日本映画の鉄道シーンを語る

日本映画における鉄道が登場する場面(特に昭和20~40年代の鉄道黄金期)を作品毎に解説するブログ

 74. 乳房よ永遠なれ

1955年11月  日活 製作 公開    監督 田中絹代

乳癌で僅か31才にして闘病死した実在の女流歌人・中条ふみ子の半生を、名女優 田中絹代が3作目として監督した映画です。

東京の新聞記者 大月彰( 葉山良二 )が下条ふみ子( 月丘夢路 )の歌集出版の為、札幌の入院先を尋ねる時に鉄道シーンがあります。

小樽駅1番ホーム 停車中の急行あかしや号から降りた大月がホームの洗面所で水を旨そうに飲んでいます。この洗面所とは画像の様に蒸機時代 各地にあった、文字通り顔を洗う為の設備でした。74-1.jpg

ホームには森永の移動販売所らしきがあり、牛乳やアイスクリーム等を売っています。「15:06発 急行旭川行あかしや号」と放送があり汽笛の後に列車は動き出し、大月はデッキへ飛び乗りました。74-2.jpg


急行あかしや号は 1953年4月函館(11:30発)~札幌(18:00着)の急行として登場。1954年5月から函館(11:35発)~旭川(21:00着)に延長され、同時に急行運転は小樽までで小樽~旭川は準急運転となりました。
撮影時は函館(11:15発)~~小樽(15:45着15:49発)~南小樽(15:53発)~札幌(17:27着)ですから、小樽からは準急列車であり次の停車駅も南小樽なので放送はアフレコと思われます。
その後1956年11月の時刻改正から後年馴染深い、急行アカシヤ号となりました。1961年10月から一年間消滅した後DC急行として復活、函館~札幌を結び活躍しました。

続いて札幌駅に到着した大月が改札から出て迎えの新聞社有車で札幌病院へ向かう場面があります。札幌駅はこの頃1908年に建てられた木造駅舎を1951年から建て替え工事が始まり、1954年9月からの2期工事中でした。
それでなんとなく仮設改札と通路の様な感じに見えます。改札を通る大月のバックには停車中の列車が映っていて汽笛の音も入るので、乗ってきた旭川行の急行(劇中で )あかしや号の発車を連想します。74-3.jpg


その後大月が札幌市電570形から降りてくるシーンがあります。7系統の札を付けた570形は全鋼製で1954年製造の当時最新型であり、正面右側の運転台上部に小型の方向幕がある初期型の姿で映っています。74-6.jpg


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