日本映画の鉄道シーンを語る

日本映画における鉄道が登場する場面(特に昭和20~40年代の鉄道黄金期)を作品毎に解説するブログ

225. 彼岸花  

1958年9月 松竹 製作 公開  カラー作品   監督 小津安二郎

商社重役の平山渉(佐分利信)は旧友の娘の行動には寛容なのに 自分の娘 節子(有馬稲子)には自説を押し付け孤立しますが、娘の幸せを優先する様に変わっていく姿を描くホームドラマです。

この作品の鉄道シーンは冒頭と最後に有ります。冒頭 今となっては懐かしい台形頭の東京駅丸の内駅舎が映り、横須賀線 70系電車らしきが停車しています。
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続いて湘南電車発着の 12番線で 15:21発 沼津・伊東行普通二三等列車 15両編成 833ㇾの案内板が映りますが、直ぐにパタパタが動いて白地になり 発車して行った様です。
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ホームには今出た電車で熱海方面へ向かった新婚の二人を見送った披露宴の列席者が残り、余韻に浸った様に話をしています。
そのホームのベンチには二人の清掃担当の職員が休憩なのか座り、新婚旅行に出掛ける花嫁さんの勝手な品定めをしています。
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一人が「風が強くなる様だな」と言って、柱に掲示された強風注意の鉄道気象告知板が映ります。
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平山が節子の見合い話を進めていたある日 勤務先へ谷口正彦(佐田啓二)が訪ねて来て、節子との結婚承認を願い出ます。妻の清子(田中絹代)も初耳で、平山は怒って節子に禁足令を出すしまつ。
谷口に会った清子や次女の久子(桑野みゆき)は賛成派で、平山は家族の中で孤立する一方です。更に京都の知り合いの娘 佐々木幸子(山本富士子)の策略で平山は追い詰められます。

更に先日 結婚式に出た親友の河合利彦(中村伸郎)から、奥さんから頼まれた節子たちの仲人を引き受けたことを聞かされます。
結婚式の前夜 平山が白手袋と靴下を買ってきたのを見た清子は、「明日の結婚式に出てくださるのね」と念を押し 二階にいる節子に報告するのでした。

平山は結婚式の後 暫くして愛知県の蒲郡で同窓会があり その帰りに京都の佐々木家に寄ると、幸子母娘から広島の新居に是非寄る様に説得されて 強引に承諾させられます。
翌朝 特別急行かもめ号の二等車席に
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平山が座っています。8:30 に始発の京都駅を出た直後の様で、車内はガラガラです。デッキから白い上着を着た列車給仕が現れたので、手を挙げて呼び寄せます。
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そして節子宅へ 14:18 広島に着く旨の電報を依頼します。列車給仕(須賀不二夫)が書きとめ
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「大阪でお打ちします」と言って前方へ行くと、「青葉茂れる・・・♪」と小声で歌いだす平山です。
当時の電報料金は市外だと 10字まで 60円で、5字増す毎にプラス 10円なので 80円 至急電報扱いは倍額なので 160円と思われます。列車給仕はこの様に電報代行サービスも行っていました。

続いて EF 58形電機を先頭に淀川らしき大河を渡る 特別急行かもめ号の全景が、鮮やかなテールマークが小さくなる迄映され エンドマークとなります。
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1953年3月より運行開始された山陽特急かもめ号は京都~博多を結び、この年 1958年4月の姫路電化より京都~姫路の牽引機が C59 形等の蒸機から EF58 形電機に変更されました。
   





PS .

 谷口の広島転勤引っ越しの手伝いに行って来た久子は、「明日 谷口さんが 18:30の あさかぜで広島へ行くので、私も見送りに行く」と告げます。
若い谷口が広島へ行くのに当時は敷居の高い特別急行列車を使う? 漠然と不思議に思います。でも会社で転勤の挨拶をしても 18:30発の あさかぜ なら間に合い、同僚の見送りも受けられそうです。

そして広島には翌朝 7時過ぎの到着なので、そのまま着任の挨拶にも出社できて合理的であり ナハ10形三等座席車も連結されている あさかぜ号を利用したと思われます。
この映画公開の翌月に あさかぜ号はオール冷暖房完備の 20系化されたので、暑い時期の転勤で苦労したであろう谷口は後日 悔しい思いをしたことでしょう。
一般的な直通急行列車を使うと あさかぜ号の前は、13:30発長崎行 39ㇾ雲仙号となり 広島到着も朝 5時頃で早過ぎます。更に後続の博多行 41ㇾ急行筑紫号だと、20:30の発車で到着は午後1時半なので納得ですね。

