日本映画の鉄道シーンを語る

日本映画における鉄道が登場する場面(特に昭和20~40年代の鉄道黄金期)を作品毎に解説するブログ

204.若い人たち

1954年11月 新東宝配給公開 近代映画協会製作   監督 吉村公三郎

都市銀行に勤務するベテラン女子行員 小宮阿佐子(乙羽信子)が、同僚や部外の人間との交流から自分の歩むべき道筋を見定める過程を描いた映画です。

冒頭 京浜線沿線らしきから都心に通勤する場面から鉄道シーンがあります。阿佐子が父 小宮良介(御橋公)と踏切で待つ前を横須賀線 70系電車と京浜線電車が高速で通過して行きます。
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そして京浜線・山手線の分離運転直前でホームだけ完成している新橋駅へ向かう電車から、対向する 40系らしき電車が向かって来る姿が見えます。
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風格ある新橋駅駅舎をバックに小宮が歩き、
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有楽町駅中央口からは阿佐子が出て来ます。
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従業員組合の集会後 戸川健一(金子信雄)と山本久子(木村三津子)は帝都高速度交通営団地下鉄 銀座線の銀座駅へと入ります。この当時東京の地下鉄は銀座線以外では丸ノ内線の池袋~御茶ノ水だけです。
ホームへの階段を降りて 暫し話していると、渋谷行の 1000形 1018号電車を先頭に到着しました。この車両は 1929年 汽車製造東京支店製の東京地下鉄開通当初から走る車両と同じ初期型です。
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それから下宿へ帰った戸川が二階の自室へ入ると、窓越しにD51形蒸機重連牽引の貨物列車が右から左へと走り抜ける様子が見えました。山手貨物線か品鶴線の列車と思われます。
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中盤 支店の慰安旅行で箱根に行った阿佐子は、父親がケガをして自宅に居るので泊らず宴会を中座して帰ろうとします。戸川も妹が田舎から来ているから帰ると言うので、同行することにします。
続いて帰路の小田急電鉄特急車内の中央にある喫茶カウンターでは、アイスティらしきが作られ
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二人が座る席まで運びます。これは三井農林(現 日東紅茶)が営業を担当した「走る喫茶室」で、接客員はスチューワーデスと呼んでいました。
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二人で話す内に、酒匂川橋梁らしきを渡って行きます。続いて小田急 1700形特急が、橋梁を渡る走行シーンがあります。前面が非貫通二枚窓の有名な3次編成ではなく、初期型なので特徴が薄いですね。
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この 1700形は小田急戦後初の本格的特急ロマンスカーで、オール転換クロスシートに喫茶カウンター・トイレを装備しています。 1951年2月より 1957年のSE車置き換えまで特急運用につき、後に通勤型へ更新されました。

終盤 組合活動で目立つ存在の戸川は、静岡への転勤辞令を受けます。いよいよ移動の当日、戸川は開店前に皆に挨拶して店を後にします。慰安旅行を阿佐子と二人で中座したことから、噂になったことを気にする久子は見送りに行きません。
そんな久子の姿を見た阿佐子は、「上司には伝えておくから戸川の見送りに行きなさい」と送り出すのでした。そして久子は階段を駆け上がって東京駅8番ホームへ行くと、発車待ちの急行列車沿いに車内の戸川を捜します。
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案内放送が「 10時発 急行げんかい 博多・都城行でございます」と流れるホームを前後に捜す久子へ、ホームのワゴン販売で買い物をしている戸川が声を掛けます。
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暫し別れの挨拶を交わした後、久子は「いつか貴方に付いて行ける様になりますわ」と伝えます。そこで発車ベルが鳴り 戸川はデッキへ乗って握手を交わし、列車は動き出します。
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なおも久子が「静岡へ遊びに行きますわ」と言えば、「いらっしゃい」。 そして去り行く戸川に「本当に静岡まで行くの良くって?」と問えば、「待ってま~す」と明るい未来を思わせるエンドシーンであります。
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PS このラストシーンは東京駅8番線でロケされています。10:00発 33ㇾ急行げんかい号の設定なので、時刻表では長距離優等列車用の 15番線発車の筈です。
   想像するに本物では混んでいて混乱を招くので、東京駅8番線到着普通列車の回送便を使って、急行札のみ付けてエキストラを乗せてロケを行ったのでは?と思われます。
   アフレコの案内放送がバックで何度も「 15番線お後へ願います 10時発 急行げんかい 博多・都城行です。」と、流れていますので せめて(15番線) の部分をカットしてほしかったと思います。

