日本映画の鉄道シーンを語る

日本映画における鉄道が登場する場面(特に昭和20~40年代の鉄道黄金期)を作品毎に解説するブログ

138. 鉄火場の風

1960年1月 日活 製作 公開  カラー作品   監督 牛原陽一

無実の罪で網走刑務所に服役した畑中英次(石原裕次郎)が、復讐を兼ねて勧善懲悪の活躍をする任侠系アクション映画です。

石原裕次郎が歌う 主題歌「最果てから来た男」に乗ってのタイトルバックで、網走から東京へ戻る道中を細かく描いています。ここがこの映画の鉄道シーンの全てと今回は異色作を取り上げます。
先ず 最果ての雰囲気漂う 釧網本線らしき海が近い鉄路を、回転噴火止付の C58形蒸機牽引混合列車の姿が映ります。線路沿いにいた馬は、列車の音で遠ざかりました。
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続いて雪が少々有る原野を、D51形らしき蒸機が 6両の客車を牽いて通過して行きます。
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根室本線か海沿いに転車台のある小駅を通過して、急行列車らしき車内で煙草を吹かしながら寛ぐ畑中が映ります。
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次に美しく特徴ある姿の駒ヶ岳を背景に、湖畔を行く D51形蒸機重連牽引優等列車が映ります。函館本線 仁山~軍川(現 大沼)の小沼沿いの区間でありましょう。
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後部に二等車2両を連結していることから、函館発 11:35 3ㇾ急行アカシヤ号 旭川行と思われます。撮影の都合で下り列車でのロケとなったのでしょうか。

その次は北海道と別れる青函連絡船。1本陰になり3本煙突に見えますが、洞爺丸型 連絡線の様です。畑中は、あえて昼間航行の連絡線で内地へ渡った設定の様です。
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そして次のシーンがハイライトで 爽快な秋空の元 左手より C61形蒸機がヘッドマークも誇らしげに、青い 44系客車を従えて左にカーブしながら高速で通過して行く特別急行列車の姿があります。
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この列車は、当時東北で唯一の特別急行はつかり号です。青地に3羽の雁が描かれたヘッドマークは、当時 東京以北では唯一の存在でした。
最初の画像と同様 線路脇にハエタタキが並んでいますが、釧網本線と東北本線の路線規格の違いが形に(通信線の横棒が3本対7本)表れています。
このロケ地は不明ですが、C61単独で牽引しているので盛岡~仙台の何れかです。この間 183.2km で、停車駅は一関のみ と風格ある特急らしい運行でした。

続いては、架線下を C61形より一回り大きい C62形蒸機に替って牽かれる特別急行はつかり号が登場します。左手から平坦な直線を驀進して来た C62は鉄橋を渡って行きます。
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常磐線 取手~我孫子の利根川橋梁でしょうか。44系客車を青色塗装し、白帯2本加えて特別急行らしく統一されています。編成の中程には一際窓が大きいオシ17形食堂車が連結されています。
最後車スハフ43の後部には黄色地にヘッドマークと同様デザインのテールマークが取り付けてありますが、高速故かカメラのピントが不完全なのが残念です。
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最後は上野駅 13番ホームへゆっくり進入して行くシーンです。当時の上野駅は 11~17番線が地平ホームで、黒い蒸機やこげ茶色の電機・旧客ばかりで薄暗い雰囲気の世界ですね。
また常磐線列車の発着は高架ホームの 7・8番線でほぼ固定されていたので、高崎・上信越線用の 13番線への回送推進運転列車でロケして終着駅 上野へ漸く到着したことを強調したかったのでしょうか。
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畑中の行程を到着時からタイトルバックに沿って推測してみると 上野 17:00 ←(2ㇾ特別急行はつかり )ー 5:00青森 19:10 ←(連絡線18便 )ー 14:30 函館 13:51 ←(8ㇾ急行まりも )ー 23:35 帯広 15:51 ←(410ㇾ準急狩勝 )ー 13:10 釧路 13:03 ←(523ㇾ)ー 7:58 網走

となり沿線車窓を楽しみにしていたのであろう畑中は、 初日は急行まりもで車中泊 二日目は青森で一泊して三日目の夕刻 上野に到着と実に 57時間余りの大旅行でした。
単純に上京を急いだら、上野 17:00←(2ㇾ特急はつかり )ー5:00青森 4:20←(連絡線12便 )ー 23:40 函館 22:32←(512ㇾ旭川より 2ㇾ急行大雪 )ー 6:18 網走
となり連絡線内で一泊して二日目の夕刻到着と 34時間42分で着きますが、車窓からオホーツク海や駒ヶ岳 津軽海峡を見ることは出来ません。では妄想はこのへんで・・・


 
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コメント


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はつかり

はつかりが渡っているのは二代目利根川橋梁です。左に工事中の三代目の橋梁が写っています。

田端車掌区レカ | URL | 2015-12-13(Sun)10:50 [編集]


Re: はつかり

田端車掌区レカ 様  ご指摘ありがとうございます。

小生も江戸川か利根川かで迷いましたが、雰囲気で江戸川と推察したのです。なるほど左手の新しい橋が決め手ですか。
そう言えば江戸川橋梁だとすると、国道6号線が映ってますね。訂正させていただきます。

テツエイダ | URL | 2015-12-14(Mon)22:50 [編集]


はつかり

旧橋梁時代は小生は中学2年生の時、遠足で筑波山に行ったとき1度だけ通りました。その後は昭和44年に取手駅に勤務しましたが、まだ旧駅時代のホーム跡が残っていました。昭和48年に車掌になり、工事中だった橋梁を何度渡ったことか、そのうちに千代田線の延長工事で旧橋の橋脚の撤去が始まり、最近ではなじんだ橋梁も架け替えられ画一的なデザインの橋が利根川に
かかっています。

田端車掌区レカ | URL | 2015-12-15(Tue)21:32 [編集]


Re: はつかり

田端車掌区レカ 様 にとって常磐線の取手付近は思い入れの深い場所なんですね。

小生は昭和45年に初めて取手に行き、関東鉄道の変わった車両に感動した記憶があります。

当ブログではカテゴリー:江若鉄道の(7.今日のいのち 1957年日活)内に木造時代の取手駅者の画像があります。

また蒸機牽引時代の特急はつかり号は、(1959 東京の孤独 日活)でも見られます

テツエイダ | URL | 2015-12-17(Thu)15:35 [編集]