日本映画の鉄道シーンを語る

日本映画における鉄道が登場する場面(特に昭和20~40年代の鉄道黄金期)を作品毎に解説するブログ

130. 誰のために愛するか

1971年4月 東宝 製作 公開  カラー作品   監督 出目昌伸

甲府出身の銀行員 宮井朋子(酒井和歌子)が取引先の高木隆一郎(佐々木勝彦)と付き合いながらも、幼馴染の妻子ある医師 元木敬介(加山雄三)に魅かれてゆく恋愛映画です。

鉄道シーンは終盤に集中しています。元木が奥会津の診療所へ転任し、高木と別れた朋子が元木の赴任先へ遥々訪ねて行く場面に割と長めに有ります。
先ず トンネルから C57180蒸機らしきに牽かれた列車が飛び出して来るカットが有ります。
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続いて鉄橋を渡り、右カーブを行く6両編成の C57型蒸機列車を俯瞰撮影したカットが有ります。
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この部分 郡山から会津若松へ向かう磐越西線を示唆しているのだと思われますが、この区間は 1967年6月に電化されていますので PC列車は ED77電機が牽いていました。
気になるのは C57走行のこの2つのシーンが、「 116.恋にめざめる頃 」で使われたフィルムの裏焼き映像と思われる点です。本作2番目画像と 116.の8番目画像を見比べて頂ければ一目瞭然です。

しかしここからが本番で、車内から左カーブを曲がり行く蒸機列車を捉えていて 1両目は荷物車の様です。次にC11形蒸機のアップ映像に替り、鉄橋を渡るシーンの後 客車内で思い詰めた顔で座る朋子のカットがあります。
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この後 C11312蒸機の前面アップや、足回りのアップ 煙突アップと続きます。
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そして磐梯山の雪景色の後、扉の開いたデッキに立って寒風に吹かれながら前方を見つめる朋子の姿があります。
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一般映画でこれ程 走行中の蒸気機関車の各部分をアップで長々と映した映画は珍しいと思われます。所謂 SLブームの最中に製作された映画なので東京から比較的近く、蒸機列車の残っていた会津線でのロケなのでしょう。
「 116. 恋にめざめる頃 」が公開された半年後には 磐越西線の残る区間(会津若松~新津)でも無煙化されたので、こんな苦しい使い回しが行われたのでしょうか。

最後は美しい雪晴れの駅に5両編成の列車が C11312蒸機に牽かれて到着、
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2両目から朋子が降りて来ました。最後部からも蒸気が上がっていますので、後補機が連結されている様です。
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小さな木造駅舎から降りてきた朋子は、駅前で発車直前の会津バスに乗り継ぎました。この駅は駅舎の姿と駅前の様子から、会津坂本駅では?と推察します。

当時 現在の会津鉄道会津線と只見線は共に国鉄 会津線でした。この内 前者は既に旅客列車は DC化され、後者のみ3往復の蒸機列車が残っていました。
その内の、会津若松 7:47発 会津川口行 423ㇾが唯一の後補機付 重連運転でした。C11312蒸機をアップで撮ったカットは多いのですが、後補機まで映っている走行シーンが無いのが残念です。

当時の時刻表から推測すると、朋子は 上野発 23:54の急行 ばんだい6号で翌朝 5:29に会津若松 到着。待合室で2時間待ち、7:47発の 423ㇾに乗れば 8:58会津坂本へ漸く到着します。
急行料金 300円を倹約するなら上野 22:39発 421ㇾ青森行に乗り、 4:33着の郡山で降ります。待合室でしばし待ち、5:55発 223ㇾに乗れば 7:39会津若松 到着なので待つことなく 423ㇾに乗り継げます。

この只見側の会津線はその後 1971年8月に只見~大白川が開通し、会津田島側の会津線から分離され小出~大白川の只見線に統合され現在に至っています。
会津路を力走した C11形蒸機は、1974年10月に運転終了となり無煙化されました。それでも2001年以降 毎年 観光期に数日、復活させた C11形 蒸気機関車牽引で観光列車が運転されています。

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129. 執炎

1964年11月 日活 製作 公開   監督 蔵原惟繕

山陰 香住町の網元の長男 吉井拓治(伊丹一三 → 伊丹十三)と山間に住む平家末裔の久坂きよの(浅丘ルリ子)が結婚するも、戦争に依って引き裂かれる悲劇を描いた映画です。

冒頭 拓治 のいとこ 野原泰子(芦川いづみ)が、きよの の七回忌出席の為 山陰本線 餘部駅に降り立つ場面があります。
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遠景で余部鉄橋を渡り、小さな餘部駅から泰子が降りて来ました。
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劇中この法事は 1951年頃の設定なので 1959年4月 請願により開業した餘部駅は存在しない訳ですが、この映画では全編で余部鉄橋と餘部駅が重要な役割を果たしているので御理解下さい。