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197. 恋人

1951年3月 新東宝 配給 公開   製作 新東宝・昭映プロ   監督 市川崑

結婚式を翌日に控えた 小田切京子(久慈あさみ)が従兄弟の遠藤誠一(池部良)とデートするも、お互いの気持ちを言い出せないまま経過してゆく 独身最後の一日を描く青春映画です。

結婚式前日なんて案外暇なの。などと遠藤を誘った京子は、父親 小田切恵介(千田是也)から小遣いを調達して待ち合わせの銀座へと出掛けるのです。
水田沿いを小田急電鉄の 1800形2連が走り来ると、
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雑木林を横目に第4種踏切を通過して行きました。戦災復興用の国鉄63系そのままの姿で、オデコの通風口が特徴的です。
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ロケ地は不明ですが当時 豪徳寺~経堂で これに似た風景の場所があったそうで、あるいはそこかもしれません。何れにしても現在とは隔世の感があります。
また標識だけの簡易的な第4種踏切が経堂付近にあったとすると驚きですが、1955年時点で小田急線内にはこの簡易踏切が390ヶ所もあったそうで不思議ではない様です。

その後の近代化で第4種踏切は 1973年中には全廃されたそうで、今では全て第1種甲踏切です。なお当時は占領下だったので、標識の表面は英語表記と思われます。
意外と思えるのが鋼製の架線柱で、小田急では 1927年の開業時から高価ですが強度と耐久性が高い近代的な鋼製架線柱を使っていたそうです。

小田急 1800形は大東急時代の 1946年 20両導入され、小田急初の20m車として活躍後 1957年から車体更新されて 1981年迄使われました。
2連で運行されているので各停と思われますが、新宿発の2連は 1960年代になっても見られました。

銀座の喫茶店で待ち合わせた二人は映画・スケート・天ぷら屋・ダンスホールと渡り歩き 京子の独身最後の一日を共に楽しむのですが、気が付くと腕時計は止まっており終電車が気になります。
その頃 小田急線新宿駅では 1800形電車が停まっており、次々と駆け込む人が続いています。駅の時計は 24:48を指しており、
構内放送は「まもなく24時50分発経堂行が発車します。この電車は小田急線 本日の最終電車であります」と告げています。
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二人は国鉄からの中央地下通路を走って、小田急線乗り場へと急ぎます。しかし小田急線新宿駅11番線からは、ふらふらしている酔っ払いを置いて終電車が警笛を鳴らして出発して行きます。
そこへ遠藤と京子が到着しますが、終電車はホームを離れるところで間に合いませんでした。
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その様子を見て笑っていた改札口の駅員は、二人が引き返して来ると顔を正して見送ります。
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改札口から出てくると京子が寒いと言い出したので、
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再び地下通路へ降りて行きます。京子を残してタクシーを捜しに行った遠藤ですが、見付からずに戻って来ると二人はお互いの気持ちに関して口論となります。
地下通路の壁には小田急線の案内が書いてありますが、代表的な行先が進駐軍基地に関連した相模大塚・相武台前と書いてあるのが時代を反映してます。しかも相模大塚は海老名で相模鉄道に乗り換えた先の駅なのにアバウトです。
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1927年の小田急線開業時以来の姿を保つ新宿駅ですが、この映画の4年後に公開された前出 (57.泉へのみち 東宝) でもほぼ同様でした。
その後利用客増加から列車本数増加計画に伴い、1960年から大改造工事にかかり 1964年2月に完成させて現在に至っています。

