日本映画の鉄道シーンを語る

日本映画における鉄道が登場する場面(特に昭和20~40年代の鉄道黄金期)を作品毎に解説するブログ

184. 浮草

1959年11月 大映 製作 公開   カラー作品   監督 小津安二郎 

旅芸人の一座が訪れた三重県の港町には座長 嵐駒十郎(二代目中村鴈治郎)が昔 子供まで産ませた 本間お芳(杉村春子)親子が居て、 駒十郎の愛人で一座の すみ子(京マチ子)と穏やかではない関係に至るドラマで小津監督唯一の大映作品です。

鉄道シーンは中盤 すみ子は お芳を困らせようと、妹分の加代(若尾文子)をそそのかして息子 清(川口浩)を誘惑させます。ところが二人共 本気となり、駆け落ちを計るまでになります。
地元の駅に近い旅館 田丸屋に清と加代が泊る場面で、安全弁から盛んに蒸気を噴出しながら待機する C10 6 蒸機の後方の木造庫内に C10 7 蒸機が登場します。
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(99.警察日記)で既述の武蔵五日市支区には C10 5号機の仲間に、6・7号機が配置されていました。それとこの木造庫の形から武蔵五日市支区でのロケに間違いないと思われます。

後述の田丸駅でのロケから参宮線を思い浮かべるのですが、参宮線と言えば旅客 C57・貨物 D51 です。小津監督は何故三重県に所縁の無い C10 形蒸機を登場させたのでしょうか?
三重県でのロケを終えて編集作業をしていた小津監督が、駆け落ちを計る若い二人の高鳴る気持ちを表すのに勢いよく蒸気を吹き上げる機関車のカットを入れたくなり東京から近場でローカル線の雰囲気溢れる武蔵五日市支区で追加ロケをしたのでは?と妄想してみました。

終盤 すみ子・清らと喧嘩別れした駒十郎は、座員に金の持ち逃げまでされたので一座を解散して一人旅に出ようとします。夜遅く駅へ行くと、
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ベンチにすみ子が一人ポツンと座っています。この場面のロケは参宮線 田丸駅で行われたそうです。
駒十郎は気付かぬフリをして離れたベンチに座り、煙草をくわえて火を点けようとしますがマッチがありません。
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そこへ近寄った すみ子が手持ちのマッチで火を点けてあげて、会話が始まり二人で桑名の座元を訪ねて再起を図ろうとします。
出札口横の壁には伊勢行・亀山行・草津行・松坂行・名古屋行と表示された、改札口上に掛ける次に発車する列車の行先札が並べて掛けてあります。なので次の下りは鳥羽行、上りは多気行の各札が改札口上に掛かっていると思われます。
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そして すみ子はウキウキと出札口で「桑名2枚」と切符を買い求めました。この時 壁の時計は 23:12頃を指しています。こんな時刻に桑名まで行く列車があるのでしょうか。
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次に暑そうな三等車内で寝ている子供や老人の姿が映ります。
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続いてボックスシートに並んで座る駒十郎と すみ子がいます。駒十郎は風呂上りの様に頭の上に手拭いを載せて、すみ子のお酌で酒を飲み上機嫌な様子です。
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そして遠慮気味に煙を噴き上げる蒸機に牽かれた夜汽車が、腕木式信号機の横をゆっくりと通り過ぎて行くシーンでエンドマークとなります。
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さて二人は桑名を目指しているので、上り多気行に乗ったと思われます。壁の時計はともかく該当するのは田丸 22:08発の 836ㇾで、隣の多気には 22:18着です。この年 7月14日までは接続列車が無く、多気で夜明かしでした。
しかし7月15日に紀勢本線が全通し ダイヤ改正で紀伊勝浦発 準急 1908ㇾ名古屋行が新設され、多気 2:55発で桑名着が 4:47と夏場の夜明けの到着で先方の都合はともかく再起を図る二人に相応しい列車です。



このダイヤ改正時に、山田→伊勢市・相可口→多気 と駅名が改称され、紀伊半島を一周する準急くまの号の他 南海電鉄難波 21:55発の電車に連結された客車が天王寺 22:00発の 912ㇾに繋がれ名古屋 12:11着(南海の客車は白浜まで)という長距離鈍行も登場しました。
この列車の反対は名古屋 15:33発の 911ㇾで、やはり白浜から南海の客車も連結の上 紀伊半島を一周して東和歌山で切り離した一両の客車が南海電鉄の電車にぶら下り終着 難波に 5:37着 911ㇾも天王寺 5:30着とこれまた今では考えられない珍鈍行列車でした。
この南海電鉄の客車とは国鉄スハ43形をベースとしたサハ4801形で、紀勢線全通前から国鉄の夜行列車に連結されて白浜と結んでいました。1972年3月 南海の紀勢本線乗り入れが廃止され、一両だけ作られた珍車サハ4801形も廃車となりました。




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183. 祇園囃子

1953年8月 大映 製作 公開   監督 溝口健二

京都 祇園の芸妓 美代春(木暮実千代)は旧知のメリヤス問屋 沢本(進藤英太郎)の愛人の娘 栄子(若尾文子)から懇願され、苦労の末 舞妓 美代栄に仕込む過程で深まる師弟の絆を描く映画です。

