日本映画の鉄道シーンを語る

日本映画における鉄道が登場する場面(特に昭和20~40年代の鉄道黄金期)を作品毎に解説するブログ

176. 乱れ雲

1967年11月 東宝 製作 公開  カラー作品   監督 成瀬巳喜男

交通事故で通産省の役人である夫 江田宏(土屋嘉男)を亡くした江田由美子(司葉子)と加害者である明治貿易社員 三島史郎(加山雄三)の悲恋映画で、成瀬巳喜男監督の遺作となった映画です。

小田急電鉄の 2400形と思われる列車が大きな急行看板を付けて現れた後、
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夫の栄転と初めての懐妊で幸せに浸る由美子が車内で隣の赤ちゃんをあやすシーンがあります。
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事故の後 夫の葬儀に現れた三島に憎悪を感じた由美子であったが、夫の実家からは籍を抜かれ子供も諦めることになりました。姉の采配で由美子は三島から毎月お金を受け取ることになります。

監督官庁の役人を事故死させた三島は青森出張所へ左遷され、会社の常務の娘との婚約も解消となって失意の内に国鉄青森駅頭へ到着した場面もあります。
由美子は実家である十和田湖にある旅館を手伝うことになり、青森の三島の元を訪ねて毎月の援助を断り縁を断とうとします。

その後三島の母親が謝罪に来たこともあって、偶然の再開後二人はお互い魅かれるようになったのです。しかし会う度に悩み由美子が再会を断ったので、三島は転勤願いを出します。
そしてパキスタンへの転勤が決まり青森を離れようとする時、ついに由美子が三島の家に現れ二人は出掛けます。タクシーで宿へ向かう道中、悲惨な交通事故現場に遭遇してしまいます。

二人はかつての事故を思い出し激しく動揺するのでした。タクシーが踏切で捉り停車すると、二人は無言で車内は重たい空気に包まれます。東北本線でしょうか、重厚なハエタタキが並んでいます。
やがてD51形蒸機牽引の貨物列車が左手からやって来ました。
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本線の貨物列車だからでしょうか、とにかく長い列車です。途中で三島が雰囲気に耐え切れず、タバコを吸い出します。

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漸く編成最後の緩急車が現れたと思ったら、その後ろにキロ28形と思われる一等気動車が連結されています。混合列車ではなく修理を受けていた車両の回送でしょうか。
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二人はお互い結ばれる仲ではないことを悟り、別れることに納得するのでした。最後に転勤に向けて上京すべく、DD51形内燃機 重連牽引列車に乗る三島の姿があります。
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三島が座る車内シーンは特急普通車のセット撮影の様にも見えます。

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ロケ当時 東北本線は青森~盛岡が非電化区間で、気動車以外の特急・急行はDD51形内燃機が重連で牽いていました。様子から唯一の昼行急行である、202ㇾ第一みちのく号と思われます。
202ㇾは青森発 5:45で盛岡~仙台はED75牽引と近代化されますが、一転して仙台~平はC62形蒸機となり最後はEF80形電機牽引で 18:43上野に到着でした。

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175.ますらを派出夫会

1956年2月 東京映画 製作  東宝 配給 公開    監督小田基義

お手伝いさん派遣業界では新興の(ますらを派出夫会)が勢力を現し、老舗の(なでしこ派出婦会)はお得意先を減らしてしまいます。両会のせめぎ合いに、没落する亀山一家を絡めて描くコメディ映画です。

亀山家では(ますらを派出夫会)から派遣された人を使っていたが、来る人来る人が皆 問題人間でした。そこで副会長の江川健太(榎本健一)が派遣され、漸く満足する働きに喜ぶ一家でした。
ところが亀山寅造(柳家金語楼)の娘 絹子(白鳩真弓)の婚約者 金田(三木のり平)に会社の財産を持ち逃げされ、亀山家は 一気に没落します。亀山は妻と娘を田舎へ帰して東京で一人働く決意をします。

