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日本映画の鉄道シーンを語る

日本映画における鉄道が登場する場面(特に昭和20~40年代の鉄道黄金期)を作品毎に解説するブログ

185. くちづけ  第二話 霧の中の少女

1955年9月 東宝 製作 公開   監督 鈴木英夫

オムニバス形式映画の第二話です。大学生の金井由子(司葉子)が帰省中に、同級生の上村英吉(小泉博)が旅行帰りに寄り 小さな騒動が起こる青春映画です。

鉄道シーンは上村が金井家の最寄駅 国鉄会津線の門田駅に到着する場面と、帰る場面の二つです。上村は北海道の学友の帰省先を訪ね歩き、旭川から出した速達の葉書で帰り道に由子の家に寄りたい旨 伝えてきました。
ところがよく読むと葉書が到着した「その日の夕方 4時半頃に着く汽車で行くので、ダメならそのまま乗って帰る」という内容で皆を慌てさせます。父と祖母が了承したので、由子は妹と弟を連れて出迎えに駅に向かいました。

会津線の門田駅のホームでは、由子と妹 妙子(中原ひとみ)弟 信次(伊東隆)が出迎えています。
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遠く汽車が見えた信次が「来たよ~」と叫ぶと、妙子は「どんな人かしら胸がドキドキ」と興奮気味ですが由子は落ち着いた様子です。
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やがて C11 234 蒸機が3両程の客車と後部に材木を積んだ無蓋車2両を牽いて到着します。
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何処に上村が乗っているのかと捜す 3人を余所に、当人は客車の最後部デッキから悠然と降りて来ました。
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そして近寄った由子に上村は「よ~泊めてもらえる?」由子は笑顔で頷き、
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「助かった~サンキュー」とこれまた笑顔で返します
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寄って来た妙子と信次を上村に紹介すると、妙子は「まア~汗臭い!」と嫌な顔をします。
妙子にはとんだ第一印象で、上村を慌てさせます。この4時半頃到着の列車とは? 当時の時刻表を見ると、会津若松 15:55発の会津線 39ㇾ会津滝ノ原行が門田に 16:24着で該当します。
只 映像を見ますに駅舎との位置関係から盲腸線であった会津線の会津田島側からの上り列車に乗って来たと見えるので、地元の人は野岩鉄道開通前なので上村が何処から来たのやら?と思われたでしょう。

温泉での小さな騒動が有り、妙子の後押しもあって上村と由子の仲も急接近で迎えた最終場面。上村が見送りを受けて、門田駅から東京へ帰る場面がもう一つの鉄道シーンです。
既に到着した列車に乗り込んだ上村が、窓から顔を出して三人から見送りを受けます。
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やがて発車した汽車の窓から手を振る上村の姿が段々小さくなる中
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妙子は「学校を卒業したら上村さんと結婚するってホント?」と聞きます。
「ええ本当よ」と由子の言葉を聞いた妙子は、飛び上がって去り行く汽車の方へ走り出しました。

帰りの汽車も後部に無蓋貨車を連ねた混合列車です。到着時と同じ向きの列車なので、今度は正しい会津若松行上り列車です。貨車の最後部には、後部標識の赤円盤が取り付けられています。
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会津線は乗客・貨物量共に少なく、昭和40年代半ば迄 C11形蒸機による混合列車が走っていました。画像に映っている門田駅の古風な木造駅舎も今では無く、会津鉄道に転換され今風の簡素な駅舎で無人駅となっています。

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130. 誰のために愛するか

1971年4月 東宝 製作 公開  カラー作品   監督 出目昌伸

甲府出身の銀行員 宮井朋子(酒井和歌子)が取引先の高木隆一郎(佐々木勝彦)と付き合いながらも、幼馴染の妻子ある医師 元木敬介(加山雄三)に魅かれてゆく恋愛映画です。

鉄道シーンは終盤に集中しています。元木が奥会津の診療所へ転任し、高木と別れた朋子が元木の赴任先へ遥々訪ねて行く場面に割と長めに有ります。
先ず トンネルから C57180蒸機らしきに牽かれた列車が飛び出して来るカットが有ります。
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続いて鉄橋を渡り、右カーブを行く6両編成の C57型蒸機列車を俯瞰撮影したカットが有ります。
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この部分 郡山から会津若松へ向かう磐越西線を示唆しているのだと思われますが、この区間は 1967年6月に電化されていますので PC列車は ED77電機が牽いていました。
気になるのは C57走行のこの2つのシーンが、「 116.恋にめざめる頃 」で使われたフィルムの裏焼き映像と思われる点です。本作2番目画像と 116.の8番目画像を見比べて頂ければ一目瞭然です。

しかしここからが本番で、車内から左カーブを曲がり行く蒸機列車を捉えていて 1両目は荷物車の様です。次にC11形蒸機のアップ映像に替り、鉄橋を渡るシーンの後 客車内で思い詰めた顔で座る朋子のカットがあります。
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この後 C11312蒸機の前面アップや、足回りのアップ 煙突アップと続きます。
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そして磐梯山の雪景色の後、扉の開いたデッキに立って寒風に吹かれながら前方を見つめる朋子の姿があります。
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一般映画でこれ程 走行中の蒸気機関車の各部分をアップで長々と映した映画は珍しいと思われます。所謂 SLブームの最中に製作された映画なので東京から比較的近く、蒸機列車の残っていた会津線でのロケなのでしょう。
「 116. 恋にめざめる頃 」が公開された半年後には 磐越西線の残る区間(会津若松~新津)でも無煙化されたので、こんな苦しい使い回しが行われたのでしょうか。

最後は美しい雪晴れの駅に5両編成の列車が C11312蒸機に牽かれて到着、
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2両目から朋子が降りて来ました。最後部からも蒸気が上がっていますので、後補機が連結されている様です。
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小さな木造駅舎から降りてきた朋子は、駅前で発車直前の会津バスに乗り継ぎました。この駅は駅舎の姿と駅前の様子から、会津坂本駅では?と推察します。

当時 現在の会津鉄道会津線と只見線は共に国鉄 会津線でした。この内 前者は既に旅客列車は DC化され、後者のみ3往復の蒸機列車が残っていました。
その内の、会津若松 7:47発 会津川口行 423ㇾが唯一の後補機付 重連運転でした。C11312蒸機をアップで撮ったカットは多いのですが、後補機まで映っている走行シーンが無いのが残念です。

当時の時刻表から推測すると、朋子は 上野発 23:54の急行 ばんだい6号で翌朝 5:29に会津若松 到着。待合室で2時間待ち、7:47発の 423ㇾに乗れば 8:58会津坂本へ漸く到着します。
急行料金 300円を倹約するなら上野 22:39発 421ㇾ青森行に乗り、 4:33着の郡山で降ります。待合室でしばし待ち、5:55発 223ㇾに乗れば 7:39会津若松 到着なので待つことなく 423ㇾに乗り継げます。

この只見側の会津線はその後 1971年8月に只見~大白川が開通し、会津田島側の会津線から分離され小出~大白川の只見線に統合され現在に至っています。
会津路を力走した C11形蒸機は、1974年10月に運転終了となり無煙化されました。それでも2001年以降 毎年 観光期に数日、復活させた C11形 蒸気機関車牽引で観光列車が運転されています。

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