 特急かもめ号は需要見通しから昼行特急列車の象徴である一等展望車は連結されず、特ロ車両のスロ54形二等車を4両連結しました。しかし本編の様にガラガラの日もあり、一年も経たずに3両に減らされます。
1958年の利用調査でも二等車は6割程で、東海道本線の つばめ号の様に高くありません。本編では利用者が多く乗車する前の京都~大阪の車内なので、セット撮影としてもガラガラ状態としたのでしょう。

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223.警視庁物語 深夜便130列車

1960年1月 東映 製作 公開   監督 飯塚増一

東京の汐留貨物駅で差出・受取人不明の事故扱いのトランクから絞殺体が発見され、荷物の発送人を割り出す警察の捜査過程を丹念に描くシリーズ第12弾の刑事もの映画です。

トランクが大阪から発送された物なので、警視庁愛宕署の長田部長刑事(掘雄二)と林刑事(花沢徳衛)・金子刑事(山本麟一)の大阪出張が決まります。
東京駅のホームで長田は息子の正雄(住田知仁→風間杜夫)から荷物を受け取り
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急行月光に乗る二人と合流します。そこへ山形刑事が駆け付け、被害者の検視結果を知らせて見送ります。
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3人が乗った 17ㇾ急行 月光は 21:45東京を発ち、終着 大阪へは 8:24に着きます。14両編成中 6両の3等座席車が有り、3人は固い座席で10時間半余りを過ごしたのでした。

その後の捜査でトランクは東京の隅田川貨物駅へ軽三輪で持ち込まれた物で、大阪の梅田貨物駅で受け取られ更に天王寺駅から汐留へと送られたことが分かります。
軽三輪運送の運転手から発送人の家が判明し、駆け付けると既にアパート二階の部屋は引き払われていた。しかし一階のおかみ(菅井きん)から引き払った男は、吉村春夫(小嶋一郎)と分かります。
この聞き込みの時、背後の築堤上をC57形蒸機牽引の列車が通過します。常磐線を走る各停か、当時4本あった我孫子経由の成田行と思われます。
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また友人関係の聞き込みでは国鉄田端機関区へ行き
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9600形蒸機の 79659の前で話を聞く場面もあります。
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被害者の眼から発見されたコンタクトレンズから身元が判明し、吉村が殺害後に貯金の大半を引き出して九州出身のダンサー花山あや子(小宮光江)と高飛びを図っていることを掴みます。
あや子の身柄を確保して所持品の切符から、東京 21:30発の博多行 41ㇾ急行筑紫に乗ろうとしていたことが分かります。
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更にあや子は「吉村は熱海から乗車して合流する計画だった」と話します。

既に 41ㇾの熱海発車時刻 23:32を過ぎているので次の停車駅 沼津から公安官に乗ってもらい、あや子所持の切符の裏番号 1845の前後を所持している若い男を確保する様に依頼します。

浜松機関区所属の EF5842電機が急行筑紫を牽いて沼津駅に到着するシーンがあり
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3人の公安官が乗り込み車掌に切符の捜査依頼をします。
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ところが暫らくして後番号の 1846を所持している中年男しか見付からないとの連絡が入ります。あや子が乗っていないと分かった吉村が、沼津で途中下車して東京行に乗り換えたと想像します。

41ㇾの沼津到着は 23:53で上り東京行 130ㇾが 2:20に沼津を出ます。そこで大船駅へ車を飛ばし、4:01に発車の 130ㇾに乗り込んで吉村を捜すことにします。
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沼津から乗って終着の東京まで乗った男は二人で、その内の一人が到着と同時に走って逃げだしました。
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しかしホームには待ち構えていた刑事も居て、忽ち取り押さえられてしまいました。
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221. 足にさわった女

1952年11月 東宝 製作 公開   監督 市川崑

休暇で東京へ向かう大阪の刑事 北五平太(池部良)と女スリの塩沢さや(越路吹雪)が上り特急列車に乗り合わせ、小説家も絡んだ珍道中を描くラブ・コメディ映画です。
1926年 日活作のリメイク作品であり、1960年にも大映で再度リメイクされています。