先ずC59形らしき蒸機の力強い足回りが映ります。
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続いて上野駅地平 11番ホームで発車待ちの、C59形10号機の前面がアップで登場します。現在の 11番線は高架の常磐線用ホームですが、現在の 14番線の位置と思われます。
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旧型客車に乗り込んだ亀山の妻 その(千石規子)と娘 絹子は、窓越しに見送りに来た亀山との別れを惜しんでいます。亀山は「働いてもう一遍暮せる様になったら、皆を迎えに行くからな」と二人に告げます。
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列車の先頭から汽笛が響くと、亀山はいよいよ別れの時が来たと覚悟した表情です。
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動き出した汽車から、そのは「じゃお達者で」絹子は「おとうさん~」。見送る亀山は「その~」次第に小さくなる二人でした。
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そのと絹子が乗る車両の後ろが最後部で荷物車が連結されています。亀山は窓から手を振る二人が見えなくなるまで 11番線で見送るのでした。
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この 11番線の隣は荷物ホームで、到着した荷物をさばいている様子が映っています。1964年10月に手荷物や新聞等以外の荷物取扱いが隅田川駅へと移るまでは、荷物でも上野駅構内は賑わっていました。
さて亀山母娘が乗ったC59形蒸機牽引のこの列車は? 当時の 11番線は東北本線列車の発車ホームでした。全線東北本線を行く青森行は、急行が 9:00発の 101ㇾ青葉のみで(仙台から常磐線経由みちのく号に併結され23:44着)普通列車が昼行・夜行(発駅時点)が各2本ありました。

二人は普通列車 青森行に乗ったので、昼行の 10:20発 翌朝 8:29青森に到着する 111ㇾか、12:40発 翌日 12:12にのんびり青森到着という 113ㇾの何れかと思われます。
ロケ当時の東北本線は上野~大宮が電化されているだけで、夜明け前といった様子でした。直通の青森行はこの他 福島から奥羽本線経由の夜行普通列車が2本と合計7本ありますがドン行主体で、主力は急行4本準急1本普通1本が走っていた常磐線経由でした。
C59 10蒸機ですが 1955年 東海道本線が米原まで電化されたので余剰となり、梅小路区から宇都宮区へ転属したのです。東北本線 上野方での活躍も2年半程で、宇都宮電化により白河区へと転属 その後C60 28へと改造されました。

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174.青春のお通り

1965年7月 日活 製作 公開  カラー作品   森永健次郎

南原桜子(吉永小百合)は短大卒業後 お手伝いさん業こそ要領のいい仕事と考え、芦屋住まいの放送作家 浪花秀介(藤村有弘)の元で住み込みお手伝いさんとなりる コメディ青春映画です。

短大時代の同級生三人組はお互いを 桜子はチャッカリン 青柳久子(浜川智子→浜かおる)はケロリン 駒井中子(松原智恵子)はキドリン とアダ名で呼び合い、ケロリンと兄の青柳圭太(浜田光夫)の住む千里団地へ二人共転がり込む仲でした。
鉄道シーンは序盤 京阪神急行電鉄 千里山線 新千里山駅(現 阪急電鉄 千里線 南千里駅)を遠景で映すシーンから始まる。1600系4連が1番線に停車するホームに、梅田行 1600系電車が2番線に到着します。
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桜子が降りて来て階段へ向かうと、下から電車に乗ろうとする久子が上がって来てぶつかります。久子が何処へ行くのか答えない桜子に「お兄ちゃんを誘惑したら承知せんよ」と言い、桜子は「早よ行かんと乗り遅れるで」と返して久子を慌てさせます。
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1番線から発車寸前の梅田行電車に乗ろうとする久子ですが、車内が混んでいて乗れません。「チャッカリン 押して~」と久子が呼ぶと桜子は「よっしゃ」と答えて走り寄り、久子を押しますが他の乗客共々駅員に押されて乗せられてしまいます。
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続いて 1600系4連が走り抜けて行く姿を、陸橋上から捕らえた場面があります。1970年に開催された大阪万国博覧会で有名になった千里ですが、当時は新千里山駅まで部分延伸されたばかりで最長4連で運行されていた様です。
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桜子が住み込みで働く浪花家の妻で女優のユカリ(芳村真理)が映画出演の為 上京することになり、桜子が付き人として同行することになります。その折に結婚して国立に住む姉の瀬木梅香(長内美那子)に会いに行こうとします。
早朝 新宿駅から中央本線に乗り、アポ無しで国立を目指します。101系電車が高架線を走行している場面では 送電線の高い鉄塔が映っていますが、半分高架線が開通した翌年なので 高円寺付近でしょうか。
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そして三角屋根が特徴的な駅舎をバックに早朝の国立駅前に降り立ちます。
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この駅舎は 1926年の開業以来 2006年まで存在していましたが、高架線工事に伴い解体されました。
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新千里山駅で桜子が元に戻る方向の電車に乗せられてしまう場面は、ラッシュ時とはいえ開通間もない末端駅なので客も少なく京阪神電鉄としてもPRになり 撮影に協力したのでしょう。
それにしても久子は明らかに列に横入りだし このドアだけ3人も駅員がはりついて一般客を制限し、トラブルと危険防止を兼ねて撮影に協力していますね。コメディ映画として上出来でしょう。なお続編でも京阪神急行電鉄 芦屋川駅が登場します。








