日本映画の鉄道シーンを語る

日本映画における鉄道が登場する場面(特に昭和20~40年代の鉄道黄金期)を作品毎に解説するブログ

 128. 最高殊勲夫人

1959年2月 大映 製作 公開  カラー作品   監督 増村保造

三原商事で働く三原家の長男と野々宮家の長女に続いて、次男と次女が結婚した。長女は三男 三原三郎(川口浩)と三女 野々宮杏子(若尾文子)も結婚させようと、画策するラブ・コメディー映画です。

鉄道シーンのトップは東京の代表的交通風景として、お茶ノ水駅を秋葉原側から俯瞰したシーンがあります。神田川に架かる橋を帝都高速度交通営団(現 東京地下鉄)丸ノ内線 300形らしき3連が渡っています。
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交差する総武本線上り線を 72系らしき茶電が御茶ノ水駅へ向かっています。更に神田川を挟んで交差する上部の外堀通り昌平坂を都電 13系統(新宿駅前~水天宮前)の車両が松住町→御茶ノ水へと進んでいます。

次に昼休み 会社の屋上で三原三郎と杏子が話しています。一段高い位置から俯瞰する先には、東京駅丸の内駅舎(近年迄の八角形トップ)が隣に建っています。横では女子社員がバトミントンに興じています。
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この角度の構図からすると、当時の国鉄本社ビル屋上でロケが行われたと思われます。新館建築前で、国鉄に勢いのある時代です。国鉄の象徴たる本社ビルも、国鉄解体後の平成10年解体されました。

社長 三原一郎(船越英二)は芸者のポン吉(八潮悠子)と鬼怒川温泉へ一泊旅行を目論み、この話を社長室で耳にした杏子は三郎にこの計画阻止を頼みました。先ず東武鉄道 1700系白帯特急 4連が映ります。
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現地で落ち合うべく一郎は出張を装い、一人で窓側にハンカチを顔に被せてリクライニングシートを倒して座っています。車内は行楽へ向かう人や商用の人々で満席の様子です。
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一郎は検札を受けた後再びハンカチを被り「風呂は一緒に入ろう その方が気分が出る」「なーに桃子に分かる訳がない」などと調子に乗っている様子で、隣の男は呆れた感じです。
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1700系は 1956年登場の戦後二代目ロマンス特急で、国鉄の二等車に準ずるシートピッチ 1000㎜で 14と26度の二段階リクライニング機構付の回転シートですが幅が 432㎜と狭いのが少々玉に瑕です。
オール電動車で、浅草~日光を 1時間59分と初めて二時間を切りました。更にこの映画公開の年から冷房化され、国鉄車両に決定的な差を付け旅客獲得勝負に決着をつけました。
しかしこの翌年には新型のデラックスロマンスカー 1720系が登場し、脇役となり DRCを補完する立場となった。そして 1971年までに運用停止となり、1720系へと車体更新されたのです。

当時の時刻表によると更にスピードアップし、特急は浅草~日光 1時間55分で 3往復 浅草~鬼怒川温泉 2時間16分で平日 3往復 土日 4往復運転しており、鬼怒川温泉までの運賃 290円+特急料金 200円でした。
一郎は 浅草 13:40 → 15:56 鬼怒川温泉の 109ㇾ か土日運転の 107ㇾ 浅草 12:40 → 14:56 鬼怒川温泉のどちらかで夢を抱いて向かったと思われますが・・・

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78. 自由学校

1951年5月  大映 製作 公開  監督 吉村公三郎

獅子文六の原作を松竹と競作し、主役を一般公募で決め5月5日に同時公開した変り種映画です。

些細な事から会社を辞め、妻になじられた南村五百助( 小野文春 )は家を飛び出し最寄りの武蔵間駅(架空駅)の改札を入ります。
この駅はオーク様のブログ「板橋ハ晴天ナリ」によりますと、東武東上線下赤塚駅だそうです。改札の位置といい構内は隔世の感があります。

妻の駒子( 木暮実千代 )が後を追い、駅へ駆け付けますが
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南村の乗った6300系電車(最後部はクハ300形かな)は走り去って行きます。
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この電車は国鉄63系電車と同じタイプで戦災復旧用に量産された車両です。踏切警手が白旗を振る中、加速してゆきます。

次に東海道本線 大磯駅へ80系湘南電車が進入、停車する場面があります。ホーム駅名板の表記は(おほいそ)となっています。
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80系湘南電車は この映画公開の前年1950年3月より運用が開始された、この当時最新型の電車でした。

そして南村がルンペン集落に開放感と自由を感じる場面で、この当時のお茶の水界隈が映っています。
まず南村がお茶の水橋の上を案内されながら渡る時、1932年建築の国鉄お茶の水駅舎や1927年完成の優美な聖橋が映っています。

ルンペン集落はお茶の水橋の下に在り、神田川の畔に立った南村は聖橋方向を眺めながら「あ~良い所だ」などと呟きます。
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お茶の水駅のホームから続く跨線橋 聖橋 その先に中央本線を跨ぐ総武本線の神田川橋梁と松住町架道橋が見え、現在とあまり変わりません。
しかし神田川から左側は1956年延伸開業の地下鉄丸ノ内線(御茶ノ水~淡路町)の橋も未だ工事が始まっていない様で、川岸も樹木が自然な感じです。

映画の後半 南村が多摩川の川辺でユリ( 京マチ子 )と隆文( 大泉滉 )を諭す場面があります。現在の大田区鵜の木3丁目辺りでしょうか。
多摩川の上流側には品鶴貨物線の多摩川橋梁があり、やがて鶴見側からD51型蒸機が40両の貨物を牽引して渡って行きます。
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品鶴貨物線は戦前に電化されていますが、山手貨物線が未電化(1954年電化)なのでD51 が牽引していたのでしょう。
品鶴線の先には初代丸子橋が映っていて、現在ではこの間に東海道新幹線多摩川橋梁があります。今では横須賀線等の旅客線の印象が強い品鶴線です。

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