日本映画の鉄道シーンを語る

日本映画における鉄道が登場する場面(特に昭和20~40年代の鉄道黄金期)を作品毎に解説するブログ

200. 点と線

1958年11月 東映 製作 公開  カラー作品   監督 小林恒夫

産工省 課長補佐 佐山憲一(成瀬昌彦)と料亭の女中 お時(小宮光江)が心中したと思われた二人の死に疑問を感じた二人の刑事が、何重にも構築されたアリバイを粘り強い捜査で崩してゆく様を描いたサスペンス映画です。

九州 博多に近い香椎の海岸で発見された男女の遺体は 状況から心中死と判断されましたが、地元暑の鳥飼重太郎(加藤嘉)と警視庁の三原紀一(南廣)は佐山が所持していた食堂車の領収書に1人様と記載されていることから疑問を感じます。
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お時の遺体確認に来た同僚の八重子(月丘千秋)からは、東京駅で佐山とお時が博多行の列車 特急あさかぜ号に乗る所を目撃した話しを聞き出します。18:30発車の7ㇾにそのまま乗ってると翌日 11:55に博多に到着です。
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お客さんの見送りに とみ子(光岡早苗)と東京駅へ行った折り 横須賀線 13番ホームから 15番線に停車している あさかぜ号へ乗り込む二人を発見し、見送りの後 15番線へと行って乗車した様子を確認したと言います。
三等車である4号車の横を二人並んで歩き、特別2等車と標示された5号車のデッキから車内へ乗り込みます。実際には特ロは8号車だったのですが、ブルートレイン化される前なので雰囲気は同様でしょう。
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鳥飼刑事は、三原を駅から心中現場へと案内します。先ず国鉄 鹿児島本線 香椎駅へ到着するC58形蒸機重連牽引列車が映った後、
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香椎駅舎をバックに 21:24着の汽車から降りた二人の目撃者である果物屋の主人の店前を通ります。
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続いて踏切を渡ると、「あれが西鉄香椎駅です」と駅前に案内します。
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ここでもあの晩に二人を目撃した男が居ることを告げ、21:35着の電車から降りた自分を追い越す二人を見たそうです。

ここまでのロケ事情を小林監督は、映画公開後 原作が連載された月刊 旅・1959年2月号に寄稿しています。それに依ると監督は九州の現地でロケハンし 撮影機材を荷造りしたが、日程などの事情から現地ロケを断念したそうです。
そこで香椎海岸の場面は横須賀 走水海岸で行い、国鉄 香椎駅は総武本線 佐倉駅・西鉄香椎駅は西武鉄道 東伏見駅を使ってロケが行われたそうです。当時の西鉄電車と西武電車の塗色が似ていたからでしょうか。
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国鉄 香椎駅ホームのシーンでは、佐倉機関区の給水塔が映っています。西鉄香椎駅とした東伏見駅では鳥飼と三原が渡る踏切が駅前なのに、この当時は警報機も無い第四種踏切とは驚きです。
311系・401系電車が走る駅前では、西鉄香椎駅を模して派手に装飾しています。更に後半の検証場面で映る夜の西鉄香椎駅 改札口シーンでは、上部から吊るされた時計に西鉄の社紋まで入れている凝りようです。
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また東京駅での撮影では 23:00頃より国鉄の協力の元 300人のエキストラを動員して、翌朝 4:30のリミット時刻ギリギリで 13番線から 15番線のあさかぜに乗り込む二人を見通して 確認直後に横須賀線電車が前を遮る場面の撮影を終了したそうです。

九州から帰京した三原が、
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東京駅で聞き込みする場面が続きます。助役(潮健児)に職員用ホーム別時刻表を見てもらい、13番線から4分間だけ 15番線に停車中の あさかぜを見通せることを確認します。
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撮影が 1957年10月の時刻改正後だったので横須賀線の時刻が変わり、17:57から 18:01までの4分間ではなく 17:55に 1703ㇾが発車後 17:59に 1600ㇾが到着するまでの4分間であることが画面から読めます。

また 15番線の7ㇾ特急あさかぜ号は 回5007ㇾで 17:49に入線し、41分後の 18:30に発車します。その間の 14番線は 回5341ㇾで 18:05に入線した静岡行 341ㇾが 18:35に発車するまで塞がっていることが見てとれます。
なお 1956年11月改正で登場した あさかぜ号は、同年の時刻表 12月号では 14番線からの発車と記載されています。これが 12月の繁忙期に 15番線発車に替り 12番線を使っていた 341ㇾが 14番線に変更されたので、有名な「4分間の偶然」が生まれた様です。