序盤 EF57形電機が牽く列車が映り、(大阪発東京行 特急)とテロップが入ります。
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続いて 食堂車で小説家 坂々安古(山村聡)と出版社々員が、ビールとツマミを並べたテーブルを挟んで 古来 美人の泥棒は存在しない等と話をしています。
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その話を通路を挟んだ向かいのテーブルで聞いた北は、イスを持って移動してその論争に加わり「美人の泥棒は実在します」「この汽車に乗っているかもしれない」と話すのでした。
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特別二等車内では新聞を読む岡田六右衛門(見明凡太郎)の足に、向かいの席に座る女の組んだ足先が揺れる拍子に触って気になります。相手は若い美人なので、鼻の下も伸びています。
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回転式リクライニングシートなのに何故か向い合せにして お互い足を組んでいるのでトイレに立つにも不便なのですが、不自然でもこうしないと話が展開しないのです。
7号車が特ロの列車は 32ㇾ急行阿蘇が該当しますが、セットか特別二等車を使っての撮影と思われます。
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さやは弟分の野呂(伊藤雄之助)と示し合わせて車内灯を操作し、トンネルに入っても点灯せず真っ暗です。その間に岡田から財布をスリ取って、EF57電機牽引の列車が名古見(架空駅)到着と共に逃走します。
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他にも車内ではスリ被害の男がいたので、北は動き出した列車から飛び降りて急ぎ改札口へ向かいました。ホームにある便所横で野呂がさやの荷物を抱えています。どうやら中で着換えている様です。
野呂の背後には、電車らしきが停車しています。この名古見駅場面は 三島駅を使ってロケが行われたそうなので、駿豆鉄道本線(現 伊豆箱根鉄道駿豆線)の電車の様です。
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改札の外へ出た北ですが、さやの姿はありません。ホームを見ると、東京行普通列車に乗り込む女の後ろ姿が見えます。
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そこで強引に改札を突破して、連絡地下道を通らずに線路を斜めに走り抜ける北でした。
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後ろから改札の駅員が追い駆けて来ますが、素早くホームに上った北は東京行列車の最後部デッキに飛び乗ったのでした。
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前方の窓からは、野呂がこの様子を見ていて落胆しています。
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北は車内の便所で、農婦に変装した さやを見付けます。スリを否定する さやからは 故郷の下田へ行って、両親の法事を盛大に行って父親をスパイ容疑で追い詰めた親類の鼻を明かす計画を聞きます。
暫くすると車掌室の前で、スリ騒動が起きてます。北が車掌室に入ると、腹痛を起こして運ばれたという さやが椅子に寝ています。この女がスリだという説明を、富士川橋梁通過の騒音の中でします。
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さやは隙を見て男からスリ取った財布を窓から捨てますが、お札も風に飛ばしてしまいます。そしてスリの疑いを裸になって晴らすからと、車掌室で北に確認をさせるのでした。

列車が原駅(劇中の駅名は浜駅)に到着すると、
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大きな風呂敷包を持った老婆(三好栄子)が乗って来ます。さやは野呂が座っていた席を譲ったり、親切に接してあげます。
その時突然列車が急停車します。
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車掌が前方に走って行き「線路が故障したので隣の田子の浦駅まで歩いて下さい」と告げたので、
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皆唖然としながらも 暑い中 線路上を歩いて行きます。

途中からは老婆をさやが背負い、北が風呂敷包を持って歩きます。
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更に北とさやは交代して老婆を背負い、漸く東田子の浦駅へ皆が到着することができました。
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このロケは実際 東海道本線 鈴川(現 吉原)~東田子の浦の線路上で行われたそうで、国鉄職員が付き添って通過列車の間合いを見計らって撮影した様です。多人数なだけに、現在では不可能でしょう。

井戸水を飲んだりして待つと、電機に牽かれた列車が到着します。皆が急いで乗り込むと、さやが時計をデッキから落としてしまったと北に告げます。それを聞いた北は、デッキから身を乗り出して捜します。
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更に線路に降りて、レールの内側を覗いて遂には客車の下に潜り込んで時計を捜します。
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その時 電機の汽笛が鳴り、ゆっくりと列車が動き出しました。北は慌てずレールの間に身を伏せて、列車をやり過ごしました。
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この場面 最低地上高の高い旧形客車とはいえ 池部良 本人が挑んだスタントだそうで、三島駅構内に用意された3両の客車を使って色々な角度からスマートに撮影されています。
北の頭上を通過した列車は、加速しながら走り去って行きました。
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さやに騙され 東田子の浦駅に取り残された北は、思案に暮れますが財布が無いことに気付いて更に怒りが増します。
しかし北の財布を掏ったのは背負われた時の老婆であり、さやも法事の費用を全額を掏られたのでした。
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その後 熱海と下田で一騒動あり、さやは人生を清算するつもりで北の目の前で万引きをして捕まえてもらいます。そして大阪へ向かう列車の三等車には、北とさやが仲良く並んで座っています。
前の席の男が持つ新聞には(明日からの連載小説 女掏摸 坂々安古)と告示されているのを見た北は呆れた様子です。さやが足を組もうとして北の足に当ると、北はさやの足を引っ叩きました。
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それでさやは、足を縮めて大人しくする様です。さやが行く末を心配すると 北は「僕は未だ刑事を辞める決心がつかない」と言うので、二人の将来に希望は持てる様です。


