない。

ちなみに、最初にツルとジェルソミーナの類似性を指摘した人は慧眼の持ち主だ。

我が聖女・芦川いづみも「硝子のジョニー 野獣のように見えて(1962年)」(もっとましなタイトルはなかったのか)ツルのような頭の弱いが純真な女の子を体当たり的に演じました。

赤松 幸吉 | URL | 2018-12-20(Thu)16:01 [編集]


Re: どぶ

 赤松様 コメントありがとうございます。

乙羽信子がツル役を引き受けたことは、今更ながら役者魂を感じますね。

貨車から零れ落ちるコークスを拾う姿を赤松様がご覧になっていたとは驚きです。
また 「硝子のジョニー 野獣のように見えて(1962年)」は是非観たいものです。

テツエイダ | URL | 2018-12-21(Fri)22:42 [編集]