日本映画の鉄道シーンを語る

日本映画における鉄道が登場する場面(特に昭和20~40年代の鉄道黄金期)を作品毎に解説するブログ

 143. 波止場の王者

 1956年11月 新東宝製作公開   監督 内川清一郎

 中小企業 島造船所が開発中のガス・タービンエンジンAZの設計図を狙う国際ギャング団と、技師 水野三郎(宇津井健)達の対決を巡るアクション映画です。

船舶局が認めないAZを優秀なエンジンだと思う水野は、島造船所の山本博士とAZエンジンの研究を進める為 役所を辞めて島造船所へ移籍します。
ある時 田浦へ戻る為、水野は横須賀線に乗りました。品川を出た 70系電車が京浜急行 八ツ山橋へ向かって来る姿が先ず映ります。
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車内で設計図らしきが入った鞄を網棚へ上げて座席へ座りました。周りには水野の様子を窺うギャング団の連中が乗っています。
電車は坦々と進み、大森辺りを過ぎた頃 水野は居眠りを始めてしまいます。最初はうつらうつら・その内本格的に寝てしまいます。
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水野の後ろの席に居たギャング団の志水重吉(丹波哲郎)が立ち上がり、頃合いを見て網棚の鞄を自分の持ち物の如く盗み取って前方へ移動して行きます。
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続いては、10:54到着の田浦駅へ鞄を持った志水が降りました。2等車のドアから下車したので、隣の車両へ移っていたのでしょう。
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志水は素早く跨線橋を渡り 改札を出ると合図して、待機させていた仲間の車に乗って行きました。
一方 水野はかなり遅れて改札に現れ、鞄を盗まれた旨伝えると駅員は「遺失物係の方へ行ってくれ」と間の抜けた返事です。実は鞄の中は・・・

ロケ当時 水野が乗ったと思われるのは、東京 9:42発 909ㇾ横須賀線 久里浜行電車です。
909ㇾは田浦 10:53発ですから、2分程遅れての到着の様です。

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 142. 高原のお嬢さん

1965年12月 日活 製作 公開  カラー作品   監督 柳瀬観

信州 蓼科で牧草を研究しながら牧場で働く北川和夫(舟木一夫)と、東京から遊びに来た小泉淳子(和泉雅子)の悲恋映画です。

この映画の鉄道シーンは全て新宿駅です。北川が研究成果の報告に中央本線で上京し、終着 新宿駅ホームに降り立つシーンがあります。
先ず EF13形らしき電機が牽く客車列車が次位に煙を噴出しているマヌ 34 らしき暖房車を従え、新宿駅へ進入して行く姿を西側から捉えています。
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そして新宿駅3番ホームへ EF13形らしきを先頭に到着し、北川が降りて来ました。
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ロケ当時の中央本線上り時刻表では、岡谷始発の 422ㇾが茅野 5:53発で新宿駅には 11:05着。後続の松本始発の 424ㇾでは、茅野 6:32発・新宿 11:54着です。
この 1965年 5月には新宿~松本の電化が完成し、PC列車は大幅削減 日中新宿着の PC列車はこの2本だけになりました。

終盤 北川と淳子はお互い好意を寄せているのに、北川が三島進(山内賢)に譲る形で淳子に嘘を付いて身を引いてしまいます。
北川が蓼科へ帰る日、新宿駅には淳子が見送りに来ました。5番ホームの列車前に北川と淳子が向き合っていますが、お互い何も言葉を発しません。
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「この列車は22:30発 長野行 本日の最終列車です。次の停車駅は立川」と放送が聞こえると、長野行のサボが掛ったオハ 35のデッキへ北川は乗ります。
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そして無言のまま淳子が握手の手を指し延ばしますが、北川は応じません。
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ならばと、淳子が手作りの人形を渡すと受け取りました。

この時にはお互い涙がこぼれています。ホームのベルが鳴り終わり、電機のホイッスルが聞こえると列車は動き出しました。それでもお互い無言です。
しばらく淳子は小走りで追い掛けますが、列車の赤いテールランプは5番ホームから闇へと消えて行きました。
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列車の消えた5番ホームに一人淳子が立ち尽くす姿を、カメラはホーム下の線路から捉えています。ホームの時計には故障中の貼り紙が・・・
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続いてのカットでは車内に入った北川が、入口からすぐのボックス席に寂しそうに座るところで終わっています。
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北川が乗ったのは、山屋御用達の有名な長野夜行 437ㇾドン行列車ですね。当時は 23:45発で、茅野には 5:52で都合が良い筈です。
何故 脚本家が架空の列車を設定したのか?です。22:30発に近いのは 22:35発 長野行 411ㇾ準急上高地で、茅野 3:11と真夜中なんです。