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193. 夫婦百景

1958年3月 日活 製作 公開   監督 井上梅次

売れない童話作家 大川蒼馬(大阪志郎)と女性誌の編集長 みはる(月丘夢路)夫婦を中心に、様々な夫婦の形態を描くコメディ映画です。

みはるの従姉で電気屋店主の妻 誉田松江(山根寿子)が店員に惚れた挙句 冷たい夫に呆れて家出し、みはるの勤務先を尋ねて来ます。そして経緯を話す中で、最初の鉄道シーンが有ります。
先ず国府津区所属の D52形蒸機 D52 70 が牽引する旅客列車が、豪快な汽笛と共に走り来るシーンがあります。
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続いて松江が乗車している車内場面があるので、御殿場線沿線の嫁ぎ先を出て来たのでしょうか。

座席で松江がぼんやりと車窓を眺めていると電気屋の店員 河内明(青山恭二)が現れ、「女将さんに付いて行きます」と言うのでデッキへ連れ出し 店に帰る様に諭します。
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松江は後に「河内とは東京駅で別れた」と言ってるので、当時 日中に御殿場線内を蒸機牽引で走り東京駅迄直通で 9:27着の914ㇾか 13:11着の 916ㇾを想定してのセット撮影と思われます。

続いて 小田急電鉄 世田谷代田~梅ヶ丘らしきの線路沿いの道を みはると鞄を持った松江が並んで歩く横を、開業時以来走る 1100形らしき4連の上り列車が通過して行きます。
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更に歩いて行くと反対側の下り線を、1400形らしき2ドアの3連が通過して行きます。この辺りは近年 複々線化・地下化工事が続いており、沿線の様子は激変しています。
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みはるが松江を家に連れて行くと、大川が姪の倉田ノリ子(浅丘ルリ子)・倉田達夫(岡田眞澄)の学生夫婦を勝手に同居させています。これに怒ったみはるは家出しますが、泰然自若の大川です。
主夫兼 自宅勤務作家の大川が毎日落ち着いた様子で外出するのを不審に思い、浮気をしているのではと倉田夫婦が後を付ける場面でも小田急電鉄が登場します。

ロングシートで大川が居眠りするシーンでは、逢引と違ったのかと倉田が言います。窓外には貨車が映っているので、経堂駅辺りでしょうか。更に進んで大川は停車した駅で、突然跳ね起きて下車します。
慌てて倉田夫婦も後を追い、ホームに直結している改札口から大川に続いて外へ出ます。
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小振りな木造駅舎で向かいのホームの先に{当駅前 みや古ホテル}の広告看板があることから、この駅は参宮橋駅と思われます。

そして倉田夫婦の誤解からひと騒動となり 大川宅から引越すことにした倉田夫婦が、倉田のバイト仲間 楢井詮造(長門裕之)の隣部屋を紹介されて尋ねる場面が後半にあります。
72系らしき7連 国電の走行シーンに続いて、車内ではドア付近に立つ倉田夫婦が楢井夫婦のことをあれこれ話しています。
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そして非電化線路の築堤が横にある広い道路の歩道を、二人は歩いて行きます。
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その背後を都電 6000形らしきが追い抜いて行きます。目印となる店を沿道の人に聞いて二人が大通りを反対側に横断すると、築堤の先の線路はこちら側に大通りを斜めにオーバークロスしています。
この架道橋の形態と都電から この線は前作(192.恋人)でも登場した総武本線貨物支線であり、亀戸駅を出て併走する総武本線上り線から分岐した直後の地点と思われます。

したがって都電は須田町へ向かう 29系統か、錦糸堀車庫前へ向かう 38系統の車両と思われます。架道橋脇の空き地では紙芝居屋が営業中で、時代を感じさせます。
その後二人は、総武本線 72系電車が窓から見える楢井夫婦の部屋に上がります。最後は8つの都電系統が行き交う日比谷交差点の姿が映りながらエンドマークとなります。
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188.妻という名の女たち

