日本映画の鉄道シーンを語る

日本映画における鉄道が登場する場面(特に昭和20~40年代の鉄道黄金期)を作品毎に解説するブログ

17、 成熟

 1971年10月  大映 製作 公開  カラー作品     監督 湯浅憲明

 いかにも・・・という題名だが中身は農業高校生 加納ゆう子(関根恵子)と水産高校生 笹尾隆二(篠田三郎)のいたって真面目な青春純愛映画です。

 鉄道シーンは 有りもしない噂に苦しんだ二人が駆け落ちを計画します。朝待ち合わせの庄内交通湯野浜線 湯野浜温泉駅のホームへ隆二が行くと、到着した折り返し鶴岡行電車には既にゆう子が乗っていました。
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 駅は高台にあるようで、遠く日本海が見えています。
 この車両はデハ101 汽車会社1930年製 元東急電鉄出身の電車です。ゆう子が訳あって行けなくなったことを話し、二人は分かれます。 8:05発 鶴岡行と放送はありますが、走行シーンはありません
その後 バスやマイカーにおされ1975年春 桜が咲くのを待たずに廃止されました。

 終盤 農業高校生と水産高校生の乱闘の責任をとって辞職し転任する桂先生(早川保)を芸者浜奴(赤座美代子)が鶴岡駅で見送るシーンがあります。SL牽引の新津行 旧客列車でこの頃は日中に4本ありました。
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 続くラストシーンでは見送りに来ないと思われた生徒達が、道路と並走する場所でバイクで走りながら見送ります。汽車の窓から身をのり出して応える桂先生 青春映画の典型です。
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 美しい日本海沿いの単線区間を盛大に黒煙を吹き上げ走るD51牽引列車の力強い走行シーンを最後に映画は終わります。
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16、北国の街

 1965年3月  日活 製作 公開  カラー作品     監督 柳瀬観

 長野県飯山地方を舞台に高校3年生 小島海彦(舟木一夫)と志野雪子(和泉雅子)の青春純愛映画です。

 鉄道シーンはタイトルバックに始まり全編飯山線のC56牽引列車のシーンが数多く登場しています。トータルで一般映画としては異例の14分以上の鉄道シーンがちりばめられています。16-1.jpg


 高校生が主役の話なので通学列車のシーンが主だが、帰宅時は客貨混合列車です。 当時のダイヤを見ると飯山駅で上下一日27本中 朝夕を中心に7本の蒸機牽引列車がありそれ以外はDCです。16-2.jpg

 登校列車帰宅列車の全てが蒸機牽引列車とは不自然で、撮影用の臨時混合列車か、C56牽引列車に運用替えなのかもしれません。次のカットはトンネルを出るC5616-3.jpg


 列車のデッキから帽子を落としてしまい、信濃平駅から海彦と雪子の二人で捜しに行くシーンでは唯一 貨物列車が二人の横を通過する様子が映っています。16-4.jpg

 そして帰りが遅くなった雪子を送って戸狩駅(現 戸狩野沢温泉駅)へ来た海彦が帰るシーンでは、降りしきる雪の中から暗闇を割いてC56蒸機列車が到着します。
 機関車からの蒸気暖房で温かい車内に入りホッとする海彦。去り行く列車をいつまでも見送る雪子。16-6.jpg
 この映画の数ある鉄道シーンのハイライトでしょう。

 下校時 飯山駅にC56列車が映る場面では、左手に飯山機関区が映り込んでいます。16-7.jpg


 ラストシーンでは大学への進学の為上京する雪子を見送ろうと自宅を飛び出し雪原を走る列車に近寄る海彦。16-9.jpg
しかし雪子はそれに気付かず汽車は走り去ります。

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 15、風の視線

 1963年2月 松竹 制作公開     監督 川頭義郎

 新進のカメラマン奈津井久夫(園井啓介)と妻 千佳子(岩下志麻)を中心に影ある男女が織り成す恋愛ドラマです。冒頭原作者である松本清張も作家役でチョイ出演しています。

 新婚旅行で訪れた青森県の浅虫温泉。しかし奈津井は旅館に妻を残し仕事に出かけます。部屋で溜息をつく千佳子 続いて冬の暗い浅虫温泉駅を出る東北本線下りの汽車が映ります。

