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日本映画の鉄道シーンを語る

日本映画における鉄道が登場する場面(特に昭和20~40年代の鉄道黄金期)を作品毎に解説するブログ

264.黒い画集 あるサラリーマンの証言

1960年3月 東宝 製作 公開   監督 堀川弘通

東和毛織 管財課長 石野貞一郎(小林桂樹)が浮気の発覚を恐れて嘘をついたことから、窮地に追い込まれてゆく過程を描いたサスペンス映画です。

冒頭 東京駅前にある新丸ビルにある会社まで通勤する道中を辿る場面で、郊外電車で渋谷へ向かいます。空撮で3両編成の東急 3000系らしき電車の、走行シーンがあります。
田園都市線が存在しない時代なので東急沿線で思いつく場所がありませんが、京王帝都電鉄 井の頭線沿線らしき雰囲気があります。
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会社帰りに浮気相手の梅谷千恵子(原知佐子)のアパートへ寄る為、山手線 新大久保駅から石野が降りて来ます。電報・電話の看板がある売店脇を、石野は伏目がちに通り過ぎて行くのでした。
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最近まで画像より やや改札寄りに売店がありましたが、現在は駅舎改築工事中でありません。

その後 石野は千恵子の所を出て角を曲がった所で、近所の保険外交員 杉山孝三(織田政雄)に出くわし思わず会釈してしまいます。数日後 会社へ奥平刑事(西村晃)が訪れ、新大久保で杉山に会ったか?と聞かれたので否定します。
翌日 会社前の地下鉄丸ノ内線東京駅出口から地上へ出ると、脇の新聞売りの台に「向島若妻殺し・容疑者逮捕」と張り紙があります。背後を走る都電は、28系統(都庁前~錦糸町)か 31系統(三ノ輪橋~都庁前)でしょう。
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帰宅時 国電の中で新聞を読むと、「向島若妻殺し 保険外交員捕る」と載っています。石野が座っている背後の車窓には、【 日教販 】の看板が見えます。その昔 水道橋近くにあった日教販の作業所と思われ、セット撮影に実写映像を合成したと思われます。
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殺人事件の捜査が進み、石野は桜田門の警視庁へ呼ばれます。そこで岸本検事(平田昭彦)から再度 新大久保で杉山と会ったか聞かれますが、その時間は渋谷の名画座で映画を観ていたと苦しそうに否定します。
検事による聴取が終わり警視庁の正面から出てくると、杉山のアリバイを否定した形なので石野は良心の呵責に苛まれて考え込んでしまいます。暗い顔をした石野の背後には、桜田門電停へ向かう 9系統(渋谷駅前~浜町中ノ橋)か11系統(新宿駅前~月島通八丁目)の都電が走っています。
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石野は千恵子と相談し 二人の関係がバレない様 嘘の証言を確かなものにする為、偽のアリバイを整然と証言する練習までします。そして渋谷で観た映画の内容を正しく証言する為、古本屋で映画が封切られた時のキネマ旬報を探しに 千恵子は神田神保町へ行来ます。
白山通りの神保町電停に 18系統(志村坂上~神田橋)の都電が停車し、千恵子が神保町交差点を渡って来ます。
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そして映画関係の古本屋で、「30年のキネマ旬報 6月号ありますか」と聞いて捜します。

裁判所で台本通り映画の内容まで正確に証言をして、危機を乗り切ったと思えた石野です。その後 千恵子に結婚話があり、二人は別れることで話がつきます。
その帰り道 石野は国電ホームで別れるには惜しい女だなと思いながら、到着した 72系電車らしきに乗り込みます。
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そして未練がましく、さっき別れたばかりの千恵子のアパートへ向かうのですが・・・






PS.

