日本映画の鉄道シーンを語る

日本映画における鉄道が登場する場面(特に昭和20~40年代の鉄道黄金期)を作品毎に解説するブログ

 96. うず潮

 1964年11月 日活 製作 公開  カラー作品   監督 斎藤武市

林芙美子原作 大正 11年 尾道高等女学校の生徒 林フミ子(吉永小百合)は貧しい家庭の文学少女。懸賞に応募した童話が入賞したことから、東京で身をたてる決意で故郷を離れるまでを描く作品です。

鉄道シーンは終盤 フミ子が尾道駅から東京へ旅立つシーンからあります。朝まだきの尾道駅 和服姿のフミ子は僅かな荷物を持っているだけです。「只今より大阪・東京方面の改札致します」の言葉で改札を通ります。
明るくなったホームへ上がると、C58 254牽引の東京行列車が到着します。
96-2.jpg
8~10両編成と長く、フミ子は3両目に乗車します。
96-3.jpg
ロケが行われたこの木造駅は当然 尾道駅ではなく、ロケ地の志度駅でしょうか?

座席に座って発車してからも延々と決別の置手紙の文面をフミ子が朗読していく中を列車は進んで行きます。沿線には延々とハエタタキが並ぶ中、機関車のキャブ越に前方を映す お馴染みのカットもあります。
96-5.jpg

そして C58 46牽引列車の走行シーンも登場します。前出 254と同様 鷹取式集煙装置と思われる重装備搭載で豪快に走り抜けて行きます。また門デフ装備と思われる C58の走行シーンもあります。

その後もフミ子は延々と東京へ行くことへの希望・あこがれ・期待を込めて東京へ行けば何とかなる 東京へ行けば幸せが待っている などちょっと危ない気もしますが、前途に明るい未来しか考えられない感じです。
ラストシーンは長い鉄橋を渡る列車の姿を後方から映し、いよいよ故郷と決別し東京へ向かうフミ子を乗せた汽車が段々小さくなっていくところで終わります。
96-6.jpg




 PS. 上記の様にこの映画は尾道ではなく香川県志度町(現 さぬき市)でロケが行われています。C58 254が牽く列車は高徳本線を走っているのかと考えますが、それにしては長編成です。
C58 254は当時 多度津機関区所属でしたので、予讃本線の列車と思われます。またフミ子が入る駅舎のシーンとホームから乗り込むシーンは別撮りとも考えられます。

該当する長編成列車は有るのかと撮影当時の時刻表を見ると、予讃本線 川之江 5:52発普通 高松行と土讃本線 財田 6:15発普通 高松行が多度津で合体し高松へ向かう通勤通学列車 322ㇾがあります。
初冬の朝 長編成の普通列車が到着するシーンにピッタリだと思われます。そうなるとホームでロケが行われたのは多度津の先 丸亀か坂出ということになりますが、いかんとも小生には分かりません。

大正末期 尾道から朝乗って東京直通の普通列車が有るのか?と時間表(時刻表)を見れば、下関始発の 24ㇾが尾道 7:08発で山陽本線・東海道本線を走り通し翌朝 6:40終点 東京へ到着し映画の内容に合います。
余談ですが、フミ子が歩いて来た尾道駅前には(汽車辡當)の大きな看板があります。しかし意外にも隣の糸崎には駅弁マークが有るのに尾道には戦後まで駅弁は無いのです。その後1949年の時刻表に初登場しています。
( 24. 素足の娘 )は 1957年の作品ですが、上から3・4枚目の画像に駅弁の立売人が映っています。  

関連記事

PageTop

コメント


管理者にだけ表示を許可する
 

うず潮のラストシーン

はじめまして。
うず潮のラストシーンは牟岐線阿波赤石駅北の鉄橋と思います。中央の山は徳島市の眉山、右の山は小松島市の日ノ峰山。ハエタタタキも当時ありました。86の牽く痰壺のついた客車で短いトンネルを抜けるとすぐこの場所を通過した子供の頃を思い出しました。

GEN | URL | 2015-03-20(Fri)17:17 [編集]


Re: うず潮のラストシーン

GEN 様 コメント有り難うございます。

あのシーンは牟岐線阿波赤石駅近くで撮影されたものでしたか。小生は全て予讃本線でロケしたものと考えていましたが、貴重なご意見有難うございます。

そういえば昔の客車内通路・デッキなどには、痰壺が有りましたね。車内のはホームにあったのと違って、表面が真鍮製で光っていた記憶があります。

テツエイダ | URL | 2015-03-20(Fri)17:20 [編集]