日本映画の鉄道シーンを語る

日本映画における鉄道が登場する場面(特に昭和20~40年代の鉄道黄金期)を作品毎に解説するブログ

 117. 麗春花

1951年4月 銀座プロ・新東宝 製作  新東宝 配給 公開    監督 島耕二

作家 芳田弦三(島耕二)の娘 英子(島崎雪子)は修学旅行に出掛けている間に母 さだえ(花井蘭子)が急死します。更に母が残した文面から家族の複雑な人間関係を知り、家庭の幸福とはを考えさせるドラマです。

序盤 英子が通う女子校の修学旅行で北海道へ向かう場面から鉄道シーンが始まります。先ず列車内で女学生が歌を歌っているところへ通りかかった車掌が、歌の続きをノリノリで歌う場面があります。
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そして蒸気機関車が木造客車らしきを牽いて鉄橋を渡り雄大な景色の中へ進んで行く姿が映ります。
続く札幌の宿で寝ている場面では、窓の前を走る蒸機の振動で急須が倒れる様子をセットで撮影しています。

戦後復興期の時代に東京の女学校の修学旅行先が北海道とは・・・いかなるお嬢様学校なのか。時代設定が 1935年頃かもしれませんが、公開当時見た人々はさぞや驚いたのではと思われます。
続いて帰路の車内シーンでは、英子が熊の木彫りのお土産を手にしています。次にD50形蒸機を先頭に往路と同じ鉄橋を逆向きに渡ります。中央本線旧立場川橋梁に似た感じの橋ですが、ロケ地は不明です。
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その次に京成電鉄が日暮里駅手前で国鉄線路をオーバークロスする地点へ、国鉄の蒸機牽引列車が向かう場面があります。この映像で英子の乗る列車が東京へ戻ってきたことを表している様です。
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撮影は鶯谷駅北側にある言問通り上の寛永寺橋から行われたと思われます。つまりこの列車は右端側を走っているので、常磐線下り列車です。42系らしき対向する常磐線上野行近郊電車も近付いて来ました。

そして上野駅近くの線路を見下ろす高台を難しい顔の芳田の後ろを英子が歩いています。遠く数多い国鉄の線路越に、都電 21系統 坂本二丁目電停付近を走る車両が見て取れます。
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立ち止まった芳田は振り向き、妻 さだえが英子の旅行中に急死したことを告げます。この場所は現在とは大きく違い、本覚院東側に当時あった戦災死者合葬墓地の辺りから現在のバス駐車場までの間と思われます。

芳田が執筆に伊豆の漁港へ出掛けた時、母 さだえの書置きから英子は芳田の実子でないことや父に柳路子(三宅邦子)という愛人がいることを知り父の元へ向かいます。
トンネルの中から伊東線を走る 32系電車らしきが、熱海~伊東の行先表示板を前面に掲げて飛び出して来ました。横須賀線時代の塗装でそのまま移籍し、使っている様です。
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続く車内シーンでは英子が背もたれにクッションが無く、壁も同じ部材の木製内装の列車に乗っています。そして「お父さんの子じゃない」と繰り返し、思いつめている様です。
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英子は東京から熱海まで東海道本線で来て、乗り換えたのでしょう。当時の伊東線は東京から二等車連結の直通列車が 21往復中 4本有りましたが、全て普通列車でした。なお上の画像では列車番号 716とありますので、伊東発 13:11熱海到着 13:43の上り列車で撮影しています。

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 116. 恋にめざめる頃

1969年3月 東宝 製作 公開  カラー作品   監督 浅野正雄

妻子が有りながら 仕事先の会津に別な家庭を作って暮らす父 山本俊作(土屋嘉男)を取り戻そうと、単身会津を尋ねる娘 君子(酒井和歌子)の奮闘を描く映画です。

鉄道シーンは前半 山本の叔母 とみ(文野朋子)にけし掛けられたこともあって、君子が会津へ向かう場面からあります。485系9両編成の盛岡行特急やまびこ が快走するシーンが先ず映ります。
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続いてC57形蒸機が、雪原の架線下を高速で9両もの車両を牽いて通過するシーン。と思いきや、最後尾に逆向きでC57がもう一台附いています。補機というより回送を兼ねての連結と思われます。
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当時の時刻表を見ますと 15M 特急やまびこ号 盛岡行は上下一本のみで、東京駅12:55発 郡山15:26着です。郡山15:38発の磐越西線 233ㇾ新潟行に乗り換えると、塩川には17:43の到着です。
1967年7月より磐越西線の郡山~喜多方は電化されていますので、郡山~会津若松は ED77形電機が牽き 会津若松以西をC57蒸機に交代したので架線下を走行するシーンなのです。
映画の中では更にバスで中ノ沢温泉へ行き 父親 山本に対面 雪中で甘えるなどしても未だ夕方前で、上野 6:40発の急行ばんだい1号に乗らなと合わない旅程ですが話の都合なのでしょう。この頃 会津は遠かったのです。