1963年5月 東宝 製作 公開  カラー作品   監督 筧正典

主婦 魚住雪子(司葉子)は夫 浩三(小泉博)の浮気発覚後も相手のバーのマダム 八杉夏代(左幸子)と別れられない夫の帰りを待つ雪子であったが、やがて自立に目覚める過程を描く映画です。

小田急電鉄 代々木上原駅上りホームをNSE 3100形特急ロマンスカーが通過して行く場面からこの映画の鉄道シーンが始まります。下りホーム沿いの道を魚住の息子 一郎(田中伸司)が走って来ました。
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魚住が到着した 2400形らしき電車に乗りドアが閉まりかけた時 一郎に気付きますが
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閉まったので近くの窓を開けて息子を呼ぶと「パパ~」と応えます。
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残念ながら、窓から手を振り 去り行く魚住でした。
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この当時の代々木上原駅ホームはコンクリート平板舗装で、先端2両分程は砂利敷きの様です。その後地下鉄千代田線との相互乗り入れ工事の為、東北沢方向に移転 高架化され 1977年10月現在の駅舎となりました。
かつての代々木上原駅は現在の東口を出て、右に曲がった先に出入り口がありました。またホームの新宿寄りはカーブしていましたが、移転したので現在は直線状です

魚住夫婦の仲は家庭裁判所での調停にもちこまれ 最後は魚住が夏代と別れることにし、来訪した夏代も雪子の前で別れることを告げます。しかしこれを聞いて雪子は、魚住と別れる決心がついたのでした。
最後 別れの場面に鉄道シーンがあります。代々木上原駅ホームで雪子が一郎を連れて、電車を待っています。そこへ 2400形らしき普通電車がカーブの先から到着し、雪子と一郎は乗車しました。
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その直後 階段を駆け上がって魚住がホームに現れます。そして雪子と一郎を捜して停車中の車内やホームに目をやります。一方 座席についた二人は、一郎が「窓を開けて」と言うので雪子は開けてあげます。
外へ顔を出した一郎が「アッ パパだ!」と叫ぶと、魚住が窓際に駆け寄りました。魚住と雪子は至近距離で顔を合わせますが、お互い一言も発しません。
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直に電車が動き出すと、魚住は電車に合わせて移動しながら一郎に「気を付けて行くんだよ」とだけ告げます。この窓越しの場面はセット撮影の様で、背景を後から合成した感じです。
続いてのカットでは、代々木上原駅ホームに一人残された魚住の姿が哀れです。反対側の上りホームからは、一時代前のこげ茶色塗装の 2100形らしきが発車して行きます。
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車内では窓から風が穏やかに吹き込み、雪子は「あ~いい風」と呟き すべてが終わったからか サッパリとした表情です。
ラストは代々木上原~東北沢の井ノ頭通りらしき道路と斜め交差する踏切を通過する 2400形らしき電車の走行シーンでエンドマークとなります。
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 161. おかあさん

1952年6月 新東宝 製作 公開   監督 成瀬巳喜男

戦災で焼失した洗濯屋を再建するため一家で頑張り、夫や息子を失いつつも 懸命に生きる母 福原正子(田中絹代)の姿をを娘 年子(香川京子)の視点で描くホームドラマです。

冒頭 2両編成の私鉄らしき電車が走り抜けて行きます。塗装の具合が不明ですが、京浜急行電鉄の 230系ではないかと思われます。
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しかしこの映画の殆どの部分はこの沿線で撮影された訳ではなく、オープンセットを組んで世田谷で撮影された様です。

