日本映画の鉄道シーンを語る

日本映画における鉄道が登場する場面(特に昭和20~40年代の鉄道黄金期)を作品毎に解説するブログ

 116. 恋にめざめる頃

1969年3月 東宝 製作 公開  カラー作品   監督 浅野正雄

妻子が有りながら 仕事先の会津に別な家庭を作って暮らす父 山本俊作(土屋嘉男)を取り戻そうと、単身会津を尋ねる娘 君子(酒井和歌子)の奮闘を描く映画です。

鉄道シーンは前半 山本の叔母 とみ(文野朋子)にけし掛けられたこともあって、君子が会津へ向かう場面からあります。485系9両編成の盛岡行特急やまびこ が快走するシーンが先ず映ります。
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続いてC57形蒸機が、雪原の架線下を高速で9両もの車両を牽いて通過するシーン。と思いきや、最後尾に逆向きでC57がもう一台附いています。補機というより回送を兼ねての連結と思われます。
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当時の時刻表を見ますと 15M 特急やまびこ号 盛岡行は上下一本のみで、東京駅12:55発 郡山15:26着です。郡山15:38発の磐越西線 233ㇾ新潟行に乗り換えると、塩川には17:43の到着です。
1967年7月より磐越西線の郡山~喜多方は電化されていますので、郡山~会津若松は ED77形電機が牽き 会津若松以西をC57蒸機に交代したので架線下を走行するシーンなのです。
映画の中では更にバスで中ノ沢温泉へ行き 父親 山本に対面 雪中で甘えるなどしても未だ夕方前で、上野 6:40発の急行ばんだい1号に乗らなと合わない旅程ですが話の都合なのでしょう。この頃 会津は遠かったのです。

山本と君子が対面する前、鉱山技師として働く山本の職場が映る場面があります。坑口から二人で手押しのトロッコを押しだすと、別線からニチユの蓄電池ロコらしきで空車を牽いて坑口へ向かう列車が映ります。
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左端に看板の一部が映っていて、「玉鉱山」の部分しか読めません。福島県内で該当するのは、磐梯熱海近くの高玉鉱山では?と考えられます。この鉱山は現在では閉山し、観光鉱山施設として残っています。
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父 山本を一旦東京へ連れ帰ることになり、塩川駅の改札口から後半の鉄道シーンが始まります。蒸気機関車の煙突部分や安全弁がアップで先ず映りますが、C58形蒸機の煙突部分の様に思われます。
既に発車ベルは鳴っていて、二人は駆け足で跨線橋を渡って動き始めた汽車の最後部オハフ61に飛び乗りました。
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最初は往路と同じく架線下を走るシーンが続き、やまぐち号でお馴染のC57 1号機が牽く姿もあります。
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車内では駅弁を食べ 君子が甲斐甲斐しくミカンの皮を剥いてあげたり 煙草に火を付けてあげたりするうち非電化区間の山間部を走り、C57180らしきを先頭にトンネルを抜け出すシーンもあります。
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新津へ向かっているのでしょうか?
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いえ その後また架線下を走行する蒸機の姿が有り、特急ひばり に乗り継いだ設定の様です。
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続く車内シーンは 165系急行電車らしきセット撮影で収めているのは?ですが、ロケの都合なのでしょう。

C571 と C57180 とは偶然でしょうか、現役復帰したC57形蒸機であり現在(やまぐち号)と(ばんえつ物語号)を牽く2台のC57がこの作品の中で共に走行する姿が映っているとは。
鉄道シーンの最後は、特急ひばり号が上野駅8番ホームへ到着する姿があり、山本と君子が上野駅正面南口から出てくる場面へと続いています。
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この帰路を時刻表から見ますと、塩川 11:36発 226ㇾに乗り猪苗代へ。ここから 13:10発の急行ばんだい3号に乗り換え、13:46郡山着後更に 13:51発 特急ひばり3号に乗り換え 16:18上野到着だと映画に合います。
226ㇾにそのまま乗っていると郡山 13:59着となり、明るい内に ひばりで帰れないのです。余談ですが上野着のひばり号は東京行の標示なので、唯一の東京行 11:30着の12Mひばり1号で何故か撮影してしまっています。

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 99. 警察日記

1955年2月  日活 製作 公開    監督 久松静児

南東北のとある田舎町にある警察署を舞台に、様々巻き起こる事態を描くドラマです。先に(25.續・警察日記)を取り上げましたが、本作が9か月先に公開された正編です。

鉄道シーンは続編程華やかではありませんが、最後にあります。貧困から捨て子したシズ(坪内美子)が子と別れ、都会へ働きに出るのを吉井巡査(森繁久彌)が駅で見送りするシーンにあります。
横宮駅(架空駅)のホームにいるシズの所へ吉井巡査が駆け付け、奥さんの着物を渡します。ホームには婚礼に向かう花嫁さんやら、自衛隊へ入隊に行く岩太(伊藤雄之助)を見送る一団もいます。

「列車が到着しますので御後へ願います」と駅員の声に続いて、D50型蒸機牽引の列車が来ました。
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しかし次のカットでは水タンクをリベット打ち組立したC10型が、Wルーフ客車を牽引して到着します。
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乗車したシズは吉井と別れの言葉を交わし、岩太はもらった(祝 自衛隊入隊)の旗を向かいの席に置いて下降式の窓を開け一団から見送りを受け 昔の出征の様です。

C105機関車がアップで映ると、汽笛が鳴り発車です。
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元校長で子供を全員戦争で亡くしてオカシクなった林田(東野英治郎)は、列車が去るまで万歳を繰り返し悲しい様子です。
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続いては峠道で自転車を押していた花川巡査(三國連太郎)が、遥か下の方を走るD50牽引列車が峠への上り勾配を走る姿を見ています。
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自分が関わった人間が乗っていることを考えているのでしょうか。
そして最後は会津磐梯山をバックに、力強く煙を吹き上げながら堂々の8両編成で走るD50牽引列車をアップで左から右にパンしながら追い掛け映しながら映画は終わります。
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PS,  この映画は主に磐梯熱海の町でロケが行われたそうです。D50型蒸機が走行するシーンも確かに現地の磐越西線で撮影したと思われます。しかし横宮駅のシーンがちょっと引っかかります。
「列車が到着します」の部分は猪苗代駅で撮影されたのかな?と思えますが、C105が登場する横宮駅(架空)はC105が当時武蔵五日市区にいたことから あるいは西秋留駅(現 秋川駅)で撮影されたのでは?
川桁駅での撮影との文献もありますが、貨物側線が有りませんし駅舎の柱形が違います。当時 会津若松区に5台のC10型機関車が所属していたそうですが、構内入替や会津線・日中線担当で磐越西線はD50が一手に引き受けていたと思われます。
五日市線での撮影だとするとC10が牽引するWルーフの古典的旧客車は珍しく、五日市鉄道時代からの使用車両でしょうか。当時は7割以上の列車が気動車運転で、公開2年後に完全気動車化された五日市線なので古いまま使っていたのかな?

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