山本と君子が対面する前、鉱山技師として働く山本の職場が映る場面があります。坑口から二人で手押しのトロッコを押しだすと、別線からニチユの蓄電池ロコらしきで空車を牽いて坑口へ向かう列車が映ります。
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左端に看板の一部が映っていて、「玉鉱山」の部分しか読めません。福島県内で該当するのは、磐梯熱海近くの高玉鉱山では?と考えられます。この鉱山は現在では閉山し、観光鉱山施設として残っています。
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父 山本を一旦東京へ連れ帰ることになり、塩川駅の改札口から後半の鉄道シーンが始まります。蒸気機関車の煙突部分や安全弁がアップで先ず映りますが、C58形蒸機の煙突部分の様に思われます。
既に発車ベルは鳴っていて、二人は駆け足で跨線橋を渡って動き始めた汽車の最後部オハフ61に飛び乗りました。
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最初は往路と同じく架線下を走るシーンが続き、やまぐち号でお馴染のC57 1号機が牽く姿もあります。
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車内では駅弁を食べ 君子が甲斐甲斐しくミカンの皮を剥いてあげたり 煙草に火を付けてあげたりするうち非電化区間の山間部を走り、C57180らしきを先頭にトンネルを抜け出すシーンもあります。
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新津へ向かっているのでしょうか?
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いえ その後また架線下を走行する蒸機の姿が有り、特急ひばり に乗り継いだ設定の様です。
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続く車内シーンは 165系急行電車らしきセット撮影で収めているのは?ですが、ロケの都合なのでしょう。

C571 と C57180 とは偶然でしょうか、現役復帰したC57形蒸機であり現在(やまぐち号)と(ばんえつ物語号)を牽く2台のC57がこの作品の中で共に走行する姿が映っているとは。
鉄道シーンの最後は、特急ひばり号が上野駅8番ホームへ到着する姿があり、山本と君子が上野駅正面南口から出てくる場面へと続いています。
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この帰路を時刻表から見ますと、塩川 11:36発 226ㇾに乗り猪苗代へ。ここから 13:10発の急行ばんだい3号に乗り換え、13:46郡山着後更に 13:51発 特急ひばり3号に乗り換え 16:18上野到着だと映画に合います。
226ㇾにそのまま乗っていると郡山 13:59着となり、明るい内に ひばりで帰れないのです。余談ですが上野着のひばり号は東京行の標示なので、唯一の東京行 11:30着の12Mひばり1号で何故か撮影してしまっています。

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 115. 馬喰一代

1951年12月  大映 製作 公開   監督 木村恵吾

昭和初期の北海道 北見地方 酒と博打に明け暮れる馬喰 片山米太郎(三船敏郎)が女房の遺言で改心し、息子 大平(伊庭輝雄)を育て上げ 札幌の中学校へ送り出すまでを描いた映画です。

この映画の鉄道シーンはラスト近く 大平が父親と別れ札幌へ旅立つ場面にあります。木造客車に乗った大平を見送るのは、父親のことを託した 酌婦 ゆき(京マチ子)たちで片山はいません。
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続いてはC56が牽く列車を後方から後追い撮影したシーンがあります。撮影クルーを乗せた無蓋車を前方に連結した機関車を続行運転してか、保線用モーターカーを使ってロケが行われたのでしょうか?
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次に車内シーンがあります。学帽を被った大平がストーブを前に座り、荷物からお菓子らしきを取り出し食べています。木造客車ホハ24400あたりの車両でしょうか。
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そして上り勾配区間を3両の客車を牽いて喘ぐように低速で走るC56蒸機が短笛を鳴らし、トンネルへ入る走行シーンが続きます。一番後ろの車両はタンバックルが床下に付いています。
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片山は汽車の汽笛をたよりに馬を走らせ、大平が乗る列車を原野広しと探します。やがて列車は 33パーミルの上り急勾配区間をゆっくりと走ると、「大平ヤーイ」の声が聞こえてきます。
大平は2度目の声が聞こえた時、横を併走する父親に気付きました。先頭で牽くのは C56形の143号機で、片山は線路の横を巧みに馬を操り併走しています。
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片山と大平の言葉の掛け合いが何度か続いた後、「分かったら手を挙げて」との大平の言葉に片山が手を挙げた時 バランスを崩した片山は落馬してしまいました。
大平は心配しますが、汽車は淡々と進んで行きます。片山は足を痛めた様で、這うように線路へ近寄りレールに耳を当て去り行く列車の音を聞き「大平~」と叫び別れを惜しんでいる様子です。