中盤 再建した洗濯屋の配達を年子が自転車で行く途中、踏切で待つ向こう側にパン屋の平井信二郎(岡田英次)の姿が見え お互いに手を振ります。
二人の間を高速で、3両編成の電車が通過して行きました。先頭と最後部は東急の 3600系の様に見えますが、中間車は京急のデハ 150の様に見えるので判別出来かねます。
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終盤 次女の久子(榎並啓子)が親戚の家の養女となることになり、久子を迎えに来る前日に一家で遊園地へ行くことになりました。
続いて蓄電池式電機に牽かれた7両のオープン客車が映ります。遊園地内の遊覧鉄道の様ですが、これは小田急電鉄が稲田登戸(現 向ヶ丘遊園)~向ヶ丘遊園地 約1km.を結んでいた連絡鉄道です。
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軽便規格の 610ミリ軌道を東芝製の4t蓄電池式機関車が、7両のサイドステップの付いた簡易客車を牽いて遊園地への客を運んでいます。
子供達はこれから遊園地へ向かうので楽しそうですが、乗り物に酔い易い母 正子は早くも気持ち悪そうな暗い顔つきです。
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この鉄道は乗客誘致の為 小田原急行鉄道が 1927年に開園させた向ヶ丘遊園地へ、客を運ぶ目的で開園二か月後に開通させた豆汽車(米製ガソリン機関車)にルーツがあります。
戦時中は休止していましたが 1950年上記の方式で再開し、単線ながら途中交換所もあって2列車運行していました。電機は東芝製の他 日立製もあったとか。

1965年道路新設工事に伴い惜しくも廃線となり、新たにモノレールが翌年開通しましたが 2000年に休止 翌年廃止となり 今では有りません。
かつて西武鉄道山口線(おとぎ電車)で使っていた電機や客車が似ていますが、こちらの開通も 1950年です。軌間は 762ミリで、7t蓄電池機関車で開業していますのでひと回り大型ですね。

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 147. 胎動期 私たちは天使じゃない

1961年4月 新東宝 製作 公開  監督 三輪彰

封建的な看護学校寄宿舎生活に反発しながらも、次第に変わって成長してゆく看護学生たちの三年間を描く 青春映画です。

鉄道シーンとしては、序盤 主役の鈴元春子(高須賀夫至子)が秋田から上京する場面からあります。
汽笛と共に砂箱や蒸気溜が角型の戦時型 C11形蒸機が回転式火の粉止付煙突から黒煙を吹き上げ、スポーク式動輪が動き出します。
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客車の窓から春子が名残惜しそうに、ホームの祖父母を見ています。
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羽後西山(架空駅)と書かれた駅名板をバックに、祖父母二人で見送っています。
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やがて列車に乗る春子から祖父母は遠くなり、春子は懸命に手を振ります。客車の上には架線が有り、電化間近なのでしょうか。
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さて この駅舎 何処かで見覚えがあります。( 123. 汚れた肉体聖女 )でも登場した、五日市線 西秋留駅(現 秋川駅)を仕立てて撮影したと思われます。
当時 都内で蒸機牽引列車が走り 田舎風の駅舎の在るこの駅は各社のロケに使われましたが、映画公開前の2月中旬電化されたので直前に撮影したのでしょう。

次は小田急電鉄 西生田駅(現 読売ランド前)から笠原婦長(賀原夏子)ら二人と春子が降りて来て、春子の母 鈴元豊(三宅邦子)が出迎える場面があります。
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中盤 東海医大前駅?(不鮮明な架空駅名)の木造跨線橋から笠原婦長と春子が降りて来るところを、春子を疑う鹿川真砂子(山﨑左度子)が物陰から見ています。

そして卒業の年 西生田駅から降りて来る春子のバックで、出発して行く小田急電鉄 1800形が映っています。国鉄 63系と同型の小田急割り当て車両で、1981年まで走りました。
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卒業前 寄宿舎を抜け出したりして問題行動の多い 久米勢津(広村芳子)が、京王帝都電鉄 2000系らしき(すぎたま様コメントより)が通り過ぎた直後に踏切ではない所で線路を渡って男の所へ向かうシーンは印象的です。
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最後は東海医大前駅?で電話ボックスから出てきた笠原婦長が、通りかかった春子を見掛けて 伝言を頼むシーンがあります。
似た名前に 東海大学前駅が小田急電鉄にはありますが、この駅はこの映画公開の 26年後に大根 → 東海大学前と改称されたので (123.) 内の南島原駅 同様の偶然でしょうか?
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このロケ地は何処か?を考えると、特徴ある木造跨線橋がヒントの様です。該当するのは、戦前唯一の橋上駅舎化された成城学園前駅ではと思われます。(54.泉へのみち)のラスト画像もここです。