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218.殺人容疑者

1952年8月 電通DFプロ 製作  新東宝 配給 公開

殺人事件の捜査過程を警察の協力の元 愛宕署を使うなどオールロケによって撮影され、ドキュメンタリータッチで描かれた緊迫感あふれる映画です。

冒頭 帝都高速度交通営団 銀座線 渋谷車両工場脇の道で殺人事件が起きて、警視庁による捜査が始まります。この場所は他社作品にも、この後度々登場する有名なロケ地です。
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遠く東横百貨店を臨み そこから延びる銀座線の留置線には、東京高速鉄道由来の 100形や東京地下鉄道由来の 1000形車両が休んでいます。
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中盤 事件の容疑者として 兼田(纓片達雄)が浮かび上がり、中沢刑事(石島房太郎)と豊田刑事(土屋嘉男)が有楽町駅付近で兼田を追い掛ける場面があります。
銀座七丁目の東海道本線と外堀に沿った道から疾走追跡が始まり、山手線か京浜線の 30系国電らしきが停車する有楽町駅を過ぎて迫力ある街頭追跡シーンが続きます。
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その後 木村(丹波正三郎)を長とする会社ぐるみで行われた犯行との容疑が固まり、逃亡を図る木村を沢刑事(沢彰謙)が追跡する場面でも鉄道シーンがあります。
東京駅へ向かった木村は、東海道本線の下り列車に乗ります。旧型のEF58形電機らしき走行シーンが先ず映り、
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白カバーの無い二等車内に座る木村を後方から沢が見張っています。
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刑事の尾行を察知した木村は、座席上に帽子と上着を掛けてトイレに行くフリをして移動します。
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トイレから隙を見てデッキへ移動し、列車が横浜駅へ到着しかかった所で飛び降り 逃走します。
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木村が飛び降りた列車は、二等車が3両連なっています。この当時 昼行で3連二等車の編成があるのは、33ㇾ急行きりしま号と 35ㇾ急行雲仙号で 時間帯から 35ㇾを使ってのロケと思われます。

指名手配された木村は都内に戻りますが、泊ったホテルで拳銃を見られて再び逃走します。山手線 72系電車らしきが映った後
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田町の札の辻陸橋付近に移動した所で見付かり、刑事を撃って更に逃走します。
横川橋梁の工場があった辺りから東海道本線下り線を越えて東京機関区内を抜けた様です。70系電車が停まる田町電車区内で見付かり、豊田刑事達に追われて線路内を走って逃げる木村です。
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更に通過電車の直前を横切って逃走し 排水溝に隠れますが、豊田刑事に見付かり 包囲されて札の辻橋の下で逮捕されます。通過列車の大変多い場所でのロケで、現在ではとても無理でしょう。




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216. 爆弾を抱く女怪盗

1960年2月 新東宝 製作 公開   監督 土居通芳

終戦直後の中国で父親の財産を社員の立花竜太郎(沼田曜一)に横領された三ノ宮雅子(高倉みゆき)が、元執事達と一緒に復讐を図るアクション映画です。

序盤 蒸機の汽笛らしきが聞こえるが、電機が牽く旧客列車の走行シーンが先ずあります。
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続いて 夜の東海道本線を下る急行列車の二等車内を、鉄道公安官 朝倉伸男(菅原文太)が巡回しています。
殆どの乗客は寝静まっていて、走行音と朝倉の靴音だけが聞こえています。例によって新東宝独特の客車内セットでの撮影で、肘掛と枕に白カバーを掛けて 二等車に仕立てています。

朝倉がデッキへと出て行った後 雅子の指示で佐伯慶一(九重京司)と島崎譲司(御木本伸介)が、寝ている吉沢文雄(岬洋二)の手元から鞄を そっと抜き取ります。
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その時突然 ドアが開き 朝倉が現れ 逃げる二人を追い掛けますが、雅子が立ち塞がって「あんなのを捕まえたって何にもなりゃしませんよ」と言って朝倉の手を掴みました。

