日本映画の鉄道シーンを語る

日本映画における鉄道が登場する場面(特に昭和20~40年代の鉄道黄金期)を作品毎に解説するブログ

111. 異母兄弟

1957年6月 独立映画 製作 公開   監督 家城巳代治

戦前戦中の封建的 家長制度での権威主義の塊の様な陸軍軍人 鬼頭範太郎(三國連太郎)が4人の子供を先妻の子か否かの理不尽な理由で極端に差別し虐げたが、戦後頼るべき当ても無くなり権威が崩壊する様までを描いた映画です。

先妻が病死し、不本意ながら女中 お利江(田中絹代)を後妻とした鬼頭は転任となり、夜汽車で移動するシーンがあります。
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二等車で踏ん反り返る鬼頭の対面には先妻の子である長男と次男が座り寝ています。
通路を挟んだ横の対面には、お利江が産んだ三男を抱いて居眠りしています。鬼頭には居眠りしているのが気に入らない様で、持っている杖でお利江の肩を突いて身を正すようさせます。
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1942年冬 三男 良利(南原伸二)は海軍士官となり、転任の為乗る列車が実家近くを通るので停車中に会いたい旨連絡をした。その車内でお利江を鬼頭家に女中として紹介した太田(島田屯)に偶然会い母親の過去を聞かされる。
やがて列車は C50140蒸機が牽いて故郷の駅に停車します。111-2.jpg
ホームでは四男の智秀(中村賀津雄)が待ち構えており、二等車に乗る良利に母親が作った良利の好物を窓越しに渡しました。
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この二等車は東オク スロフ301と表示していますので、尾久客車区所属のスロフ30形二等車です。1929年製 固定シートピッチ1920㎜で700㎜巾の窓が2枚1組で有り、窓越しの会話が狭そうに見えます。
智秀が実家の近況を話す内、汽車は汽笛と共に3番線ホームを発車して行きます。お互い敬礼し合い 最後は良利が窓から身を乗り出して帽子を振り、今生の別れを予感しているかの様です。
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さてこのロケが行われた駅は何処でしょうか? やや離れた向かいの 1.2番線は架線が張ってあり、電化・非電化の2路線の合流点にこの駅が在る様です。智秀の後方の 4.5番ホームには貨車が停めてあり、貨物ホームの様です。
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C50140がロケ時 小山区の所属なので良利の乗る列車は両毛線かな?と思われます。となると電化しているのは東武鉄道として、線路形状から伊勢崎駅か栃木駅?でも先行の国鉄が3番線というのもオカシイですね。
そうなると、当時東北本線宇都宮電化 完成前の小山駅ではないかと考えました。しかし(ぽいんと尺)様からのコメントで、この駅は両毛線 栃木駅であるとのことです。ロケ当時は両毛線内の上下両方向から朝夕に小山・高崎経由で上野へ二等車連結の快速列車が走っていたので、その列車で撮影が行われたのかもしれません。

終盤 智秀は長く鬼頭家で働いたマス(飯田蝶子)に替って働く若い女中ハル(高千穂ひづる)と仲良くなったところを鬼頭に見つかり、勘当されマスの実家が有る高知へ追いやられます。
病み上がりの智秀は船や汽車を乗り継ぎ、C58らしきカマが牽く混合列車でマスが出迎える駅に到着します。
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マスは大歓迎ですが、先に帰っていると思っていたハルが身を売られ南方へ行ったことを聞きガッカリします。

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 68. ここに泉あり

 1955年2月 独立映画ー松竹 配給 公開   中央映画 製作    監督 今井正

群馬交響楽団 創設期の苦闘を描いた音楽映画で、高崎市民オーケストラがプロとして成り立つまでの物語です。

舞台は 1947年の高崎。冒頭 C5097 が牽引する客車4両+有蓋車1両の混合列車が機関車の前部・テンダー・客車の屋根まで人が乗る超満員状態で走る姿が映ります。両毛線での撮影と思われます。
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当時は終戦直後の混乱期で、復員兵・買い出し人で乗車希望者が増えたのに石炭不足から運休列車続出でどの列車も超満員でした。そんな当時の再現ロケで、現在ではとても撮影許可とはならないでしょう。
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続いて木造時代の高崎駅舎が映り、タイトルが出ます。駅入り口には大勢の人が押しかけ、改札を通るにも大変な様子です。そんな改札を工藤( 加藤大介 )が大太鼓を担ぎながら通ろうとして駅員に止められています。
「8:57 分発 小山行発車です」と構内放送が聞こえてきます。そこへ後ろからマネージャーの井田亀夫( 小林桂樹 )が来て駅員に話し掛け、その隙に工藤がホームへ入り列車に近寄ります。
尚も駅員が追い駆けて来ますが、大太鼓はリレーして車内へ。そして動き出した列車のデッキへ最後に井田が飛び乗り、「どうもどうも」と駅員に半分謝る感じで去って行きます。

次に井田が東京から呼んだコンサートマスターの速水明( 岡田英次 )が、練習場の階下の喫茶店に名刺を残し井田に会わずに帰ってしまったことを店員から告げられ井田は駅へ急行します。
高崎駅の3番ホームには既に上野行上り列車が停車中で、発車ベルが鳴り始めます。列車は超満員で速水をどうやって探そうか考えた井田は、「速水さん 急用です。」と叫びながら前方に進みますが汽笛が鳴り響きます。
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その時 半分板貼りの窓の隙間から顔が出て、「何ですか」と声がしました。振り向き動き出した列車に近寄った井田は、窓の外にハコ乗り状態の男の手を引きます。その横の男が「速水は僕です」スカサズ井田は「急用です早く降りて下さ」
速水のバイオリンと荷物を受け取り、窓から足を先にホームへ無理やり降りようとします。すでに列車はかなりスピードが出ているので、後ろから近寄った駅員が「危ない 止めて止めて」と叫んでいます。
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 よく走り出した列車のデッキに飛び乗るシーンは( 1958年 松竹 張込み )など有りますが、この映画のロケほど過酷な超満員列車や無茶な降車シーン( ホームに着地するまでは映っていません )は他では見当たりません。

映画の後半 EF53 電機に牽引された急行白山らしき車内。スロ53 特ロの座席に音楽家 山田耕筰(本人)と立石( 伊沢一郎 )が座っています。通路では車掌が「次は高崎です渋川・伊香保方面乗換」と告げています。
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高崎と聞いた山田は楽団のことが気になり、途中下車します。そして練習を指揮したことから再び合同演奏会が開かれ、苦労した時代の回想シーンで草軽電鉄の無蓋車でメンバーが移動する映像が入ります。
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アメリカ・ジェフリー社製L形EL+無蓋車1両+客車1両の編成です。鉄道青年様のブログ(火山山麓のレモンイエロー:草軽電鉄の記憶)によりますと、23号電機+ホト70か75+ホハ30客車だそうです。
そしてロケ地は草津温泉~谷所の通称一の谷の手前のカーブとのこと。無蓋車の上で日傘をさしているのは紅一点ピアニストの佐川かの子( 岸恵子 )です。勿体ない程短い草軽電鉄登場のシーンであります。

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