日本映画の鉄道シーンを語る

日本映画における鉄道が登場する場面(特に昭和20~40年代の鉄道黄金期)を作品毎に解説するブログ

 103. 密会

1959年 11月 日活 製作 公開   監督 中平康

大学教授の妻 宮原紀久子(桂木洋子)は夫の教え子である川島郁夫(伊藤孝雄)と不倫関係ですが、密会中に偶然 殺人事件を目撃したことから破滅への道を辿るサスペンスドラマです。

宮原教授(宮口精二)の家は小田急沿線に在る様で、2100形らしき急行列車が何故かミュージックホーンと共に高速で走り抜けるシーンが先ずあります。
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小田急のミュージックホーンは 1957年登場した 3000形SE車から搭載された特急用の補助警報機なので、アフレコとはいえ一般車両に付け加えたのでは不自然な感じがしますね。

川島は良心の呵責に耐えかねて、事件を目撃したことを警察へ告白しに行く決意を紀久子に伝えます。だがそれは紀久子にとって、川島との不倫関係が公になり身の破滅に繋がります。
二人は話し合いますが遂に川島は警察へ向かうべく紀久子を振り切り、小田急線 梅ヶ丘駅の改札を入ります。和服姿の紀久子も後を追い、入場券を買って改札を入る姿を高位置から撮影しています。

この頃の梅ヶ丘駅は2面4線を構内踏切で繋ぐ構造で、二人は構内踏切を渡って上り線ホームへと上がります。一足早くホームへ上がった川島は紀久子が近付いても視線を変えず、前方を凝視しています。
紀久子も語り掛けず、この後川島の告白によって世間の好奇の目にさらされる自分の姿をを想像します。紀久子の視線を感じてか 川島の首筋には汗が光っていますが、微動だにしません。

「3番線を新宿行 急行電車が通過します」と構内放送があり、豪徳寺方面からあのミュージックホーンと共に小さく上り電車が見えてきました。二人共変わらず、思い込んでいる表情でいます。
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急行電車がなおも近付いた時、紀久子はチラと電車の方を見て川島の背をポンと押してしまいます。川島は一瞬 紀久子の方を振り向いた様子ですが、線路に転落 非常制動音と共に轢断されてしまいます。
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急行電車は非常制動なれど、最後部が構内踏切の中程の位置で漸く停止します。ホームにいた客が一斉に川島の転落場所に集まり、「飛び込みだ」「自殺だ」などと話しながら覗き込んでいます。
新宿行上り急行は当時新型の2200形で、突然の非常停止に乗客は皆窓を開けて後方を見ています。構内踏切は閉まったままですが、駅員が次々に駆け付け野次馬も遮断機を潜って集まってきます。
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そんな騒ぎの中、紀久子は平然と落ち着いた顔で遮断機を潜り無人の改札を抜けて現場を去って行きます。
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こうして紀久子の思い切った行動は、成功したかにみえました。
小田急電鉄の全面協力の元、休日の早朝にロケが行われたと思われます。しかし下り電車のことを考えていないのか、降りている構内踏切の遮断棒を指差呼称もせずに駅員が潜って現場に駆け付ける行動には?

当時 小田急電鉄のイメージリーダーである 3000形SE車は作中で登場しませんが、象徴であるミュージックホーンをあえて急行電車にアフレコで加えたのは撮影協力への御礼なのでしょうか?
小生 昔の梅ヶ丘駅を知らないので ここまで書いてきましたが、3枚目の画像に映っている広い構内配線には引っかかるものがあります。 2枚目の画像をよく見れば、相模大野駅へ進入して来る下り列車の構図では?

そうなんです。梅ヶ丘の駅名板に惑わされましたがロケは相模大野駅で番線表示板まで交換し、下り線の電車に上り新宿行の標示までして撮影したと思われます。
2枚目の画像を見ると電車の後方でオーバークロスしているのは、相模大野駅 新宿方にある国道16号線です。3枚目の画像で左方向へ離れていく線路は、この先で本線をオーバークロスする江ノ島線の上り線であります。

相模大野駅の小田原方に留置線があったので、そこで撮影用の列車を仕立て 構内でロケが行われたのでしょう。でも何故ここまで手の込んだ演出をして、相模大野駅を使って梅ヶ丘駅に仕立てて撮影したのか小生には思いつきません。1996年に現在地に移転した現状からは想像できない 1959年の相模大野駅の姿は価値あるものですね。
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