日本映画の鉄道シーンを語る

日本映画における鉄道が登場する場面(特に昭和20~40年代の鉄道黄金期)を作品毎に解説するブログ

227. 忍ぶ川

1972年5月 東宝 配給 公開  東宝・俳優座提携作品   監督 熊井啓

不幸な生い立ち故の呪縛に悩む学生 哲郎(加藤剛)と料理屋の仲居をして貧困家庭を支える志乃(栗原小巻)が、互いの愛情で幸せを掴む迄を描く純愛映画です。

冒頭 都電 28番系統(ロケ時は日本橋~錦糸町駅前)に乗る哲郎と志乃が 永代橋から深川方面へ向かう場面があり、二人が出会う頃の回想場面に移ってゆきます。
学生には敷居の高い「割烹 忍ぶ川」の看板娘 志乃との初デートの日、先ず何故か都電 32番系統(荒川車庫~早稲田)の 6000形電車の走行シーンが有り
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続いて28番系統の 7000形が 東陽公園前へ到着します。
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蒸し暑そうな藪入りの日に スマートな 7000形から降りた二人は、東陽橋方面へ向かった様です。
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中盤 栃木に住む志乃の父(信欣三)が危篤との電報が届き、和服姿の二人は東武鉄道浅草駅へ向かいます。発車ベルが鳴り響く中、階段を駆け上がってホームへ向かいます。
志乃は乗車直前に手紙を哲郎に渡し
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「電車が走り出してから読んでほしい」と告げます。やがて発車すると、乗車したのは 7800系 準急 新栃木行でした。
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哲郎は壁側に設置されている長~いベンチに腰掛け 志乃からの手紙を読むと、婚約した二人なので 明日 栃木の実家へ来て 父親に会ってほしいとのことでした。

終盤 大晦日に二人は青森にある哲郎の実家へ、蒸機に牽かれた夜行列車で向かいます。
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車内は蒸機からのスチーム暖房で暖かそうです。
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翌朝 汽車は雪景色の中を淡々と進んでいます。
やがて雪に埋もれる小さな駅に近付くと、ホームには哲郎の母(滝花久子)が迎えに来ています。
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汽車からホームへ降りると、一面深い雪に被われています。
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志乃は初めて哲郎の母に会い 挨拶を交わす3人の背後で、汽笛と共に出発して行く二人が乗って来た客車は オハ61 609でした。哲郎は箒職人の志乃の弟からもらった座敷箒を持っています。
そして汽車が去った後の雪に埋もれた駅名板のローマ字部分から
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この駅が米坂線の西米沢と読み取れます。熊井監督は深い雪と汽車を求めて、山形県米沢をロケ地に選んだ様です。

哲郎の実家で家族だけの結婚式を終えた翌日、二人は ささやかな新婚旅行に出掛けます。9600形蒸機に牽かれた列車が、深い雪を切り裂く様に汽笛と共に走り抜けて行きます。
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車窓から哲郎の実家が見えると、志乃は「見える見えるあたしの家が」と興奮した様子です。
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隣のボックス席の女性(菅井きん)に行先を聞かれた哲郎は、「おおたき温泉」と答え幸せそうです。
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周りの人から「けなりー」と声が掛り、女性が「奥さん みんなうらやましいと言ってるんですよ」と通訳してくれます。迫り来る 49649(米沢区)のアップの後
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山間部を力強く進む姿でエンドとなります。
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PS.
熊井監督は雪深い景色が映える様に白黒スタンダート映像に拘ったそうで、豪雪で有名な米坂線と 9600形蒸機が終盤の雰囲気を盛り上げています。
 映画化構想から実現まで苦節 12年掛かったそうで、米坂線の完全DC化が 1972年3月だったので正にギリギリのタイミングでロケが行われた様です。

 当時 米坂線はディーゼル化が進んでいて、旅客列車上下28本中蒸機牽引列車は10本でした。その内前年 1971年4月には日中走る6本中5本がDE10等内燃機に替ってしまいます。
 しかし同年 11月からの冬季にはSG非搭載なので、最後の冬は再度 9600形蒸機が牽いたのです。そして 1972年3月15日の時刻改正からは全ての旅客列車がディーゼルカーに替りました。




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