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137. 美しき抵抗

1960年12月 日活 製作 公開   監督 森永健次郎

大学医学部 助教授で研究室勤務だが、世渡り下手な父親 松波亮輔(北沢彪)と従順な母親 松波ゆき子(高野由美)に反発する三姉妹の家族ドラマを描く映画です。

小田急電鉄 喜多見駅近くに松波家が在る様で、小田急電車や喜多見駅が登場するシーンがいくつか有ります。
先ず 松波家から見える 小田急電鉄 1600形らしきの走行シーンが有ります。
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こげ茶色塗装で、未だ緑多き住宅街を爽快に走り抜けて行きます。

次に 三女の高校生 久美子(吉永小百合)と同級生 三川(浜田光昿→光夫)が、喜多見駅前の道で話している背後に下り電車が到着するシーンがあります。
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喜多見駅はこの映画ロケの翌年には開業以来の構内踏切が廃止され、跨線橋が設置されたので現在より二世代前の貴重な様子を映画の中に残しています。

父親が態度を改め、娘達も父親の生き方に納得して松波家は一件落着。元の平穏な生活に戻って、ラストはいつもの朝の松波家の様子が描かれています。
三姉妹が揃って楽しそうに 駅へ向かう様子を母 ゆき子が微笑みながら見送っています。駅への小道を行く三姉妹の前方には小田急電車が通過して行きます。
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そして駅間近の線路沿いの道を三姉妹が歩いていると、背後の築堤上を前面2枚窓の京王帝都電鉄 2000系(すぎたま様コメントより)が走り抜けていきます。他の電車より近代的な印象がありますね。
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次に次女 都紀子(沢阿由美)が「良雄さ~ん」と声を上げて前方を歩く良雄(沢本忠雄)の元に駆け寄りました。長女 智恵子(香月美奈子)と三女 久美子の背後に京王帝都電鉄井の頭線 1700系らしき(すぎたま様コメントより)の姿が。
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駅前まで来て智恵子がポストに手紙を投函していると、こげ茶色の上り電車の姿が見えたので二人は慌てて改札へ走って行きました。
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1927年の開業時から在る小田急標準型の趣ある三角屋根木造駅舎は、ロケの後も長らく存在し 1989年の高架複々線工事開始頃まで残っていた様です。

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 105. 妻と女記者

1950年4月 新東宝・藤本プロ 製作  東宝 配給公開   監督 千葉泰樹

復員し大学の研究室に通う 矢代宏司(伊豆肇)が、妻 孝子(山根寿子)と自分の両親が同居する家に知り合いの妹 吉崎文枝(角梨枝子)を下宿させたことから起る一騒動を描いたホームドラマ風の映画です。

先ず矢代が横須賀線で、鎌倉駅へ帰ってくるシーンがあります。四角錐の尖がり屋根の鎌倉駅が映りますが、この部分は1984年に現在の3代目駅舎に改築された際 西口広場へ保存されています。
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ホームへ 63系の電車が満員の乗客を乗せて到着し、矢代が降りて来ました。そして大きな荷物を持った客とホームから小競合いしながら、改札で待つ妻の元へ出てきました。