鞄は雅子の席に投げ捨てて行ったので吉沢の元に戻り、雅子は専務車掌室に連行されます。
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ところが室内で朝倉は麻酔薬を嗅がされ、雅子に逃げられる失態を演じてしまうのです。
続いて 汽笛と共に列車は、(赤澤隧道)と記されたトンネルに入ります。入口が洞門形であることから、東海道本線 根府川~真鶴に 1972年迄あった旧線の赤沢トンネルと思われます。
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後半 立花の組織に潜入していた佐伯の娘 星野久美(三条魔子)は聞き耳を立てていたのがバレ、急いで事務所から逃走しますが 河島高光(渡辺高光)に追い掛けられます。
そして遮断機の閉まった踏切を強引に潜って更に逃げますが、河島は京浜急行電鉄 デハ600形 601浦賀行電車が接近していたので通過する迄 待つことになりました。
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PS.
 本作は国鉄の3等級制末期に製作されたので、シートに白カバーを掛けて並ロ二等車に仕立てています。1958年に並ロは急行列車の二等車から外され、全て旧特ロシートになったので少々苦しい設定です。
新東宝映画では このセットを使って車内シーンの撮影をしていました。当ブログでは(51.黄線地帯)(91.女死刑囚の脱獄)でもこのセットが使われた様子を見ることができます。

京急デハ600形 601は 1953年製で、クハ650形 651と組んで2連運行でした。500形に続く当時流行の正面2枚窓の湘南形で、本編では浦賀行の先頭で走っています。
その後 1965年に中間車サハ480形 492へと改造され、他の初代 600 ・400形と共に4連を組んで 400形へと改番されました。そして晩年は支線で活躍しましたが、1983年までに全廃されています。

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207.ゆがんだ月

1959年7月 日活 製作 公開   監督 松尾昭典

ヤクザ組織の若い組員 桂木正夫(長門裕之)が組織内の抗争に巻き込まれ、正義を通したことから追っ手の恐怖に直面するサスペンス映画です。

桂木の兄貴分 米山辰吉(高原駿雄)が組幹部の立石純平(梅野泰靖)に射殺され、チンピラの五郎(神戸瓢介)が生田警察署に身代り出頭する場面で先ず神戸市電10系統 900形 910が登場します。
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米山の組葬に出席する為、東京から妹の米山文枝(芦川いづみ)が神戸にやって来ます。神戸駅5番線に EF58電機が荷物車・二等車・二等車・・・と帯付が連なる列車を牽引して到着します。
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構内に「次の上り急行は 8:37発東京行です」と放送が流れているので、5番線に到着の列車は 7:57終着である 15ㇾ急行銀河と思われ 次の上り急行とは長崎始発の 34ㇾ急行雲仙 東京行です。
そして降車口から降りてきた文枝を立花組の二人が出迎え、外車で葬儀会場の寺まで送り届けます。神戸駅前を車が出る場面では、神戸市電 3系統 須磨駅行の電車が見えます。
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文枝の接待と神戸の案内を任された桂木は、六甲見物へ向かうべく摩耶鋼索鉄道に乗ります。途中で山を下る対向車とすれ違う辺りで、桂木は車内で文枝に米山射殺の真相を口走ります。
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続いて日東新聞神戸支局に社会部記者の木元明(大坂志郎)を尋ね、支局屋上で事件の真相を打ち明けるのです。背後には急行列車らしき、帯付の車両が連なる列車が走り抜けて行きます。

スクープを頂戴した木元記者は桂木の身の安全の為、東京本社にいる兄 木元宏(大坂志郎の二役)に桂木の潜伏先を依頼して東京への逃亡を勧めます。
桂木が東京へと逃亡した場面では、新橋~有楽町の東京高速道路沿いを走る 特急用青大将塗装の EF58電機牽引 上り東京行と思われるヘッドマーク付 特別急行列車が映ります。
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この道路は(205.銀座の恋の物語)でも記した様に この映画公開の一か月前に開通したばかりの自動車専用道で、走行しているのはマツダT1100 三輪車と思われます。
このマツダ三輪車走行中の影の様子から、午前中でのロケと思われます。当時午前中に東京駅に到着する特急列車は既に 20系ブルートレイン化された あさかぜ号を除くと、9:30着 鹿児島からの 10ㇾはやぶさ号と 11:10着 長崎からの 6ㇾ平和号でした。