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141. みれん

1963年10月 東京映画製作 東宝 配給 公開   監督 千葉泰樹

着物の図案作家 相沢知子(池内淳子)と売れない小説家 小杉慎吾(仲谷昇)の、8年に及ぶ愛人関係の果てに訪れた別れまでのドラマを描く映画です。

知子と小杉は8年前、心中を考えながら宮城県 秋保温泉へと向かった。不鮮明ですが、C61形蒸機らしきが 7両程の客車を牽いて橋梁を渡って行く映像が先ず映ります。
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車内では窓側に知子が座り、通路側に小杉が座って本を開いています。8年前ですから 1955年なので、長町駅から秋保電鉄(1961年廃止)を使って秋保温泉へ向かう計画と思われます。
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この映画公開8年前の時刻表で見ると、上野 9:00発 101ㇾ急行 青葉で出発して 14:58白石で降り 15:10発 125ㇾ各停に乗り換え 16:15に東北本線 長町駅に着きます。
ここから 16:50発の秋保電鉄 秋保温泉行に乗り換えて、路面電車規格のポール電車で 16km.の道程をゆっくり進み 17:43に到着します。

8年もの愛人生活の後 小杉の妻 ゆき(岸田今日子)から小杉宛の手紙を読んでしまった知子は、今後の行く末を考え思い切って藤沢の小杉家を訪ねます。
先ず 鎌倉高校前付近でしょうか、海沿いの車窓が広がる江ノ電に乗っている知子の様子が映ります。鎌倉駅から藤沢行に乗ったのでしょう。
車窓に江ノ島が映り込んでいますので「次は湘南海岸公園」とアナウンスをしていますが、アフレコで本当は腰越ですね。

続いては 300形の2両編成のポール集電 江ノ電車両が、 351を後部に湘南海岸公園駅へと入って行きます。301と連接車を組んで、1992年迄走っていた車両です。
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江ノ電ではこの映画が公開された年の秋 ポールからZパンタへと一斉に交換 近代化されているので、ロケが行われたのは正にポール最末期だったのです。

江ノ電のポール集電といえば同じ年の3月 同じ東宝から公開された( 天国と地獄 )の中で犯人からの電話の背後からポール集電特有の音が聞こえ、隠れ家が江ノ電沿線と推測され江ノ電も登場しています。
そして現在とは別世界のバラックの様な湘南海岸公園駅から知子が和服姿で降りてきました。
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その後 かつて駆け落ちした仲の木下涼太(仲代達也)とも別れ、一人旅に出ます。草原を6両編成の東武鉄道 1720系特急電車が走り抜けて行きます。
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次にこの 1720系独特の設備であるサロンルームで寛ぐ知子がいます。知子の背後には、日本の鉄道では唯一の存在であるジュークボックスが鎮座して異彩を放っています。
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140.紅の拳銃

1961年2月 日活 製作 公開  カラー作品   監督 牛原陽一

殺し屋斡旋業の石岡国四郎(垂水悟郎)にスカウトされた中田克己(赤木圭一郎)が、裏社会を相手に闘う時 正体を明かすサスペンス・アクション映画で完成作としては赤木圭一郎の遺作となりました。

石岡には目が不自由な妹 菊代(笹森礼子)がいて気になった中田が検査を受けさせると、神戸に治せる可能性のある医師がいることが分かります。
菊代を連れた石岡が重厚な造りの国鉄 三ノ宮駅に降り立ちました。時計は 10時 2分を指しています。
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ところが、待ち構えた陳一家の手下に拉致されてしまいます。
二人が乗って来た列車を妄想すると、東京 22:15発 (急行あかつき・1019ㇾ大阪行) → 9:14 大阪 9:35 ー (準急鷲羽1号・2305ㇾ宇野行) ー 9:58三ノ宮着となります。

中田が石岡を裏切った行動に出た様に見えたが、潜入捜査の刑事である正体を明かし菊代の目も治ったことから誤解が解けました。
事件が解決し 中田は釈放され石岡と二人が生田警察署を出てくると、背後に神戸市電が走っています。冬の青空に緑の車体が映えていますね。
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続いては石岡と菊代が東京へ帰る場面です。汽笛と共に EF58電機に牽かれた客車が川を渡って行きます。当時 九州→東京の急行を中心に関西から東京への昼行客車列車がまだありました。
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10系客車らしき車内では石岡と菊代が向い合せで座り、窓辺に弁当とミカンを置いて寛いだ様子です。
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菊代は突然「この汽車に中田さんが乗っている気がする」と言って車内を歩き出しました。
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菊代は車内を前部へ移動して行きますが、なかなかそれらしき人はいません。デッキで中田に出くわし「この人では?」と思いますが、中田が反応しないので更に進んで行きました。
元より菊代が中田と接していたのは目が見えない時で、顔は分りません。中田としては菊代のことを好いていますが、自身の立場もあって今は名乗り出られないのです。

中田は去り行く菊代の後ろ姿を見送りながら「何時かは言うさ、君が好きだと」と呟きます。そして列車は海辺を東京へと進んで行きエンドマークとなります。ロケ地はお馴染みの興津~蒲原でしょうか。
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列車の最後部から逆から見ると、郵便車・荷物車・マロネ29 一等寝台車・スロ 51 一等車 ×2両と後部に3両もの一等車が続いて連結されています。

当時 昼行で東海道本線を走る列車でこの様な編成は、40ㇾ急行 西海( 佐世保 15:30 → 三ノ宮 5:52 → 東京 15:41 ) だけで、特にダブルルーフ・3軸台車のマロネ 29が目立っています。
この映画公開年の 10月に全国時刻大改正があり 長崎行の急行 雲仙と佐世保行の急行 西海が合併されたので、単独編成末期の貴重な走行姿です。


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