日本映画の鉄道シーンを語る

日本映画における鉄道が登場する場面(特に昭和20~40年代の鉄道黄金期)を作品毎に解説するブログ

231. 今年の恋

1962年1月 松竹 製作 公開   監督 木下恵介

裕福だが冴えない高校生 山田光(田村正和)の兄 正(吉田輝雄)と、同級生 相川一郎(石川竜二)の姉 美加子(岡田茉莉子)のラブコメディ映画です。

序盤 横須賀線の 70系電車らしきが、大船工場の様な側線の多い横を走るシーンがあります。
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続いて 光は同級生らしき女子高生と車内で話しています。
次に横浜駅に到着する場面があって、
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10番線の東京急行電鉄 東横線ホームへ上がります。そして到着した 各停 渋谷行 5000系電車に乗り継ぎます。

横浜を出た 5000系4連は橋梁を渡ると、高架線を加速して爽快に走り抜けて行きます。
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車内で光は別の女友達と気だるげに話しています。
それから大きな鉄屋根が目立つ急カーブホームの白楽駅らしきへ到着し、光は下車して帰宅します。
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中盤 光が家出し、連絡を受けた美加子と一郎が翌日 光の家に向かいます。再度 東急 5000系4連が、東白楽~反町でしょうか高架線上を走行するシーンがあります。
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車内では美加子と並んで座る一郎が、居眠りして美加子に起こされています。

光は母親と死別して独身の父 良平(野々村潔)と付き合う清子(高森和子)が滞在する熱海に居ることを電話してきます。そこで良平の車に一郎が乗って熱海へ向かいます。
正は帰宅することにした美加子を、横浜駅まで車で送ることにします。しかし道中で口喧嘩となって怒った正は、横浜駅東口前の広場を無茶な高速で一周して更に桜木町方面へ走り続けます。
1928年落成の煉瓦風3代目駅舎の前を抜け、走り来る車や横浜市電の前面に強引に飛び出します。東海道を走る、横浜市電3系統の山元町行電車でしょうか。
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正は熱海まで行く気でしたが道中で次第に美加子と仲直りして、東京 銀座の美加子宅まで送ってあげたのでした。家に上って休んでいると、一郎から電話があって「皆で京都へ行き元旦に帰る」と告げるのです。
正は光を追って直ぐに京都へ行くことにします。美加子は取り残された感じでしたが、大晦日に父親の相川一作(三遊亭円遊)に焚き付けられて京都へ向かうのでした。

富士山をバックにした東海道本線 富士川橋梁を 151系特別急行列車が渡って行く姿に続き、
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日本髪姿で食堂車に座る美加子がいます。
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テーブルには白いティーカップが置かれ、正が家に忘れたライターを玩んでいます。このライターは女物なので初対面の時 同席していた女の物かと誤解していた美加子ですが、母親の形見の品と知って届けるののでした。






PS.

2004年に地下化された東急 東横線の横浜駅と高架線を走る旧 5000系の姿は、懐かしくもあり 5000系は あらためて先進性の高い名車であったと思います。

当時はメインの出入り口でもあった横浜駅東口の広場へ車で強引に右折して一周し、高速のまま再び国道1号線へ右折して市電の前に飛び出すシーンはアクション映画顔負けの迫力ですね。

車内シーンは何れもセット撮影の様ですが、最後の 151系食堂車の壁は変わった模様です。ちなみに当時の食堂車で紅茶は 40円でした。

大晦日に京都へ向かった美加子が乗った列車は、東京 13:00発の大阪行 5ㇾ特別急行はと号と思われ 18:58に京都へ到着します。そして知恩院で除夜の鐘を正と突いて、新年を二人で迎えるのでした。

  

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209.悪魔の囁き

1955年5月 新東宝 製作 公開   監督 内川清一郎

身代金受け取りに短波無線機に繋げたイヤホンで取引相手を操り、「囁く男」として世間を恐怖に陥れた誘拐犯による犯罪ミステリー・アクション映画です。

冒頭 娘を誘拐された父親が、取引場所の東京駅へとやって来ます。 地下鉄丸ノ内線の工事も始まっている丸の内口駅舎が映った後
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一転 未だ舗装されていない凸凹砂利道の八重洲口側へ大型外車が到着します。
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鞄と風呂敷包を持った金持ち風の男が車から前年完成したばかりの八重洲本屋へと入ると、刑事が待ち構えており 母親に依る通報と知るや男は怒り出し 事件は悲劇へと至るのでした。