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173. 黒い潮

1954年8月 日活 製作 公開   監督 山村聡

井上靖の同名小説をベースに、毎朝新聞記者 速水卓夫(山村聡)が国鉄総裁 秋山(高島敏郎 )死亡の真相を 仲間と共に逆風にもめげずに追う ドキュメンタリー風の社会派映画です。

冒頭 土砂降り雨の深夜に、 フラつきながら近付くD51形蒸機牽引の貨物列車に誰かが飛び込みました。
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その様子を目撃していた初老の男 栗原(小笠原章二朗)は頭が少々弱く、後に警察の目撃対象から除外されます。
続いて常磐線 綾瀬駅 
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激しく雨が降る中 松戸行終電が到着し、最後部はクモハ 60形の様です。常磐線は事件のあった 1949年 7月の前月に松戸~取手が電化延長され、時刻改正されたばかりですので 0:23が定時の終電でしょう。

ホームにいた駅員が運転手から通告された様で、「おい 官舎のそばにマグロだとさ」と改札の駅員に告げます。「前の貨物が轢いたかも」と改札員「女かもしれんと」と追加情報も告げられます。
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当時 電車の最後部は改札口の直ぐ前で、終電は松戸行であることが分かります。数人の客が降りてくると、電車は僅かな停車時間で出発して行きました。

次に 事件現場を 9600形蒸機の 29614が牽く短編成の貨物列車が走り抜けた後、
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速水が線路際に立って謎の多いこの事件の真相究明を決意するのです。
29614は撮影当時 田端区の所属で、デフレクターを外して操車場入換業務が主な運用の他 常磐線貨物列車の短区間も担当していた様です。

また速水の部下 東野村(信欣三)と筧(河野秋武)が事件現場周辺で秋山の足取を調べているシーンでは、常磐線下り線路内を二人で話しながら歩いています。綾瀬方面は遠くまで直線区間で、線路の左右には未だ殆ど家がありません。
そこへ突然 背後から汽笛が鳴り響き、驚いた二人が
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慌てて線路外に退避して貨物列車をやり過ごします。幹線の枕木の上を歩くなど 現在の感覚では言語道断ですが、当時はよく見かけた様でそれ故事故も多かった様です。

画像で二人の前方に小さな橋が有り、下を小川が流れています。作中ではそこにいた地元の人に聞き込みをしますが、現在では五反野親水緑道となっている所で激変しています。
また画像の右手には 1929年完成の小菅刑務所(当時は東京拘置所も同居)があり、ロケ当時 鉄筋コンクリート造りの立派な建物は作中でも人物の背後で威容を誇っています。
本作は連合国占領解除後 間もない時期に製作されたので、鉄道施設を始め 事件現場となった場所もまだそれ程変化してなく 再現するには好機であったと思います。



史実では 1949年 7月 6日 午前 0:20頃 常磐線 北千住~綾瀬の東武鉄道と立体交差する地点付近で、8分遅れで通過したD51 651蒸機(水戸区)牽引の貨物 869列車が誰かを轢いて 後続の電車運転手が発見したそうです。
869列車遅延の影響か、この電車は現場を 0:25頃通過したので綾瀬発車は4分遅れの 0:27頃と思われます。
遺体が国鉄総裁 下山定則であったことから いろいろ憶測を呼び、当時の時代背景から当初自殺と思われた死因が他殺説優勢の状況となります。最終的には自殺説に傾いた警察の捜査が、高次元の圧力でボヤケ 迷宮入りとなりました。




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