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日本映画の鉄道シーンを語る

日本映画における鉄道が登場する場面(特に昭和20~40年代の鉄道黄金期)を作品毎に解説するブログ

206. 東京暮色

1957年4月 松竹 製作 公開   監督 小津安二郎

幼き日 夫子を捨て男の元へ走った母に叔母が再会したことから妹が振り回され、悲劇に至って怒る娘 沼田孝子(原節子)に接し 寂しく去る母 相馬喜久子(山田五十鈴)の姿を描くドラマです。

冒頭 杉山周吉(笠智衆)が飲み屋に入る前、全線座の看板が見えるので夕暮れの渋谷界隈らしき百貨店近くを貨物列車が走っています。この映画公開の二年半前に電化された山手貨物線でしょうか。
幼少期から父 杉山に育てられて母親を知らない次女 明子(有馬稲子)が、つきあっている木村憲二(田浦正己)を捜す場面では東急電鉄 池上線の大崎広小路駅が映ります。
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午後1時を指すホームの時計後方には、僅か 300mしか離れていない始発 五反田駅に接続する元白木屋百貨店五反田分店の尖塔が見えています。
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中盤 木村がよく通う中華屋 珍々軒へ明子が向かう場面で、明子の後方に遮断機付の踏切が在り 更に背後の築堤上にも電化された線路がある模様です。
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木村が通うので五反田界隈と思われますが、築堤と踏切の関連から目黒~恵比寿の区間で或いは踏切と中華屋はセット設営した物とも考えられます。

そして孝子の叔母 竹内重子(杉村春子)が偶然 喜久子に会った話しから、孝子は明子が母とは知らずに出入りしている五反田の麻雀店 寿荘へ女将の喜久子を訪ねます。
その折 東急 池上線の五反田駅の高架ホーム端を下から撮影したカットに続き
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到着する 3000系らしき3連電車の姿が映ります。
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明子が産婦人科医院へ行く場面では、(201.早春)でも映った東急 蒲田駅が登場し
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傍らに産婦人科医院の看板を映しています。
その後 明子は幼少期から母親がいなかった経緯を孝子から聞き、喜久子に怒りを叫び 更に木村の態度にも絶望して前記の踏切で事故に遭い死亡します。

東急 五反田駅を出発して行く池上線 3000系電車が映った後、
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明子の葬儀を終えた孝子が寿荘へ喜久子を訪ねて行き 怒りをぶつけたのでした。
喜久子は夫 相馬栄(中村伸郎)から頼まれて渋っていた北海道 室蘭への転居に同意し、出発の日 孝子の元へ花を持参しますが孝子は花を供えることを許しません。
「今晩9時半の汽車で北海道へ発つの」と別れの挨拶も兼ねて孝子の元へ来た喜久子ですが、積年の恨みと明子の悲劇からの孝子の行動でしょうか。この間喜久子の挨拶に一言の返事もしません。

上野駅 21:30発 2.3等急行津軽 奥羽線周り青森行の行先板が映り、
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構内放送が流れます。「途中主な停車駅は大宮・小山・宇都宮・・・弘前・青森でございます」
客車の下からは蒸気暖房の湯気が上がっている中、続々と乗客が乗り込んで行きます。
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相馬と喜久子は早々に席を確保して、酒を飲んで出発を待っています。
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ホームでは明治大学の応援団が遠征に行く学生に校歌を歌って励まし見送りをしています。
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卓球部等個人的競技の部員でしょうか、応援団は同行せず3人程が響き渡る校歌で見送りを受けています。
喜久子は寒いのに窓を開けて顔を出して、孝子が来るのでは?と捜しますが誰も来ません。相馬は諦めろと窓を閉めますが、曇った窓を拭いて捜す喜久子なのでした。
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やがて哀愁を感じる蒸機の汽笛が12番線に鳴り響き、4分間に及ぶ屈指の長き 見送り人無き 悲しい上野駅出発場面が終わります。
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これ程印象深く、長い出発場面は見たことがありません。
当時は大宮迄しか電化されていない東北本線なので、C59形蒸機が牽引したのでしょうが音だけで姿は見えません。

見る人の心に響く上野駅旅立ちシーンのロケですが、当時 急行津軽の5号車はスハ43系客車が使われていました。座席の背ずりにモケット、腰部にクッションが付いた急行列車仕様です。
しかし相馬夫妻が座る座席は、急行列車とは思えない板張りの背ずりです。思うに尾久区辺りでオハ61形等の客車を使って、エキストラを乗せて相馬夫妻の旅立ち車内シーンを撮影したのでは?
また二人並んで座る場面では、松竹技術スタッフお得意の座席外しをして撮影したのでは?と思われます。







