日本映画の鉄道シーンを語る

日本映画における鉄道が登場する場面(特に昭和20~40年代の鉄道黄金期)を作品毎に解説するブログ

196. 永訣(わかれ)

1969年2月 松竹 製作 公開  カラー作品   監督 大庭秀雄

萩中学の生徒 小野寺牧人(舟木一夫)と戦争未亡人の行友夕子(大空真弓)の微妙な距離感を、亡夫の後輩 戎能忠之(緒形拳)との三角関係を絡めて描く 戦時青春映画です。

海兵で一期先輩である大月の墓参りに呉から長躯 萩までやって来た海軍士官 戒能の帰りを、萩駅ホームで小野寺と夕子が見送る場面に鉄道シーンが有ります。
先ずは長門区所属のD51 732 蒸機が汽笛を鳴らし、ゆっくりと動き出します。
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旧表記の駅名版の在るホームでは、学ラン姿の小野寺と和服の夕子が戒能を見送っています。
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列車のデッキに立つ戒能は、士官軍服姿で敬礼しています。
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他にも大勢の見送り人がいる中、列車は萩駅ホームを離れて行くのです。
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小野寺が「呉からだと片道9時間は掛かる」と言えば、夕子は「船の上での仲って女の私達には想像できない位 深いもので、兄弟以上の仲だそうです」と信頼している様子です。
車内へ入った戒能は白い枕カバーの掛かった二等車座席に座って車窓を眺めています。
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列車は日本海沿いにゆっくりと長門方面へと進んで行きます。
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戒能の影響もあって海兵へと入学した小野寺は、終戦となり萩へと戻ります。その際 萩駅から降りて来て、駅前が闇市だらけで激変していて戸惑っている様子です。
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この萩駅舎は 1925年4月開業時から現存している風格ある木造駅舎なので、ロケ当時も駅名板を旧表記に替える程度で撮影が行われたと思われます。

町の玄関駅として建築された萩駅舎であり 作中の時代でも快速列車の停車駅でしたが、町の中心が隣の東萩駅となり現在では 優等列車はこの東萩のみが停車駅です。
作中の時代 夜行の快速列車は東萩駅を通過でしたが、戦後になって東萩・萩の両駅停車となり 1959年9月新設の準急やくも号で初めて萩駅通過となり現在に至っています。

作中で小野寺が「呉からだと片道9時間は掛かる」とサラット言いますが、当時の時間表(1942年11月号より時刻表と改名)で検証してみます。

 萩 7:30 ー( 217ㇾ )ー 8:07 正明市(現 長門市)8:17 ー( 704ㇾ ) ー 9:19 伊佐(現 南大嶺)9:21 ー( 722ㇾ )ー 9:50 厚狭 10:38 ー( 42ㇾ東京行)ー 15:34 廣島 15:46 ー( 334ㇾ)ー 16:31 呉  
このように乗り継いで、所用9時間1分とピタリでした。ちなみに現在でも各停では、7時間12分掛かります。



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129. 執炎

1964年11月 日活 製作 公開   監督 蔵原惟繕

山陰 香住町の網元の長男 吉井拓治(伊丹一三 → 伊丹十三)と山間に住む平家末裔の久坂きよの(浅丘ルリ子)が結婚するも、戦争に依って引き裂かれる悲劇を描いた映画です。

冒頭 拓治 のいとこ 野原泰子(芦川いづみ)が、きよの の七回忌出席の為 山陰本線 餘部駅に降り立つ場面があります。
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遠景で余部鉄橋を渡り、小さな餘部駅から泰子が降りて来ました。
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劇中この法事は 1951年頃の設定なので 1959年4月 請願により開業した餘部駅は存在しない訳ですが、この映画では全編で余部鉄橋と餘部駅が重要な役割を果たしているので御理解下さい。

拓治が成人し、海軍から徴兵されたので三年間の兵役に服することになりました。出頭前 きよの と幸せな時を過ごしている場面で、見上げれば雄大な余部鉄橋がそこには有ります。
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そして きよの と余部鉄橋の上で戯れる場面で、9600形蒸機列車に出くわすシーンなどもあります。
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続いて拓治 出発の日、きよの の姿が無い餘部駅から弟達の見送りを受け 旅立ちました。
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つらい三年間の兵役が終了し 拓治が9600形蒸機に牽かれて餘部駅へ帰って来るシーンの後、二人は結婚し ひと時の幸せが訪れます。しかし戦争が始まり、拓治にも召集令状が届けられます。
今度は妻として きよの も参加して地区を挙げての盛大な見送りを受け、拓治は 19645蒸機に牽かれて出征して行きます。
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余部鉄橋の上でも窓から旗を振り、紙吹雪を撒きながら去り行きます。
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その後 拓治の弟 秀治(平田大三郎)と きよの が余部鉄橋を歩いて渡る場面では、D51751蒸機が前方から現れ橋の途中にある待避所でやり過ごします。でも耳を塞いで震えているのは秀治の方です。
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ある日海軍から拓治が足に重傷を負って佐世保の海軍病院に入院したとの通知があり、きよの は列車を乗り継ぎ駆け付けます。この場面では、きよの が暗い顔で列車に揺られるカットがあるだけです。

きよの の献身的な看病と二人で貫いた執念のリハビリで、拓治の体は奇跡的に回復します。しかしそれを見透かしたかの様に、非情にも二度目の召集令状が拓治の元に届けられました。
吹雪の餘部駅。 今度の出征見送りは二人だけです。名残惜しむ内、吹雪をついて C57形蒸機牽引列車が到着します。
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きよの は雪中に消えて行く列車を、悲しみを堪えて見送っている様です。
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以上 この映画では餘部駅と余部鉄橋が登場する鉄道シーンが数多く有り、そこには時代に翻弄された悲喜こもごもの人々の姿があります。1912年完成の美しく力強い余部鉄橋も 2010年夏、二代目の余部橋梁へと引き継がれました。

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