日本映画の鉄道シーンを語る

日本映画における鉄道が登場する場面(特に昭和20~40年代の鉄道黄金期)を作品毎に解説するブログ

 133. 第五福竜丸

1959年2月 大映 配給 公開   近代映画協会+新世紀映画 製作   監督 新藤兼人

1954年3月 アメリカがビキニ環礁で行ったキャッスル作戦(水爆実験)に因り起きた{ 第五福竜丸事件 }を追うドキュメンタリータッチの映画です。監督は反核をテーマの作品を数多く撮った故・新藤兼人氏です。

第五福竜丸はアメリカが設定した立入禁止区域外にいましたが、爆発の威力が予想外に大きかった為被ばくしてしまいました。焼津に帰還後 乗組員は症状が出て、東京で治療を受けることになります。
中でも無線長の久保山愛吉(宇野重吉)は症状が重く、半年後 遂に妻と三人の女の子を残して亡くなってしまいました。東京で荼毘に付され、家族と共に焼津へ向かう終盤の場面に鉄道シーンがあります。

東海道本線 下り急行らしき編成の列車が、有楽町~新橋を EF58形電機に牽かれて走行する姿が先ずあります。
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左手に東宝本社ビル 右手には完成間近の東京高速道路があり、公開当時の街並みであえて撮影されています。
続いて車内は各停三等車らしく、背ずりは板張のクロスシートです。進行左側前向き通路側に遺骨を抱えた妻 久保山しず(乙羽信子)窓側に母 きぬ(毛利菊枝)が座り、対面に女の子三人が遺影と共に座っています。
そして車内各所から事情を知っている一般の乗客が交代交代で、久保山一家の座席を訪れ黙礼してゆきます。

やがて列車は小田原駅のホームへ EF58140電機を先頭に到着します。ホームには大勢の女子高生達が整列して出迎え、代表三人が停車中に車内へ入り花を手向けました。
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続いて根府川橋梁を渡る列車の遠景が映り、静岡県へと向かいます。
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その後も続々と久保山家の席に弔問に訪れる人々が続きます。

列車は大勢の人々が待ち受ける静岡駅へ浜松区の EF58155を先頭に到着します。
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花を手向けるのは静岡県知事(小沢栄太郎)で、車内で迎える人々の様子も違います。
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次にトンネルを抜けた列車が大きな左カーブを抜けて行きます。作中では焼津 手前の設定ですが、金谷~菊川の神谷城にある大カーブでしょうか。昔から名撮影地なのですね。傍らに立つのは、215km.ポストでしょうか。
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こうして沿線での弔問を受けながら走ってきた列車は、これまた大勢の出迎えの人々が待つ故郷 焼津駅へ到着しました。
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カメラマンが撮影する中、久保山一家が写真を持つ子供を先頭にお骨を抱えた しずも降りて来ました。
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どの駅でも時計が映らないので特定できませんが、撮影時なら東京 8:20発 京都行 125ㇾで焼津 12:59着 事件時でも東京 8:30発 京都行 127ㇾで焼津 13:03着の列車が想定されます。
焼津駅頭には数百人の市民が久保山一家を出迎え、手を合わせています。
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