  石野は渋谷の安い2本立て名画座で 5年前に初上映された映画を観たと話したので、裁判所で映画の内容を聞かれた場合に備えて千恵子が神保町の古本街へ 5年前のキネマ旬報を探しに行きます。「西部の嵐」は 1936年作なので、イタリア映画「パンと恋と夢」(1953年作 日本での公開が 1955年7月)の解説が掲載されているであろうキネマ旬報昭和30年6月号を探しに行ったのでしょう。
    
  千恵子が 18系統の都電から降りた場面だけでなく、古本屋を探している時 背後の靖国通りには10・12・15系統何れかの都電が走る姿が映っています。ロケ当時は東京都電の全盛期だったので、街中でロケすると都電が自然と映り込むのでした。




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黒い画集 あるサラリーマンの証言

まさしく、日本サスペンス映画の至宝、これには誰も異存はないであろう。

清張映像化作品の中でも最高峰、これに比べれば「砂の器」「疑惑」「点と線」「ゼロの焦点」など「子供だまし(child's play)」にすぎない。

短編の原作を100倍にも膨らました脚本、橋本忍の天才ぶりに脱帽する。

清張の「黒い画集シリーズ」はこれを含め、3作(他「寒流」「ある遭難」)映画化されていて、中でも「あるサラリーマンの証言」が白眉、群を抜いてのデキ栄えである。

他の2作も秀作で、「坂道の家」「紐」なども是非この路線で映画化して欲しかったが、このシリーズは興行成績が余りよくなく3作で打ち切りになったらしい。

ちなみに、「ある遭難」もいつかこのブログで取り上げて欲しい作品である。

女が神保町古本屋街でキネマ旬報を買うのは映画・演劇書専門の「矢口書店」の設定だろう。実際のロケ店は別の書店かも知れないが。

今では神保町には映画関係の古本屋は何軒もあるが、当時は「矢口書店」だけだったと思う。

この映画が、恐いのは日常性の恐怖、ある平凡な男が落ち込むアリ地獄を淡々と描いている点である。

思わず絶句したのは、別の殺人事件の容疑をかけられた石野が刑事の尋問に対して、本当のことを口走ってしまうシーン。

石野「僕はその時(殺人犯行時間)映画を見ていたんだ」
刑事「映画をね」
石野「本当だ、本当に映画を」
刑事「あんたはいつも映画を見ておられる」
石野「杉山さんの時は嘘だ!」

「嘘」が「真実(まこと)」になり、「真実(まこと)」が「嘘」に取って代わり、回り回って我が身に戻ってくる因果応報には背筋が寒くなる。

原作では「人間の嘘には、人間の嘘が復讐するのであろうか」と締め括っている。

冒頭「僕(石野)は東京の西方の住宅街に住んでいて、渋谷で山手線に乗り換える」というモノローグがある。

田園都市線が存在しない時代で、渋谷で山手線に乗り換えることのできるのは京王帝都電鉄 井の頭線だけなので、一枚目の写真(石野が通勤していると思われる電車)は京王帝都電鉄だというのはご明察の通りだと思います。

堀川弘通監督は黒澤明の直弟子なのでリアリズムに徹して、架空駅とか姑息な路線を都合のよいように組み合わせたりしないはずです。

原作では石野の家は大森にあり、丸ノ内の会社との往復は線コース、また女のアパートは西大久保にある、と記されている。

キャストの点で悔やまれるのは、浮気相手の女が原知佐子では引き立たない、せめて団令子ぐらいであって欲しかった。

赤松 幸吉 | URL | 2018-08-05(Sun)16:08 [編集]


Re: 黒い画集 あるサラリーマンの証言

 赤松様 原作との比較など、詳細な解説コメントありがとうございます。

短編の原作をこれほどまでに見事に膨らました橋本忍の脚本は、素晴らしく同感であります。

神保町交差点近くの靖国通り沿いにある「矢口書店」とは鋭いですね。千恵子が捜し歩く道中もピッタリで、これまた同感であります。

テツエイダ | URL | 2018-08-06(Mon)21:37 [編集]