鉄道シーンは一か所 中盤に車両会社 専務の楠田(河津清三郎)が商売の切り札に美代春を使う為、美代栄と二人を東京へ連れて行く道中の場面にあります。
先ず 片廊下に個室がずらり並ぶ寝台車にアベックが鞄を持った列車給仕を伴い現れ、車掌から検札を受けて端の部屋に入ります。
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次にトレイを持った食堂車のウエイトレスが中央の部屋に向かいます。
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内側から外開きのドアを開けて、美代春がサイダー2本とグラスの乗ったトレイを受け取りました。代金(45円×2=90円)は列車給仕に注文を頼んだ時に、チップ込みで百円支払ったものと思われます。
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美代栄が「ちっとも寝られへん」と言うので、美代春が「楠田はんとお話してきたら、食堂車にいえはるで」と言いますが断ります。
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そこへ廊下から男が中を覗くと、美代栄が「お父ちゃんやわ」と言って後ろ向きになります。
沢本は部屋に入ると「京都駅で乗る時に姿を見掛けたんでな」と美代春に告げ、美代栄の後ろ姿を見て「暫く見ない内にすっかり綺麗になったな」と声を掛けます。
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嫌がった美代栄は「うち楠田はんのところへ行ってくる」と部屋を出て行きました。

沢本は美代春と二人になると、注いでもらったサイダーを飲みながら厳しい身の上を延々と愚痴るのでした。この撮影はセットか国鉄スロネ30形かマロネ39形二等寝台車を使って客車区で待機中に行われたのでは?と思われます。
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スロネ30形寝台車だとすると、1951年新製されたオール4人用個室寝台車です。引退したトワイライトエクスプレスに連結されていた、カルテットが似ています。冷房設備が無く扇風機だけなので、劇中でも暑そうですね。

この為 1955年の一等寝台車格下げ時には、個室寝台なのにスロネ30・マロネ39共に二等最下級の二等 C室に区分けされてしまいました。スロネ30の個室サイズは、幅1800×奥行1900でベット幅600 天井高2075 でした。
劇中では片側を寝台状態で、もう片側を座席状態のまま2人でゆったりと使っています。沢本が来訪した時も、長いシートを座席とテーブル代わりにして接待しています。

さて美代春達が乗ったこの列車は、何を想定しているのでしょうか? 京都を夜に出る東京行で、スロネ30かマロネ39 二等寝台車と食堂車が付いている列車はありませんでした。
近いのは 38ㇾ急行筑紫で、京都 21:26発・東京 7:23着でした。食堂車は有りますが、寝台はマイネ40一等寝台車だけでした。この列車の前に佐世保2:20発(真夜中!) 呉線経由 京都 20:17発の東京行 1006ㇾ特殊列車があります。

この特殊列車とは元連合軍専用列車Allied Limited 号であり、講和条約締結後の1952年4月より枚数制限付きで日本人も乗れるようになった急行列車で 1954年から一般急行列車 早鞆となりました。
特殊列車となっても編成はあまり変わらず、京都発時点で一等寝台車2両+二等寝台車3両+二等車2両+食堂車+荷物車2両というベラボウな豪華列車でした。

でも使われている二等寝台はマロネ29形という後の二等C室に区分される、開放ロングシートタイプ寝台でした。結論として劇中で登場するのは架空列車です。
当時 スロネ30寝台車タイプは 東京~関西の夜行急行列車 14ㇾ銀河(京都21:46→東京7:53) 16ㇾ彗星(京都22:57→東京9:24)に使われていたので、食堂車は連結されていませんでしたが普通に考えればどちらかの列車でしょう。
でも旧型個室寝台車でロケが行われたのはとても珍しく、京都~東京の移動で夜行列車の比重が高かった時代の貴重な記録であると思われます。

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182.刑事物語 くろしおの詩

1985年10月 キネマ旬報社製作 東宝配給公開  カラー作品   監督 渡辺祐介

高知中央署の刑事 片山元(武田鉄矢)が失態からヤクザの組員となり、意外な展開から大活躍でヤクザ組織を潰すアクション・コメディ映画です。シリーズ第4作ですが、タイトルに4は入っていません。