ある日美術館の学芸員である平田哲夫(中山昭二)の恋人 久美陽子(筑紫あけみ)が誘拐されます。短波無線機のイヤホンから流れる「囁く男」の命令で、平田は宿直日に古美術の仏像を盗み出すのです。
明け方 鞄に入れて無線機を持ち タクシーに乗ると、「渋谷へ行け」と指令されます。都電が撤去された渋谷駅西口へ向かい 運転手が気付いて通報すると、パトカーの尾行が付く中「新橋へ向かえ」と指示されます。

続いては東急 3000系とすれ違うカットの後
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クロスシートが並ぶ電車内の
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進行窓側に平田が座り、周りを刑事が囲んで座り 平田はイヤホンを耳に次の指令を待っています。
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すると不気味な声で「その電車は 9:18発 桜木町行 準急 ダイヤ通り発車した筈だ 左の窓を開けよ 次の駅で注意!」とイヤホンから平田に指令が有りますが、周りの刑事には聞こえません。
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早春らしき時期なのに いきなり窓を全開にしたので 横に座る中塚刑事(舟橋元)が「どうしたんですか」と問うと、「息苦しいんですよ」と平田は汗を拭きながら誤魔化します。
自由が丘らしき高架区間を走り、跨線橋の有る田園調布駅らしき3番線も通過します。次駅のカットでは、ホーム端からトンネルへ入りました。形と様子から、代官山トンネルです。
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トンネルを抜けると平田の耳だけに、「陸橋を過ぎたら白い旗が立っている。それを見たら直に包を窓の外に投げろ 陽子のためだ 命令はこれで終わりだ」と聞こえてきます。
続いて鉄橋らしき上をを電車が走り出すと、平田はイヤホンを外したので中塚刑事が耳に付けますが何も聞こえません。左前方の堤防上には白いジープが停まり、傍らに立つ男が白い大きな旗を振っています。
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そして男は合図するかの様に旗を振り下ろしたので、平田は窓から鞄をいきなり投げました。男は鞄を拾うと走り始めたジープに飛び乗って、慌てる刑事達を横目に悠々 逃走したのでした。
逃走するジープの背後に特徴ある中原街道の丸子橋が映っているので、この場所は東急東横線 多摩川園前~新丸子の多摩川橋梁と思われます。
刑事達には全く予想外の展開で右往左往する中
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中塚刑事は「停めろ~停めろ~」と叫んで電車を急停止させただけです。
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平田は緊張が続いた受け渡しが済んで、無線機を抱えたままグッタリした様子です。

この映画の鉄道シーンは前半のここまでですが、その後平田は犯罪組織に引き込まれたフリをして逆襲し 意外な真犯人に辿り着く 印象深い作品です。







PS.

 東京急行電鉄 東横線でロケが行われた様ですが、「東京急行」の広告が下っている車内シーンはオールクロスシートなので車両は何を使ったのでしょうか?
 窓から外を注視し 合図で鞄を投げたのでクロスシート車両での撮影が必要ですが、あの当時 東急に存在したのか小生には分かりません。

 作中で平田達が乗った桜木町行 準急電車は、自由が丘・田園調布と通過しています。映画公開の前月に復活した当時速達の東横線急行でも、両駅は停車していましたからロケ用の貸切列車を走らせたのでしょうか。
 田園調布駅の先で代官山駅を通過したのは編集上の都合でしょう。

 それにしても身代金の受け取り方で有名な「天国と地獄」が公開される8年も前に、列車から投げ渡すアイデアの映画があったのは流石 新東宝映画ですね。
 只 投げ落とす鞄の中身が、札束ではなく 古美術品である点が・・・

 また独特の低く凄味のある(囁く男)の声を「ぶらり途中下車の旅」のナレーション等で有名で、5年前に亡くなられた滝口順平氏が当時 24歳で担当されていたのも驚きです。



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 62. 踏みはずした春

 1958年6月 日活 製作 公開     監督 鈴木清順

 非行少年少女の更生を手助けするBBS運動に参加したバス会社に勤める緑川奎子( 左幸子 )の奮闘と心の葛藤を描いた映画です。

 父親殺し未遂で少年院を出所した笠原信夫( 小林旭 )の担当になった奎子は、なかなか笠原と馴染めません。
 東急電鉄東横線 代官山駅を降りてきた奎子を笠原が追い駆けて来て、絡むシーンがあります。駅舎は1927年開業以来手が入っていないのでは?と思われる程くたびれた感じです。62-0.jpg


