日本映画の鉄道シーンを語る

日本映画における鉄道が登場する場面(特に昭和20~40年代の鉄道黄金期)を作品毎に解説するブログ

 142. 高原のお嬢さん

1965年12月 日活 製作 公開  カラー作品   監督 柳瀬観

信州 蓼科で牧草を研究しながら牧場で働く北川和夫(舟木一夫)と、東京から遊びに来た小泉淳子(和泉雅子)の悲恋映画です。

この映画の鉄道シーンは全て新宿駅です。北川が研究成果の報告に中央本線で上京し、終着 新宿駅ホームに降り立つシーンがあります。
先ず EF13形らしき電機が牽く客車列車が次位に煙を噴出しているマヌ 34 らしき暖房車を従え、新宿駅へ進入して行く姿を西側から捉えています。
142-1.jpg

そして新宿駅3番ホームへ EF13形らしきを先頭に到着し、北川が降りて来ました。
142-2.jpg

ロケ当時の中央本線上り時刻表では、岡谷始発の 422ㇾが茅野 5:53発で新宿駅には 11:05着。後続の松本始発の 424ㇾでは、茅野 6:32発・新宿 11:54着です。
この 1965年 5月には新宿~松本の電化が完成し、PC列車は大幅削減 日中新宿着の PC列車はこの2本だけになりました。

終盤 北川と淳子はお互い好意を寄せているのに、北川が三島進(山内賢)に譲る形で淳子に嘘を付いて身を引いてしまいます。
北川が蓼科へ帰る日、新宿駅には淳子が見送りに来ました。5番ホームの列車前に北川と淳子が向き合っていますが、お互い何も言葉を発しません。
142-6.jpg

「この列車は22:30発 長野行 本日の最終列車です。次の停車駅は立川」と放送が聞こえると、長野行のサボが掛ったオハ 35のデッキへ北川は乗ります。
142-3.jpg

そして無言のまま淳子が握手の手を指し延ばしますが、北川は応じません。
142-5.jpg
ならばと、淳子が手作りの人形を渡すと受け取りました。

この時にはお互い涙がこぼれています。ホームのベルが鳴り終わり、電機のホイッスルが聞こえると列車は動き出しました。それでもお互い無言です。
しばらく淳子は小走りで追い掛けますが、列車の赤いテールランプは5番ホームから闇へと消えて行きました。
142-8.jpg

列車の消えた5番ホームに一人淳子が立ち尽くす姿を、カメラはホーム下の線路から捉えています。ホームの時計には故障中の貼り紙が・・・
142-9.jpg

続いてのカットでは車内に入った北川が、入口からすぐのボックス席に寂しそうに座るところで終わっています。
142-10.jpg

北川が乗ったのは、山屋御用達の有名な長野夜行 437ㇾドン行列車ですね。当時は 23:45発で、茅野には 5:52で都合が良い筈です。
何故 脚本家が架空の列車を設定したのか?です。22:30発に近いのは 22:35発 長野行 411ㇾ準急上高地で、茅野 3:11と真夜中なんです。

関連記事

PageTop

コメント


管理者にだけ表示を許可する
 

高原のお嬢さん

「高原のお嬢さん」はその年の日活映画の中で、裕次郎や旭を押さえて、実に最高のヒット作品となった。
叙情性から言えば、舟木一夫の歌も映画も最高の一つでしょう。
夏の終わりか秋の初めには必ずこの曲を聴きたくなります。
蓼科高原をカメラが流れ、主題歌がそれに被さるのを記憶しています。
歌詞の「リーフ、リーフ」は初めのうちは何の意味かと思っていたら、leafだったのですね。これを知ったのはずいぶん後のことです。知らないで歌っていました。

さて、この映画で50年前の新宿駅の様子がよくわかります。
現在では巨大な近代的ビル群になっていますが、当時はまだすれ違いドラマでもロケできるような造りだったのですね。

現在の新宿駅ですが、歌舞伎町方面出口と西口を間違って降りてしまうと私のような地方者には大変なことになります。駅の向こう側に簡単に行けないのです。上京するたびに人に聞いたりして、駅を抜けようとするのですが、何度やっても迷路のように同じような所をぐるぐる回っていて、結局外へ一度出て何百メール先のガード下のような所をくぐって渡ります。

当時の新宿駅は簡単に向こう側に歩いて渡れたのでしょうか。

脚本家が架空の列車を設定しているとの記事がありますが、彼らはテツエイダ様ほど時間・車種・行き先などに神経を使っていないのでは。

映画で絶対に時間・車種・行き先が正確でなければならなかったのは「ゼロの焦点」など清張作品ぐらいではないでしょうか。

赤松 幸吉 | URL | 2014-09-23(Tue)11:33 [編集]


ご無沙汰しております、鉄道青年です。

舟木一夫と和泉雅子、山内 賢のトリオで、以前ご紹介頂いた “北国の街” と同じ時期のこの作品は、是非見てみたい映画のひとつでした。
わたしの実家も中央線沿線なので、このような貴重なシーンが出てくるのであれば、なおさらです。
EF13型は、わたしが高校1年の時(昭和53年)まで走っていました。
それにしても、この時期の和泉雅子の美しさは際立っていますね。

鉄道青年 | URL | 2014-09-24(Wed)18:01 [編集]


Re: 高原のお嬢さん

赤松様 コメントありがとうございます。
新宿駅は西側と南口が当時と大きく変わりましたし、地下通路も現在よりスッキリとした造りだった様な記憶があります。
 ですから現在よりは東西の行き来は、改札内でも南側の甲州街道を使うにしろ楽だった様に思われます。

また脚本家が架空の列車を設定することに異議ありませんが、必然性が無いように思えたのと 小生にとって登山者に人気の長野夜行(後の松本夜行)は思い入れのある列車なので あえて書き足した次第です。

テツエイダ | URL | 2014-09-28(Sun)20:12 [編集]


Re: タイトルなし

鉄道青年様 コメントありがとうございます。

新宿駅での二人の別れのシーンが印象的で、今回はこの映画を取り上げました。

和泉雅子があえて白い手袋をしたまま握手を求めたのに対し、ぐっと我慢して拒んだ舟木の心情。
哀しみを感じる電機の汽笛。旧型客車のデッキから身を乗り出して名残惜しそうに去り行く舟木。
 そして一人5番ホームに残った和泉雅子。

こういった別れのシーンにこそ、小生がこのブログを書き始めた原点があります。

テツエイダ | URL | 2014-09-28(Sun)21:10 [編集]