桂木は荒川区の白髭橋近くの円筒形ガスタンクが見える南千住町辺りにある文枝宅へ招かれ行くと、童謡「赤とんぼ」の口笛が聞こえて来て 追手がやって来たことを悟ります。
文枝宅から慌てて離れた桂木は、口笛が聞こえたことから走って高架線下を潜り 跨線橋まで来て背後を振り返りながら逃走します。
ここで高架線と並行する地平線を C58 150蒸機牽引の列車が、猛然と黒煙を吹き上げながら通過して行きます。桂木は煤煙に包まれながら跨線橋を駆け上がり、追っ手を気にしながら歩みます。
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高架線は電化されていて、地平線を佐倉区の C58が走るこのロケ地は何処でしょうか。想像するに高架線が常磐線で、C58は田端方面から貨物線を隅田川貨物駅へ向かう列車では?と仮定します。

木元の手配で下町のアパートに住み始めた桂木はバーテンの職に就き、大阪から恋人の江田奈美子(南田洋子)もやって来て同居したので一安心でした。しかしその後も次第に追っ手が迫り来る恐怖に苛まれてくるのでした・・・。

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200. 点と線

1958年11月 東映 製作 公開  カラー作品   監督 小林恒夫

産工省 課長補佐 佐山憲一(成瀬昌彦)と料亭の女中 お時(小宮光江)が心中したと思われた二人の死に疑問を感じた二人の刑事が、何重にも構築されたアリバイを粘り強い捜査で崩してゆく様を描いたサスペンス映画です。

九州 博多に近い香椎の海岸で発見された男女の遺体は 状況から心中死と判断されましたが、地元暑の鳥飼重太郎(加藤嘉)と警視庁の三原紀一(南廣)は佐山が所持していた食堂車の領収書に1人様と記載されていることから疑問を感じます。
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お時の遺体確認に来た同僚の八重子(月丘千秋)からは、東京駅で佐山とお時が博多行の列車 特急あさかぜ号に乗る所を目撃した話しを聞き出します。18:30発車の7ㇾにそのまま乗ってると翌日 11:55に博多に到着です。
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お客さんの見送りに とみ子(光岡早苗)と東京駅へ行った折り 横須賀線 13番ホームから 15番線に停車している あさかぜ号へ乗り込む二人を発見し、見送りの後 15番線へと行って乗車した様子を確認したと言います。
三等車である4号車の横を二人並んで歩き、特別2等車と標示された5号車のデッキから車内へ乗り込みます。実際には特ロは8号車だったのですが、ブルートレイン化される前なので雰囲気は同様でしょう。
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鳥飼刑事は、三原を駅から心中現場へと案内します。先ず国鉄 鹿児島本線 香椎駅へ到着するC58形蒸機重連牽引列車が映った後、
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香椎駅舎をバックに 21:24着の汽車から降りた二人の目撃者である果物屋の主人の店前を通ります。
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続いて踏切を渡ると、「あれが西鉄香椎駅です」と駅前に案内します。
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ここでもあの晩に二人を目撃した男が居ることを告げ、21:35着の電車から降りた自分を追い越す二人を見たそうです。

ここまでのロケ事情を小林監督は、映画公開後 原作が連載された月刊 旅・1959年2月号に寄稿しています。それに依ると監督は九州の現地でロケハンし 撮影機材を荷造りしたが、日程などの事情から現地ロケを断念したそうです。
そこで香椎海岸の場面は横須賀 走水海岸で行い、国鉄 香椎駅は総武本線 佐倉駅・西鉄香椎駅は西武鉄道 東伏見駅を使ってロケが行われたそうです。当時の西鉄電車と西武電車の塗色が似ていたからでしょうか。
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国鉄 香椎駅ホームのシーンでは、佐倉機関区の給水塔が映っています。西鉄香椎駅とした東伏見駅では鳥飼と三原が渡る踏切が駅前なのに、この当時は警報機も無い第四種踏切とは驚きです。
311系・401系電車が走る駅前では、西鉄香椎駅を模して派手に装飾しています。更に後半の検証場面で映る夜の西鉄香椎駅 改札口シーンでは、上部から吊るされた時計に西鉄の社紋まで入れている凝りようです。
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また東京駅での撮影では 23:00頃より国鉄の協力の元 300人のエキストラを動員して、翌朝 4:30のリミット時刻ギリギリで 13番線から 15番線のあさかぜに乗り込む二人を見通して 確認直後に横須賀線電車が前を遮る場面の撮影を終了したそうです。