 駅出口からコンクリート舗装された急な下り坂道で二人は言い合いになり、笠原が奎子の腕を捻り上げますがハッとして再び駅に向かいます。
 ホームへ3000系電車が入って来ると、笠原が改札からのコンクリート製下り階段を急ぎ足で降りてきます。この駅も来週 渋谷~代官山の地下化により1989年以来二度目の変身を遂げます。

 続いて走行中のデハ3450形 ラストのデハ3499の前面中央の窓から上半身を出した笠原が、積もった鬱積を冷やすようにしているシーンがあります。62-3.jpg

 1936年川崎車両製で片隅式の運転台・非貫通であった時代の姿ゆえに、正面中央の窓ガラスを下し上半身を乗り出す様にして風に向かっています。

 その後この車両は全室運転台・正面貫通化に改造され1989年の旅客営業引退まで長きに渡って東急各線で活躍しました。更にその後も両運転台車であることから東急車両構内で入れ替え作業に従事しました。
 使用停止後 構内で保管されていましたが、解体されてしまう直前 劇的に保存会に引き取られ現在では群馬県前橋市々内で余生を送っています。

 なかなか更生の糸口を見い出せない笠原に、渋谷の銀座線車庫横の道で説得する奎子の場面もあります。まだ砂利道の時代で、急な下り坂が渋谷駅方向に延びています。
二人の背後に停車しているのは1938年東京高速鉄道として表参道~虎ノ門で初開業した時製造された100形と思われます。
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別れ際、右端に1500形と思われる車両も単独で映っています。

 今では渋谷マークシティビルに飲み込まれた感じのこの場所は{43.泥だらけの純情}でも既述しましたが、この作品を始め1965年日活作の{青春前期 青い果実}でも登場しています。

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 43.泥だらけの純情

 1963年2月 日活 配給 公開    カラー作品     監督 中平 康

 外交官の娘 樺山真美(吉永小百合)と街のダニ、チンピラ次郎(浜田光男)の悲恋青春映画です。

 
 地下鉄銀座線渋谷駅西側の車庫沿いの坂道を降りて行く次郎。坂下の渋谷駅方面から塚田組長の娘 和枝(和泉雅子)が上って来て挨拶するが次郎は無視します。車庫との境には胸位の高さの壁しかなく内側が良く見えます。
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 当時はまだ開業時の 1000形 1100形が活躍し、戦後生まれの 1200形 1300形と共に昼下がりの渋谷車庫に休む姿が映っています。現在この車庫は縮小し、その上に渋谷マークシティビルが乗っている感じで全く様子が変わっています。
 またこの場所はよく撮影地に使われ、日活でも 1958年製作の{ 踏みはずした春 監督 鈴木背順 }や 1965年製作の{ 青春前期 青い果実 監督 堀也清 }の中に銀座線車両と共に登場しています。

 ムシャクシャする次郎は横須賀線 70系電車の
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一等車に踏ん反り返っているところに和枝がやってきます。一等車とはいっても固定式クロスシートであり、枕部分に白布が付いている程度です。
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 街でカツアゲされていた女子高生の真美たちは次郎に助けられたことから真美と次郎のツキアイが始まります。初デートの最後 東急東横線 渋谷駅での別れ際に鉄道シーンがあります。
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 次郎が売店で50円のピーナッツを買い、半分を真美の手袋に分けます。発車ベルが鳴り、桜木町行 青ガエル5000系電車に真美が乗り 出発して行きました。5000系は 1954年10月登場した高性能電車でした。
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 この映画が撮影された当時渋谷駅は改造工事中で、木造の仮設ホームでの見送りシーンでした。その後東急渋谷駅は 1964年春 三年間に及ぶ大工事を終え現在の姿になりました

 次郎が日暮里駅 常磐線ホームへ跨線橋から降りていくと、チンドン屋のおばさん(武智豊子)がいます。後方には京浜東北線の 72系でしょうか到着する旧国電が映っています。
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 そして駆け落ち先で真美は「ねえ 雪だるまをこさえに行きません」と言い出し、次のシーンは信越本線田口駅に到着するD50315 牽引の列車が映ります。
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 田口駅は 1969年10月より現在の 妙高高原駅と改称された駅で、かつては特急、急行の停車駅であり上野行 急行妙高号の始発駅になった列車もありました。

 この映画撮影少し後 1963年6月信越本線は軽井沢~長野が電化されましたが、長野~直江津は 1966年10月なので当時はまだ蒸機天国。客貨共D51とD50が牽引していました。
大勢のスキーヤーと共に田口駅から出てきた二人は駅前から赤倉温泉行バスに乗り、悲しい結末に突き進んでゆくのでした・・・

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