拓治が成人し、海軍から徴兵されたので三年間の兵役に服することになりました。出頭前 きよの と幸せな時を過ごしている場面で、見上げれば雄大な余部鉄橋がそこには有ります。
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そして きよの と余部鉄橋の上で戯れる場面で、9600形蒸機列車に出くわすシーンなどもあります。
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続いて拓治 出発の日、きよの の姿が無い餘部駅から弟達の見送りを受け 旅立ちました。
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つらい三年間の兵役が終了し 拓治が9600形蒸機に牽かれて餘部駅へ帰って来るシーンの後、二人は結婚し ひと時の幸せが訪れます。しかし戦争が始まり、拓治にも召集令状が届けられます。
今度は妻として きよの も参加して地区を挙げての盛大な見送りを受け、拓治は 19645蒸機に牽かれて出征して行きます。
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余部鉄橋の上でも窓から旗を振り、紙吹雪を撒きながら去り行きます。
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その後 拓治の弟 秀治(平田大三郎)と きよの が余部鉄橋を歩いて渡る場面では、D51751蒸機が前方から現れ橋の途中にある待避所でやり過ごします。でも耳を塞いで震えているのは秀治の方です。
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ある日海軍から拓治が足に重傷を負って佐世保の海軍病院に入院したとの通知があり、きよの は列車を乗り継ぎ駆け付けます。この場面では、きよの が暗い顔で列車に揺られるカットがあるだけです。

きよの の献身的な看病と二人で貫いた執念のリハビリで、拓治の体は奇跡的に回復します。しかしそれを見透かしたかの様に、非情にも二度目の召集令状が拓治の元に届けられました。
吹雪の餘部駅。 今度の出征見送りは二人だけです。名残惜しむ内、吹雪をついて C57形蒸機牽引列車が到着します。
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きよの は雪中に消えて行く列車を、悲しみを堪えて見送っている様です。
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以上 この映画では餘部駅と余部鉄橋が登場する鉄道シーンが数多く有り、そこには時代に翻弄された悲喜こもごもの人々の姿があります。1912年完成の美しく力強い余部鉄橋も 2010年夏、二代目の余部橋梁へと引き継がれました。

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 128. 最高殊勲夫人

1959年2月 大映 製作 公開  カラー作品   監督 増村保造

三原商事で働く三原家の長男と野々宮家の長女に続いて、次男と次女が結婚した。長女は三男 三原三郎(川口浩)と三女 野々宮杏子(若尾文子)も結婚させようと、画策するラブ・コメディー映画です。

鉄道シーンのトップは東京の代表的交通風景として、お茶ノ水駅を秋葉原側から俯瞰したシーンがあります。神田川に架かる橋を帝都高速度交通営団(現 東京地下鉄)丸ノ内線 300形らしき3連が渡っています。
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交差する総武本線上り線を 72系らしき茶電が御茶ノ水駅へ向かっています。更に神田川を挟んで交差する上部の外堀通り昌平坂を都電 13系統(新宿駅前~水天宮前)の車両が松住町→御茶ノ水へと進んでいます。

次に昼休み 会社の屋上で三原三郎と杏子が話しています。一段高い位置から俯瞰する先には、東京駅丸の内駅舎(近年迄の八角形トップ)が隣に建っています。横では女子社員がバトミントンに興じています。
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この角度の構図からすると、当時の国鉄本社ビル屋上でロケが行われたと思われます。新館建築前で、国鉄に勢いのある時代です。国鉄の象徴たる本社ビルも、国鉄解体後の平成10年解体されました。

社長 三原一郎(船越英二)は芸者のポン吉(八潮悠子)と鬼怒川温泉へ一泊旅行を目論み、この話を社長室で耳にした杏子は三郎にこの計画阻止を頼みました。先ず東武鉄道 1700系白帯特急 4連が映ります。
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現地で落ち合うべく一郎は出張を装い、一人で窓側にハンカチを顔に被せてリクライニングシートを倒して座っています。車内は行楽へ向かう人や商用の人々で満席の様子です。
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一郎は検札を受けた後再びハンカチを被り「風呂は一緒に入ろう その方が気分が出る」「なーに桃子に分かる訳がない」などと調子に乗っている様子で、隣の男は呆れた感じです。
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1700系は 1956年登場の戦後二代目ロマンス特急で、国鉄の二等車に準ずるシートピッチ 1000㎜で 14と26度の二段階リクライニング機構付の回転シートですが幅が 432㎜と狭いのが少々玉に瑕です。
オール電動車で、浅草~日光を 1時間59分と初めて二時間を切りました。更にこの映画公開の年から冷房化され、国鉄車両に決定的な差を付け旅客獲得勝負に決着をつけました。
しかしこの翌年には新型のデラックスロマンスカー 1720系が登場し、脇役となり DRCを補完する立場となった。そして 1971年までに運用停止となり、1720系へと車体更新されたのです。