九州から帰京した三原が、
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東京駅で聞き込みする場面が続きます。助役(潮健児)に職員用ホーム別時刻表を見てもらい、13番線から4分間だけ 15番線に停車中の あさかぜを見通せることを確認します。
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撮影が 1957年10月の時刻改正後だったので横須賀線の時刻が変わり、17:57から 18:01までの4分間ではなく 17:55に 1703ㇾが発車後 17:59に 1600ㇾが到着するまでの4分間であることが画面から読めます。

また 15番線の7ㇾ特急あさかぜ号は 回5007ㇾで 17:49に入線し、41分後の 18:30に発車します。その間の 14番線は 回5341ㇾで 18:05に入線した静岡行 341ㇾが 18:35に発車するまで塞がっていることが見てとれます。
なお 1956年11月改正で登場した あさかぜ号は、同年の時刻表 12月号では 14番線からの発車と記載されています。これが 12月の繁忙期に 15番線発車に替り 12番線を使っていた 341ㇾが 14番線に変更されたので、有名な「4分間の偶然」が生まれた様です。

三原は甘味喫茶へ八重子・とみ子を呼び出し、再度詳しく東京駅でのことを聞きました。すると先に佐山と お時に気付いたのは、見送り相手の安田辰郎(山形勲)であったことが分かります。
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そこで安田のところへ行くと、心中事件当夜 安田は北海道出張に出発して上野から乗った夜行急行十和田の車中にいたと話します。その後急行まりもで札幌へ向かう車内では、産工省の石田部長に会ったと付け加えるのです。

三原は安田の行動を確認すべく、同僚と共に急行十和田に乗って札幌までの足取を追います。しかし行く所・行く所 唯々安田のアリバイが証明されるばかりです。
先のロケ事情に依ると 急行十和田が驀進する様子を尾久機関区でC62形蒸機で白煙を噴出すシーンにフィルターを掛けて夜間・黒煙を噴出するシーンで朝方を表現して、浅虫付近での実車走行シーンを加えたそうです。
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C62は上野~仙台の担当で 仙台~青森の本務機であるC61形蒸機が尾久には無いので、ナンバープレート右側に時刻表をラップさせる様に編集した模様です。
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唯 函館からの急行まりも号がD51牽引とは・・・(アカシヤ号に非ず)
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当時の時刻表で見ると、上野 19:15ー(205ㇾ急行十和田)ー9:09 青森 9:50ー(青函連絡船17便)ー14:20 函館 14:50ー(7ㇾ急行まりも)ー 20:34 札幌 と所用25時間19分の長旅です。

終盤 あさかぜ号から熱海で お時が下車したことを掴んだ警察は、5日間潜伏した旅館海風荘へ聞き込みに向かいます。その際先ず 80系湘南電車がクモユニ81を先頭に登場します。
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PS.200回記念号は皆様の予想通り、鉄道シーンの有る映画と聞いて誰もが思い浮かべる「点と線」でした。前々号より松本清張原作品が続いたことから分かったと思います。
 プロ野球オフ期間だけ書いてみようと始めたブログですが、皆様のメール応援等に励まされ200回に辿り着いたのは感慨無量であります。

 昨年9月より諸般の事情により二週毎の更新に変えましたが、まだまだ紹介したい作品が山とありますのでカラー作品が少なくなる以外続けてまいります。

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195.その人は遠く

1963年10月  日活 製作 公開   監督 堀池清

受験生 岡田量介(山内賢)と母 久子(小夜福子)で住む家に、遠縁の細川奈津子(芦川いづみ)が同居したことから始まった二人の心の葛藤を描く青春映画です。

岡田と奈津子はお互いほのかな好意をもっていましたが、奈津子は親戚の世話で大阪の大学教授 大沢茂好(井上昭文)と結婚します。
そして大学生となった岡田は夏休みに奈津子から招かれ、大阪へと遊びに行きます。先ず東京機関区の EF58105が映った後、
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根府川橋梁を渡る東海道本線下り列車が映ります。
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最初は平穏だった夫婦ですが、その後 大沢が大学を辞め 奈津子の親の遺産金を投資に使って失敗するなど不誠実な行動の為 遂に奈津子は離婚を決意します。
奈津子が大阪に見切りをつけて岡田の元へ上京する折に、153系電車急行なにわ号の走行シーンがあります。
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でも走行音は客車列車ので、アフレコを付けるにしても・・・