次に夜の鎌倉駅ホームで矢代と文枝が話すシーンがあります。文枝が借家から立ち退きを迫られ 矢代が自家への下宿を思いつく場面ですが、背景からセット撮影の様にも見えます。
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ホームの柱には、「躍進する小田急 ニュールックロマンスカー毎日運転」の文字と共に 1910形特急の姿が描かれたポスターが貼ってあります。
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騒動が一件落着し、矢代と妻 孝子はあらためて新婚旅行へ出掛けることになります。そして上記のポスターと同じ多摩川の鉄橋を渡る 1910形(後の 2000形)ロマンスカー3連の姿が映ります。
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続いて車内のシーンがあり、二人が先頭車両最後部にある白布が掛けられたロングシート部分に座っています。セミクロスシート3連なので、画面では続く中間車のクロスシート部分が見えています。
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矢代は足を組んでいますが、ロングシート部分故に足元はゆったりとしています。傍らには床に固定した灰皿が設置してあり、妻が持つライターで煙草を吸って寛いでいる様子です。
この 1910形は初代ロマンスカーとも呼ばれ、戦後初の新車として登場 現在に至る小田急電鉄のシンボルとなりました。また中間車に喫茶スタンドが設置され、飲み物のシートサービスも行われたそうです。

1949年9月17日に毎日運転のノンストップ特急として登場した 1910形ですが、1951年2月1日には二人掛け転換クロスシート装備の本格的ロマンスカー 1700形が投入され短命に終わりました。
その後 特急予備車を経て3扉化され一般車として活躍した 1910形なので、本編に映っている華やかな車内シーンは貴重な記録と言えるでしょう。

ラストシーンでは、鎌倉駅ホームから矢代達が 63系電車に乗って行く場面で終わっています。
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 103. 密会

1959年 11月 日活 製作 公開   監督 中平康

大学教授の妻 宮原紀久子(桂木洋子)は夫の教え子である川島郁夫(伊藤孝雄)と不倫関係ですが、密会中に偶然 殺人事件を目撃したことから破滅への道を辿るサスペンスドラマです。

宮原教授(宮口精二)の家は小田急沿線に在る様で、2100形らしき急行列車が何故かミュージックホーンと共に高速で走り抜けるシーンが先ずあります。
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小田急のミュージックホーンは 1957年登場した 3000形SE車から搭載された特急用の補助警報機なので、アフレコとはいえ一般車両に付け加えたのでは不自然な感じがしますね。

川島は良心の呵責に耐えかねて、事件を目撃したことを警察へ告白しに行く決意を紀久子に伝えます。だがそれは紀久子にとって、川島との不倫関係が公になり身の破滅に繋がります。
二人は話し合いますが遂に川島は警察へ向かうべく紀久子を振り切り、小田急線 梅ヶ丘駅の改札を入ります。和服姿の紀久子も後を追い、入場券を買って改札を入る姿を高位置から撮影しています。

この頃の梅ヶ丘駅は2面4線を構内踏切で繋ぐ構造で、二人は構内踏切を渡って上り線ホームへと上がります。一足早くホームへ上がった川島は紀久子が近付いても視線を変えず、前方を凝視しています。
紀久子も語り掛けず、この後川島の告白によって世間の好奇の目にさらされる自分の姿をを想像します。紀久子の視線を感じてか 川島の首筋には汗が光っていますが、微動だにしません。

「3番線を新宿行 急行電車が通過します」と構内放送があり、豪徳寺方面からあのミュージックホーンと共に小さく上り電車が見えてきました。二人共変わらず、思い込んでいる表情でいます。
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急行電車がなおも近付いた時、紀久子はチラと電車の方を見て川島の背をポンと押してしまいます。川島は一瞬 紀久子の方を振り向いた様子ですが、線路に転落 非常制動音と共に轢断されてしまいます。
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急行電車は非常制動なれど、最後部が構内踏切の中程の位置で漸く停止します。ホームにいた客が一斉に川島の転落場所に集まり、「飛び込みだ」「自殺だ」などと話しながら覗き込んでいます。
新宿行上り急行は当時新型の2200形で、突然の非常停止に乗客は皆窓を開けて後方を見ています。構内踏切は閉まったままですが、駅員が次々に駆け付け野次馬も遮断機を潜って集まってきます。
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そんな騒ぎの中、紀久子は平然と落ち着いた顔で遮断機を潜り無人の改札を抜けて現場を去って行きます。
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こうして紀久子の思い切った行動は、成功したかにみえました。
小田急電鉄の全面協力の元、休日の早朝にロケが行われたと思われます。しかし下り電車のことを考えていないのか、降りている構内踏切の遮断棒を指差呼称もせずに駅員が潜って現場に駆け付ける行動には?