この映画の撮影の殆どは北見近くの留辺蘂地方で行われましたが、鉄道シーンはと見ますと小海線で行われた様であります。C56143機は当時 中込区に所属する11両あったC56の1両です。
また33パーミルの勾配標が設置してある線路を登る列車の姿 遠く俯瞰する場面で八ヶ岳連峰らしき稜線が続いています。
撮影当時 北海道で C56蒸機は札幌近郊の苗穂区に少数いた程度で、戦前の様に北海道各地にいた訳ではありません。それも2年程で全機内地へ転属して行きました。
この映画公開の2週間後 小諸~小海の旅客列車がDC化され近代化が始まった小海線ですが、ロケのあった小海~小淵沢がDC化されたのは1960年3月のことでした。


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114. ボクは五才

1970年9月 大映 製作 ダイニチ映配 配給 公開  カラー作品   監督 湯浅憲明

高知県伊野に住む五才の幼稚園児 奥村太郎(岡本健)が家出して、大阪で出稼ぎしている父 奥村安二郎(宇津井健)に会いに行くまでを描く 実話を元にした冒険映画です。

大阪へ行く決意をして家出する太郎ですが、自宅近くの土佐電鉄の電停から乗ろうとして煙草屋のお民(ミヤコ蝶々)に見つかり失敗します。
はりまや橋行の 300形311に後部から駆け寄る太郎の横にも線路が有りますが、その後のシーンでは単線ですので土佐電鉄伊野線単線区間(鏡川橋~伊野)でしょうか。
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交換可能な駅とすると朝倉電停ですが、街中ではないので違いますね。雰囲気からすると、八代信号場に乗降台を設置してロケが行われたのでは?と思われます。

3度目の家出では愛用のスケッチブックを小脇に抱え、お民に見つからぬよう隣の電停から乗った様です。同じく 300形311四輪単車のはりまや橋行が単線区間を走る姿があります。
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車掌から不審な目で見られながらもなんとか高知駅へ辿り着きます。その道中で昔父親と大阪へ行った時街中の看板等を書いたスケッチブックが行く先々での道標となったのです。
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高知駅の改札では、知らないおじいさんの鞄を持ってあげ通過に成功。やがて高松行の上り急行あしずり号が到着します。キハ58系気動車5連らしきが、ゆっくり到着。
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この当時 土讃本線の主力急行で7往復走っていました。
太郎は自分が手配されていることを察知していて、寸前まで物陰に隠れています。到着後に「急行 冷房車」の札が入った車両に近付き 乗り込もうとした時、あえなく鉄道公安官に保護され 家に連れ戻されてしまいました。

4度目は監視が厳しいので日曜日の早朝に家出し、土佐電を避けトラックの荷台に潜り込み高知へ。ここでも鉄道を避けて高松行のバスに乗り込みます。当時一日12便走っていた南四国急行バス 高知~高松線ですね。
映画の中では観光バスという設定で、バスガイド(川崎あかね)からチャッカリ弁当までもらいます。途中でバレて大歩危停留所で降り、船に乗った後 小歩危付近の土讃本線線路端を歩いて行きます。

すると太郎の背後から本線上を保線用軌道モーターカーがやって来て、次の駅まで乗せてくれました。
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橋やトンネルの多い険しい山間部の景勝地でもある区間で、駅間距離が長い所の様です。
降りた所は不明ですが、阿波川口駅でしょうか。
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その後またトラックに潜り込み、高松へ着きます。その折々でスケッチブックを見て、道中が間違いないことを確認しつつ前進して行きます。

宇高連絡船にも何とか乗れましたが高松に大事なスケッチブックを忘れ宇野から取りに戻ったので、更に往復連絡船に乗ることになり 大幅に遅れて大阪行の電車に乗りました。
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しかしこれで家出した翌日に探しに出た祖父 奥村安衛門(左卜全)と祖母 きく(北林谷栄)が追い付き同じ急行電車に乗り合わせましたが、乗っている車両が違い お互い存在に気付きません。

車内で修学旅行中の学生と乗り合わせた太郎は、学生からサンドイッチやリンゴをもらって腹一杯です。ヒモジイ思いをしているのでは!と心配する祖父母の思いとは逆の楽しい道中です。
こうして太郎を乗せた急行 鷲羽は無事大阪駅に着き、
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改札を勢いよく抜ける太郎の姿があります。当時 急行 鷲羽は 11往復あり シナリオ上の設定では、宇野 13:45発 大阪 16:58着の鷲羽 7号 新大阪行と思われます。