PS. 相馬は室蘭へ行くのに何故 急行津軽に乗ったのでしょうか?401ㇾ津軽に乗ると、 上野 21:30 → 12:55 青森 17:20 → 21:50 函館 22:10-(419ㇾ)-1:17 長万部 5:02-(231ㇾ)-7:54 室蘭
   と乗り継ぐので、青森と長万部で接続が悪く 3日目の朝に漸く到着となり 所要34時間4分も掛かります。

    普通なら  上野 16:05 -(203ㇾ急行北上) - 6:03 青森 6:25 -(13便 )- 10:55 函館 11:39 - ( 13ㇾ急行アカシヤ)- 13:56 長万部 14:01-(235ㇾ)-16:47 室蘭と乗るでしょう。所用24時間42分です。

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コメント


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駅でのロケ・エキストラについての一考

駅でのロケ・エキストラについての一考

「4分間に及ぶ屈指の長き 見送り人無き 悲しい上野駅出発場面」
けだし、名言。

以前見たときはまったく感じなかったが、改めて見直してみるとこの旅立ちシーンは一見平凡に見えても、確かにいいですね。
山田五十鈴の表情がとても切ない、やるせない。

近くの大学生たちの勇壮な応援歌(当時はまだプラットフォームでの放歌、楽器騨奏などが許されていたのだろう)と五十鈴の悲しく、辛い心模様が見事に対比されている。

さすが名匠・小津監督は出発ぎりぎりになって相手が飛び込んでくるという、安っぽいメロドラマ風にはしなかった。

この応援団の放歌高吟によって、このシーンは上野駅以外のプラットフォーム(当時とて、いくら何でも上野でこのような撮影は不可能であっただろう)でのロケ、また周りの乗客等はすべてエキストラだと推察されます。

前作「銀座の恋の物語」ではエキストラ動員のロケということが見え見え、一目で分かります。
三枚目のスチールで、デッキから顔を出している四人の若者の登山帽が、赤、白、青、黄色、いろ鮮やかになっています。
この配色は出来すぎ、余りにも不自然ですし、彼らを見送りの二人の女性もわざとらしい。
こんな場所で、このような時間帯に、こんな(当時)流行のファッション・コートを纏った女性がいるはずがない。
これだけでもこのロケはオールセット(回送列車かなにか)だと即断できます。

それに当時としては飛び抜けてのっぽの裕次郎を、他の乗客や通行人は一瞥もしないで行き過ぎる。これも現実ではあり得ない。
普通、裕次郎のようなイカス男性が立っていれば、人(特に女性)は 無意識のうちにチラリとその男性の方を振り向くはずです。それが全員、裕次郎に顔を背けるように無視して通り過ぎます。
エキストラたちが監督から「絶対に出演者の方を見るな、意識するな」と強く指示を出して、自然らしさを出そうとしているが、これがかえって不自然さを招いている。

他の凡百の映画でもどんな主役の美男・美女が歩いていても、町の人たちは見向きもしません。周りの通行人はすべてエキストラなのでしょう。
街頭ロケでは盗み撮り(例え、通行人が出演者の方をじろじろ見ていようが、後の編集でなんとか取り繕うことができる)の方がかえって現実感があるような気がする。

赤松 幸吉 | URL | 2016-04-24(Sun)09:42 [編集]


Re: 駅でのロケ・エキストラについての一考

赤松様 長文のコメントありがとうございます。

小津監督はこの映画を全編暗に拘り 明るい笑顔が素敵な有馬稲子に、一瞬の微笑みもさせない徹底ぶりでした。
当時の評価も割れて、興行的にも低調だったとか。

しかし小生は上野駅出発場面が深く心に沁みて、印象深い作品として残っています。

エキストラに関しては赤松様のコメントに同意します。「銀座の恋の物語」において夜の銀座の横断歩道を二人で渡る場面では、横を歩きながら手持ちライトを当ててますが すれ違う人が全く無関心ですね。
離れた位置にカメラを構えて、たとえ通行人と被っても撮影した方が自然に見えますね。

テツエイダ | URL | 2016-04-25(Mon)19:42 [編集]


踏切は大船です

『東京暮色』に出てくる踏切は、大船から国鉄の工場があったところに行く線と横須賀線の鎌倉に向かう線路のところです。
今もほとんど変わりなく踏切があります。

この藤原釜足が演じる中華料理屋は、バックに沖縄の「アサドヤユンタ」が聞こえるので、横浜の沖縄タウンの鶴見あたりのことだと思います。台詞にも「蒲田あたりを探してみる」というのがありますから。

さすらい日乗 | URL | 2016-06-02(Thu)14:39 [編集]


Re: 踏切は大船です

さすらい日乗様 コメントありがとうございます。

今は無き 松竹大船撮影所からほど近い所でロケが行われたのですね。中華料理屋の外枠はセットの様に見えます。

バックに流れる音楽から鶴見を連想されるのは鋭いですね。これからもドシドシ気になる点を伝えてください 宜しくお願いします。

テツエイダ | URL | 2016-06-04(Sat)09:22 [編集]