当時 小田急電鉄のイメージリーダーである 3000形SE車は作中で登場しませんが、象徴であるミュージックホーンをあえて急行電車にアフレコで加えたのは撮影協力への御礼なのでしょうか?
小生 昔の梅ヶ丘駅を知らないので ここまで書いてきましたが、3枚目の画像に映っている広い構内配線には引っかかるものがあります。 2枚目の画像をよく見れば、相模大野駅へ進入して来る下り列車の構図では?

そうなんです。梅ヶ丘の駅名板に惑わされましたがロケは相模大野駅で番線表示板まで交換し、下り線の電車に上り新宿行の標示までして撮影したと思われます。
2枚目の画像を見ると電車の後方でオーバークロスしているのは、相模大野駅 新宿方にある国道16号線です。3枚目の画像で左方向へ離れていく線路は、この先で本線をオーバークロスする江ノ島線の上り線であります。

相模大野駅の小田原方に留置線があったので、そこで撮影用の列車を仕立て 構内でロケが行われたのでしょう。でも何故ここまで手の込んだ演出をして、相模大野駅を使って梅ヶ丘駅に仕立てて撮影したのか小生には思いつきません。1996年に現在地に移転した現状からは想像できない 1959年の相模大野駅の姿は価値あるものですね。

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75. 100発100中 黄金の眼

1968年3月 東宝 製作 公開   カラー作品    監督 福田純

世界に一枚しかないサマンタ・ゴールドという希少金貨を、知らずにペンダントにして持つ斎藤ミツコ( 沢知美 )が箱根に向かうラリーに参加 出発しました。
国際刑事警察のアンドリュー星野( 宝田明 )と手塚竜太( 佐藤充 )は女殺し屋のルビー( 前田美波里 )と手を組み、悪漢ハッサン一味とこの金貨を手に入れようと競うアクション映画です。

手塚とルビーはミツコを追って、小田急ロマンスカーに乗り箱根を目指します。先ずミュージックホーンを鳴らしながら多摩川鉄橋を渡る NSE 3100形はこね号の姿が映ります。75-1.jpg

続いて車内では手塚とルビーが並んで座っていて、手塚がサマンタ・ゴールド金貨の謂われをルビーに説明しています。

その後ハッサン一味が車内に現れ、二人は脅され拘束されてしまいます。ルビーはトイレに行かせてほしいと頼み、トイレの中でチャンスをうかがいます。
列車が新松田駅に到着し発車寸前 ルビーは勢いよくトイレのドアを開け、見張りの男をはね飛ばしてホームへ降ります。その時ドアが閉まり、悔しがる一味を乗せたロマンスカーは発車して行きました。

このシーンを見ると、新松田駅へ到着するのは{さがみ}の看板を付けた改造後の SE 3000形ロマンスカーです。上りホームには大勢の人が待っていますので、平日の朝方の撮影と思われます。75-2.jpg

この頃 新松田に停車する特急は さがみ号だけで、平日午前中は 7:56 の第1さがみ号と 11:09 の第5さがみ号だけです。上りホームの様子からして、到着シーンは第1さがみ号の姿と思われます。

この SE 車は 1967年から1968年にかけて改造され、この時先頭形が所謂モスラの幼虫型となりました。それ故撮影されたのは、改造後間もない姿の SE車と思われます。
しかし車内でのシーンは NSE車であり、ルビーが飛び降りた後悪漢一味が車内から悔しがるシーンも NSE車です。更に遠ざかる特急の最後部は NSE車で{はこね号}なのです。

思うに 車内シーンは はこね号を使って行い、発進して行く NSE車内の一味が悔しがるシーンは小田原駅で撮り 更に新松田駅で去り行く はこね号に手を振るシーンを撮ったのでは?75-3.jpg

新松田駅停車の特急が SE3000形だけなので、この様な苦しい編集になってしまったのかもしれません。

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