当時の時刻表によると更にスピードアップし、特急は浅草~日光 1時間55分で 3往復 浅草~鬼怒川温泉 2時間16分で平日 3往復 土日 4往復運転しており、鬼怒川温泉までの運賃 290円+特急料金 200円でした。
一郎は 浅草 13:40 → 15:56 鬼怒川温泉の 109ㇾ か土日運転の 107ㇾ 浅草 12:40 → 14:56 鬼怒川温泉のどちらかで夢を抱いて向かったと思われますが・・・

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 127. 惜春

1952年3月 新東宝 製作 公開   監督 木村恵吾

平凡な会社員 藤崎実(上原謙)の妻は流行歌手 衣笠蘭子(笠置シヅ子)で、豊かな生活は妻の収入に依っている。一ヶ月間の関西公演中 家政婦として蟻安たか子(山根寿子)が来て、一家に小波が立ち始める恋愛映画です。

前半の鉄道シーンとしては、藤崎の出勤時の様子等で東急電鉄 玉川線の中里辺りでしょうか? 1920年代製 木造wルーフのデハ1形が、かなりの速度で踏切を通過するカットが2か所あります。
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集電方式をピューゲルに更新したとはいえ、古典的なスタイルで走っていた末期の貴重な姿であります。映画公開直後からデハ80形へと鋼体化改造されてゆき、程なく姿を消してしまいました。

藤崎は妻とは違って家庭的な たか子に惚れ込み、日帰りでの熱海旅行へ出掛けます。先ず東海道本線を行く、80系湘南電車が映ります。
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当時 浜松迄電化されていましたが、沼津迄の各停は全て電車化していました。
余程楽しかったのでしょう 日が暮れ二人は、東京へ帰る列車の予定時刻ギリギリに熱海駅改札前へ駈け込んで来ました。
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しかし有る筈の切符が無く、3番線から出て行く東京行電車に乗れませんでした。
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駅の時計は、20:04辺りを指しています。該当するのは豊橋始発の 338ㇾで、熱海を 20:03発車して品川には 22:10着です(珍しく客ㇾですが)。品川~渋谷 12分程で、玉川線乗換での帰宅予定だったのでしょう。

妻が不在とはいえ たか子の家には母がいますし、世間体があります。それでもあきらめ 翌朝の列車で帰宅することにして、朝 5:05
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待合室で夜明かしした たか子の姿があります。遅れて、藤崎がやって来ました。
預かっていた たか子の荷物と切符を渡し、「僕は一汽車遅れて帰ります」と告げ 別れました。
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改札横には RTO(占領軍鉄道事務所)の文字が有り、占領軍用の豪華な待合室があるのでしょうか。
RTO は 1945年9月と占領直後に設置され、鉄道人を苦しめた制度だそうです。しかしこの映画公開の 5日後には廃止されたので、最末期の姿なのでしょう。(セットでの撮影の様にも見えます?)

やがて 5:17発 東京行の改札放送が有り、たか子は一人 通路から階段を上がって停車中の客ㇾ4号車に乗りました。
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しかし発車ベルが鳴り終わり、動き出した列車のデッキから降りてしまいます。
藤崎と一緒に帰ろうとしたのでしょうか。その後二人はお互いの思いを確かめるのですが・・・

その後にも玉電 デハ20形 木造ボギー車が、同じ踏切を通過するカットが有ります。
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デハ20形も鋼体化改造でデハ80形となり、昭和20年代末には消えてゆきました。





 P S.

二人はゆっくりしすぎて予定の列車に乗れなかったのですが、案内放送では東京行 最終列車とは言ってません。当時の時刻表では、熱海 21:34発 850ㇾ東京行が当日の最終で 23:09着の横浜で降ります。
東急東横線に乗換 23:14発 → 23:59渋谷着 玉川線に急いで乗り換えれば、0:05発の二子玉川園行 終電に間に合います。品川まで乗ると 23:30に到着しますが山手線の乗り継ぎが悪く、渋谷到着が 0:04となり玉川線最終に間に合いません。

現在でも状況はあまり変わらず、22:33発の品川行が最終で渋谷には 0:38の到着です。新幹線を使っても、最終のこだま 684号が熱海 22:28発で品川着が 23:10と帰りが早くなるだけです。
しかし一刻も早く帰りたい当時の二人が、簡単にあきらめるとは不思議です。熱海駅の待合室が一晩中開いていたので、たか子が安宿を飛び出しても夜明かしできたのは当時の国鉄幹線に夜行列車が数多く走っていたからです。

例え当日中の最終に乗り遅れても、大阪始発の 132ㇾ東京行が 2:53発で品川に 4:40着。続いて同じく大阪始発の 134ㇾ東京行が 3:31に発車し、品川到着が 5:10で山手線に乗り継ぎ帰れます。
待合室で夜明かしした たか子が、これら列車の案内放送を聞き漏らしたとは考えられないのですが? 当時この映画を観た人は疑問に思ったのでは?
それとも 一つ屋根の下で一夜を明かすことは出来ないが、藤崎のことを残して一人では帰れないというメロドラマの王道で納得!としましょうか。

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