 中盤 中央線101系電車から降りる不自然な様子の千佳子を竜崎亜矢子(新珠三千代)が見掛けます。

 そして奈津井が大分県国東半島の磨崖仏の撮影に向かう場面があります。先ずSL重連の列車が映り、15-1.jpg
次に大分交通宇佐参宮線 豊後高田駅に到着する キハ503かみばと号が登場します。
 後ろに木造客車ホハ1型を引いて、ゆっくり減速する かみばと。15-3.jpg
 手動引き戸なのか停止直前に先頭の男は戸を開け、降り始めます。
 奈津井は豊後高田駅のホームを改札へと進みます。15-5.jpg


 この気動車は 1933年汽車会社製で、1951年この宇佐参宮線にやってきました。この鉄道は1916年 宇佐神宮参拝者輸送の為開業し、国鉄からの乗り入れ列車も運転されたが自社のバスとも競合し1965年8月豊後高田~宇佐八幡8,8㎞全線が廃止となりました。

 新聞記者の久世(佐田啓二)と不倫関係の竜崎亜矢子は浅草駅で待ち合わせ、川治温泉へ向かう場面 東武鉄道の白帯特急 1700系が2両編成で走行するシーンがあります。
 DRC 1720系は映画によく登場しますが、白帯1700系は珍しいと思います。

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14. その壁を砕け

 1959年6月  日活 製作 公開    監督 中平康

 新しい生活が待つ新潟へ向かう渡辺三郎(小高雄二)が冤罪事件に巻き込まれるが、恋人 道田とし江(芦川いづみ)の支えもあり裁判で冤罪を晴らすまでを描く社会派映画

 鉄道シーンとしては渡辺逮捕に疑問をもつ相生警察の署長(清水将夫)が とし江と話す場面 操車場であろうか背後で9600形と初期型のD51(通称なめくじ型)が盛んに行き来しています。14-2.jpg


 また渡辺を直接逮捕した森山竜夫(長門裕之)も次第に疑問を感じ、怪しい富永清美(沢井保男)を新潟の鉢木駅(架空駅)から上野まで延々尾行する場面がハイライトです。バスで鉢木駅に着いた富永は69636蒸機牽引の列車に乗ります。
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 富永を追いかけて鉢木駅を発車 加速している列車に危うく飛び乗った森山。
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車内の様子から普通列車と思われます。9600形牽引からD51へ 更にC57へと機関車は交代し、長岡駅に到着します。
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 長岡ではEL(EF57か)に機関車が替り、煙から解放されホッとします。それゆえか富永はサンドウィッチとビールを売り子から買い、落ち着いた様なのでここから森山も席に座り上野まで尾行は続きました。
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 上越線は山岳区間が長い為、建設当初から電化された区間も有り 終戦直後の1947年10月全線電化。更に高崎線も東海道本線よりも早く、1952年4月には全線電化となりこの時点で上野~長岡まで電化されました。

 この頃 新潟方面から信越本線で上京すると長岡まではSLの煙に悩まされるが、ここから上越線に乗り入れると上野まで快適なEL列車の旅となる。本編ではこの辺を強調しています。
 



 PS.  鉢木から乗った列車は 69636牽引だが、この機関車は昭和30~40年代一貫して大宮機関区の所属で川越線を走り 昭和44年9月30日には川越線SLさよなら列車の先頭に立っている。
 また 車内中吊り広告には湯檜曽温泉の旅館ユビソ本家があるが足利競馬 前橋競輪 那須,塩原が有り 察するに森山が乗った列車の撮影は東京から程近い川越線で行われたのかなとも思われる。
 そしてC57が長岡駅に到着し、EL牽引で出発して行く場面は俳優抜きの別撮りとも思う。

   それから9600形から替ったD51は山線用集煙装置を付けたD51388号機です。本機は昭和30年代のこの時期 松本機関区所属で篠ノ井線を主に走り、新潟県にはゆかりが無い。
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 本編のD51走行シーンを見ると、冠着超えの様にも見える。 新潟~長岡に山岳区間は無いことから 他線で撮影した煙の多い山越えの走行シーンを入れて森山がデッキで煙に咳き込むシーンを強調している。
 それがまた長岡でのSLからELへの変換でホッとする車内の雰囲気を印象的にしている。

   この当時 新潟から上野へ日中走る上越線経由直通の普通列車は朝6:50新潟を出発し15:52上野着の1本しかない。昼行の急行も、午前発の佐渡 午後発の越路の2本しかない。
 架空のダイヤでの話とも思うがもし本当なら本編では日中走り、夜上野に到着していることから この普通列車で信越本線 上越線と乗り通し、何処かで途中下車し急行越路に乗り19:00上野に到着という過程ではなかろうか。
 まだまだ複線化が進んでいなかったこの時代 意外な程 新潟~上野を走り通す列車は少なく、夜行を含めても上下急行3本 普通2本しかありません。 

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