三原は甘味喫茶へ八重子・とみ子を呼び出し、再度詳しく東京駅でのことを聞きました。すると先に佐山と お時に気付いたのは、見送り相手の安田辰郎(山形勲)であったことが分かります。
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そこで安田のところへ行くと、心中事件当夜 安田は北海道出張に出発して上野から乗った夜行急行十和田の車中にいたと話します。その後急行まりもで札幌へ向かう車内では、産工省の石田部長に会ったと付け加えるのです。

三原は安田の行動を確認すべく、同僚と共に急行十和田に乗って札幌までの足取を追います。しかし行く所・行く所 唯々安田のアリバイが証明されるばかりです。
先のロケ事情に依ると 急行十和田が驀進する様子を尾久機関区でC62形蒸機で白煙を噴出すシーンにフィルターを掛けて夜間・黒煙を噴出するシーンで朝方を表現して、浅虫付近での実車走行シーンを加えたそうです。
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C62は上野~仙台の担当で 仙台~青森の本務機であるC61形蒸機が尾久には無いので、ナンバープレート右側に時刻表をラップさせる様に編集した模様です。
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唯 函館からの急行まりも号がD51牽引とは・・・(アカシヤ号に非ず)
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当時の時刻表で見ると、上野 19:15ー(205ㇾ急行十和田)ー9:09 青森 9:50ー(青函連絡船17便)ー14:20 函館 14:50ー(7ㇾ急行まりも)ー 20:34 札幌 と所用25時間19分の長旅です。

終盤 あさかぜ号から熱海で お時が下車したことを掴んだ警察は、5日間潜伏した旅館海風荘へ聞き込みに向かいます。その際先ず 80系湘南電車がクモユニ81を先頭に登場します。
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PS.200回記念号は皆様の予想通り、鉄道シーンの有る映画と聞いて誰もが思い浮かべる「点と線」でした。前々号より松本清張原作品が続いたことから分かったと思います。
 プロ野球オフ期間だけ書いてみようと始めたブログですが、皆様のメール応援等に励まされ200回に辿り着いたのは感慨無量であります。

 昨年9月より諸般の事情により二週毎の更新に変えましたが、まだまだ紹介したい作品が山とありますのでカラー作品が少なくなる以外続けてまいります。

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コメント


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点と線

200回記念、おめでとうございます。
このブログは初回より編集方針がぶれず、日本鉄道史・映画史の貴重な歴史的な資料となっています。これからも益々ご活躍されることを期待しております。

『点と線』の映像化はこの映画とテレビドラマ(ビートたけし)だけで、現代の鉄道事情を考えれば、他の清張作品ように何度もリメイクされることはもう不可能ではないですか。
この小説を初めて読んだとき、時刻表によると理論的には可能だが、「空白の4分間」は実際にあったのか、そしてその4分間に向こう側のプラットフォームの人影が本当に識別できたのか、の疑問をいつも持っていました。

複雑な時刻表をよくぞここまで解読されております。
国鉄の駅の表示時計に西鉄の社紋には、拍手喝采の大爆笑です。
当時スタッフ一同、誰も気がついていなかったのでは。

心中相手のお時に大好きな女優・小宮光江が扮しています。
場末のバーのホステスを演じさせれば、彼女の右に出る女優はいなかった。
B級C級映画の女王でした。
とても色っぽく、当時としてはグラマー、大型美人でしたが、若くして不幸な死を迎えました。

赤松 幸吉 | URL | 2016-01-30(Sat)11:32 [編集]


Re: 点と線

赤松様 御挨拶とコメントありがとうございます。 

赤松様には当ブログに一番数多くのコメントを頂戴致しまして、小生にとって何よりの励みになります。

あさかぜ号の特ロ座席で佐山に微笑む お時(小宮光江)は綺麗ですね。この映画の中では一番の美人でしょう。
三原役の南廣は当時 酷評されてますが、小生はまずまずのデキかなと思います。
また原作も読みましたが、高峰三枝子さんは少々苦しい配役にも感じます。

テツエイダ | URL | 2016-01-31(Sun)19:12 [編集]