鉄道シーンは冒頭に集約されています。先ず阿波池田駅舎が映ります。
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高知への犯人護送任務で同僚と急行あしずり5号に乗る片山は、阿波池田駅へ到着すると
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駅弁購入の為 ドアが開くと同時にホームの売店に駆け込み弁当とお茶を3個注文します。
お茶の湯を入れながら店員から代金 2000円を請求されますが、片山はお金が見つからず 発車ベルが鳴り始めます。焦って捜す中 漸くポケットから小さく畳んだお札が見つかり、それを渡すと弁当を持ってドアへと走りました。
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そのお札が一万円札と分かった店員から「お釣りお釣り」と叫ばれた片山は、転んでしまい慌てて落とした弁当を拾って間一髪でデッキに飛び乗りドアが閉まります。しかしこの時弁当を一つ拾い損ね、店員が駆け付けますが、片山は諦め顔です。
列車到着からここまで連続して構内放送がバックに聞こえ、臨場感を盛り上げています。店員は動き出した列車と並走して弁当とお釣りを渡そうとしますが、デッキにいる片山にはどうすることも出来ません。前方の車掌室から車掌が顔を出していますが、店員さんには 如何ともし難いのです。
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そして列車が高知平野に入った頃 犯人の笹本(柳亭楽輔)が、トイレに行きたいと言い出し連れて行きます。その頃妊婦さんらしきが苦しんでいる事態にも片山は遭遇し、介抱している隙にトイレを抜け出した笹本は丁度停車した後免駅で逃走します。
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未だトイレに入っていると思っていた片山は 同僚の吉本刑事(伊吹剛)の怒鳴り声でホームへ出ると、既に列車後方へ逃走する笹本を吉本が追っています。
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ホーム端から線路上を逃走する笹本を片山も追い掛けますが、苦しくなって立ち止まったところでタイトルです。
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ロケ当時 705D 急行あしずり5号はキハ 58系気動車に丸型急行板を付けて高松~中村を5時間 13分で結んでいました。高知までは特急南風号もありましたが、犯人護送と言えばやはり急行列車が相応しいですね。
しかしこの映画公開の5年後の 1990年秋には、土讃本線の急行は全て特急化されこの風情も無くなりました。また 末期は改札外のキヨスクで販売していた阿波池田の駅弁も、今ではホームの駅そばと共に過去の記憶となっています。




 PS. 劇中で逃走犯 笹本役を演じた柳亭楽輔氏は勿論 落語家が本業で、落語芸術協会理事の柳亭楽輔さんです。この作品が唯一の映画出演で二ツ目時代の出演ですが、役名が何故か本名の笹本でした。追い掛けられる時、実感が出ると思ったからでしょうか。

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181.東京のお転婆娘

1961年3月 日活 製作 公開   監督 吉村康

東京に住むチャッカリ屋の美大生 佐伯有子(中原早苗)が、大阪の従姉で未亡人の嵯峨真冴(南寿美子)の店を立て直し 再婚の段取りをつけるコメディ映画です。

鉄道シーンは最後で、大阪での仕事を終えた有子が東京へ戻る場面で有ります。先ず戦時中に完成した三代目大阪駅舎が登場して大阪であることをアピールしている様です。壁の時計は、14:20頃を指しています
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続いてホームに停車中の 151系 特別急行電車。「まもなく上り東京行 特別急行列車 第二こだま号発車です」と放送していますが車内は空席の様子で、到着して乗客が降りた直後か入線して乗車前の状態と思われます。
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次に車内で席に座る有子が、窓越しに真冴とお相手の城戸終吉(森塚敏)その後ろに真冴の店で働く(松原智恵子)達から見送りを受けています。
開閉ラッチが付いていますから窓を開けて話せば良いのにとも思いますが、そのまま会話しています。でも窓が小さい様に見えて何か こだま号とは違和感があります
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そう 151系特急用電車は空調完備で大型窓は開かないんです。そして停車中のEF58形電機を右手に大阪駅を出発して行く 151系こだま号の勇姿が映っています。
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車内では動いて行く車窓からホーム柱に取り付けられた「おゝさか」の名板が見えます。そして隣のホームで停車中の車両は、先頭部分が何故か小田急 2100形の様にも見えます。
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走り出した車内で有子は、傍らの荷物を網棚へ上げようとします。すると横に現れた男も隣へバックを上げ、思わずその男を見て有子はビックリ! 真冴が金を借りていた浜田商会社長 浜田昭七(藤村有弘) です。
この男とは大阪へ向かう時から関わりが有り、大阪でも色々やり取りがあって父親には世話にもなりました。そして有子に近寄ろうとするも軽くあしらい かわした仲ですが、東京行の列車に同席で驚いたのです。
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浜田は「東京に仕事が出来ましてな」「飛行機より汽車の方が長いさかいに宜しな」と言いつつガムを渡して、和やかな感じで有子も同席を楽しんでいる様子です。
二人の後方に車両の連結部分が映っていますが、デッキ部分が無くアールがついた形で 一席毎の小窓の件もあって この車内シーンは小田急電鉄の 3000形 SE車でロケが行われたと思われます。
しかし大阪駅やこだま号発車シーンと交互に編集され、バックにアフレコの放送音が続けて流れているのでとても自然に感じます。

ラストシーンは、151系こだま号がクハ 151 を先頭に12連で現れ、高速で通過して東京へと向かって行きます。最後部は前年より登場した最高峰のクロ 151 パーラーカーです。
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上り特別急行 106ㇾ第二こだま号は大阪 14:30発車で、京都・名古屋・浜松・熱海・横浜に停車して終着駅 東京へは 21:00の到着でした。
当時 大阪~東京を走る 151系特急は こだま号つばめ号の各2往復8本あり、二等車の運賃・特急料金は片道 1980円で一等車は 4280円でした。更にパーラーカーだと 6080円と普通急行二等車 1480円とは別格でした。

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