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 113. 善魔

1951年 2月 松竹 製作 公開   監督 木下恵介

新聞記者 三國連太郎(三國連太郎)が取材先の女性と恋愛関係となり、上司である中沼部長(森雅之)もその姉と再燃しますが形は違えど共に悲しい結末へと向かう悲恋ドラマです。

大蔵官僚 北浦剛(千田是也)の妻が家出した件の取材で、三國が彼女の実家のある草軽電鉄の小さな駅に降り立つシーンが最初にあります。雪晴れの中 客車から降りた三國は眩しそうに後方を見ています。
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そして三國が去った後 駅員が牽引してきたデキ12形ELの運転士と話しています。
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この駅は草軽電鉄研究家である「鉄道青年 様」の情報によりますと、北軽井沢駅の手前の栗平駅だそうです。

官僚の妻 北浦伊都子は実家には居ませんでしたが、静岡県に住む伊都子の友人 浅見てつ(楠田薫)の元に居るかもしれぬとの話から妹の鳥羽三香子(桂木洋子)を伴い向かいます。
午後三時頃の草軽電鉄上り便に乗ったとすると、16:00に新軽井沢着。軽井沢 17:02発の信越本線上り314ㇾ上野行普通列車で 21:28の到着で、この列車の車内らしきシーンがあります(セット撮影と思われます)

この後東海道本線の下り列車はありますが、さすがに清水到着が真夜中になるので翌朝の列車で清水へ向かった様です。続いて EF56形電機らしきに牽かれた列車が清水駅へ到着するシーンがあります。
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想像するに東京 7:00発の静岡行普通 325ㇾに乗ると、10:55の清水着と意外に掛ります。そして二人はタクシーで久能山麓にある浅見宅へと向かうのでした。

三國の取材から家出した北浦の妻とは、中沼が学生時代に付き合っていた伊都子(淡島千景)であることが分かり神宮外苑と品川駅での回想シーンがあります。
品川駅 11番線で待つ伊都子の元に学生服姿の中沼(森は当時40歳!)が駆け寄ります。後方では品川区の 2120形蒸機(通称 B6)らしきが盛んに黒煙を吹き上げ貨物の入れ替えを行っています。
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続いて中沼は伊都子から今でも未練がある旨の手紙を受け取り、伊都子の所に向かうべく日の暮れた品川駅に現れます。煙草を吸いながら貨物列車の入れ替え作業をボンヤリと眺め、列車の到着を待っています。
やがて「 18:42発 各駅停車 静岡行 」の放送が有り、中沼は到着した列車の2等車に乗ると車掌から清水までの2等切符を購入した様子です。この時代普通列車の2等車では座席の白カバーがまだありません。
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この列車は東京駅 18:30発の 339ㇾ静岡行普通列車で、清水へは 21:24の到着ですから訪問するには遅すぎ 中途半端ですね。それで続いては日中 中沼と伊都子が茶畑で話すシーンになっています。

取材を通じて知り合い 恋仲となった三國と三香子ですが、病弱な三香子はこのまま進んで行くことに躊躇します。そんな三香子の家を訪ねた三國は励まし結婚を決意させ、中沼に立ち会ってもらい式を行おうと東京へお願いに向かいます。
一刻も早く中沼に会いたい三國の心中を表す様に、夜汽車から朝まだきの山間部・夜明けの平野・疾走するC57 と短いカットの連続で東京へ急ぐ姿を現し尾久区の C57126が牽いて上野に到着します。

中沼の同意を得て上野駅で落ち合う手筈の二人ですが、三國の方が先にタクシーで到着します。軽井沢までの切符を二枚買い 改札近くで待つと、中沼の愛人 小藤鈴江(小林トシ子)に会い別れの経緯を聞きます。
構内はスキーを担いだ人々で混雑しています。鈴江が立ち去った後 中沼が現れます。
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予定の列車の発車時刻が迫っている様子ですが、鈴江の話から三國は中沼の人間性に疑問を感じている様です。

次のカットでは荒川の鉄橋らしきを高速で渡る C57牽引の列車の姿があります。
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そして混雑する車内のデッキに立つ二人は、中沼が話しかけても険悪な雰囲気となっていました。このシーンはセットの様です。
そして日も暮れた栗平駅に無蓋車と客車を牽くデキ12形電機が漸く到着します。二人は意外な程明るい客車内から寒々しいホームに降り立ち、出迎えた伊都子と手短な挨拶の後 馬ソリで鳥羽家へと急ぐのでした。
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当時の時刻表で見ますと、上野 11:40発の直江津行 323ㇾ普通列車に乗り 16:23軽井沢着 草軽電鉄 新軽井沢 16:34発の草津温泉行に乗り換え 18:00前に栗平と長旅なのです。

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