岡田の地元である東急電鉄田園調布駅から岡田が降りてくると、
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駅前で待っていた奈津子に気付きます。二人は多摩川を見下ろす多摩川台公園へ移動すると、奈津子が九州で教員になることを告げます。
遠く多摩川に架かる鉄橋を形式不明の3両編成電車が渡っています。当時の東横線は5両編成電車が大半だったので、目蒲線車両の検査か改造等を元住吉検車区で行う為の回送運行でしょうか。

岡田と井波恵以子(和泉雅子)の様子を見て、奈津子は岡田への好意を封印して九州へ旅立つ決意をします。奈津子が出発する日、岡田と恵以子は東京駅へと駆け付けます。
列車の出る14番線への階段を二人が駆け上がる途中から「急行雲仙・西海 長崎・佐世保行」と発車案内の放送が行われていますが、奈津子が何処にいるのか右往左往するも見当たりません。
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佐世保行のサボを架けた 10系急行が動き出し 段々加速してゆくので焦っていると、7号車のデッキに奈津子が微笑みながら立っているのが見えました。
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そして二人の前に来るとニッコリ右手でOKサインを出して通過して行きました。
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二人は唖然としながら手を振りお辞儀をするしかなく、去り行く奈津子の乗る列車を見送るのでした。
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奈津子はその後もデッキの扉を閉めることなく、東京での色々な思い出を振り返っている様で様々な表情を見せます。ラストは列車が鉄橋を渡るシーンでエンドマークですが、ここは酒匂川橋梁の様に見えます。
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奈津子が乗ったのは東京駅 12:30発の 33ㇾ急行雲仙・西海号で、1号車~6号車が佐世保行 西海号・7号車~12号車が長崎行 雲仙号(12号車は東京~下関)と肥前山口まで併結運転の列車です。
したがって作中の編集では西海号に乗った様に思えますが、7号車なので長崎行の雲仙号に乗車したようです。すぐ隣の6号車デッキでは、車掌さんが前方を見て安全確認をしている様です。

しかしOKサインを出したシーンの次のカットでは、車掌さんが立っていた所に外国人風の男が立っています。また恵以子がお辞儀しているカットの背後の時計は 11:44を指しています。
更に二人がホームへ上がるシーンでは、隣の 15番線に定時では 33ㇾ発車時には存在しないブルートレインが停まっています。またホームにいる人々は、次に 14番線から出る列車を待っているようです。

この辺りのロケ事情を推察してみますと、二人が階段を駆け上がって来たのは 12:30と思われます。次のカットは 11:30で この時 14番線から 335ㇾ各停 名古屋行列車が発車するので、この列車でリハーサルを行ったのでしょう。
隣の 15番線に停車しているのは 11:30着の 8ㇾ特別急行みずほ号です。奈津子役の芦川いづみさんは 335ㇾで次の新橋駅にて下車して戻り、本番の急行に乗ってのロケで監督のOKを獲得したのではと推察します。

奈津子のOKサインの次のカットで車掌さんが外国人に替っていますが、335ㇾでリハーサル撮影したこの部分を何故か編集段階で加えたと思われます。このカットでは、奈津子の右側もトイレのスリガラスに変わっています。
東京と長崎・佐世保を安価に直通していた この列車は、東海道新幹線開通後もそのままの形で走り続けましたが 1968年10月改正で関西~長崎へと変更されました。

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183. 祇園囃子

1953年8月 大映 製作 公開   監督 溝口健二

京都 祇園の芸妓 美代春(木暮実千代)は旧知のメリヤス問屋 沢本(進藤英太郎)の愛人の娘 栄子(若尾文子)から懇願され、苦労の末 舞妓 美代栄に仕込む過程で深まる師弟の絆を描く映画です。

鉄道シーンは一か所 中盤に車両会社 専務の楠田(河津清三郎)が商売の切り札に美代春を使う為、美代栄と二人を東京へ連れて行く道中の場面にあります。
先ず 片廊下に個室がずらり並ぶ寝台車にアベックが鞄を持った列車給仕を伴い現れ、車掌から検札を受けて端の部屋に入ります。
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次にトレイを持った食堂車のウエイトレスが中央の部屋に向かいます。
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内側から外開きのドアを開けて、美代春がサイダー2本とグラスの乗ったトレイを受け取りました。代金(45円×2=90円)は列車給仕に注文を頼んだ時に、チップ込みで百円支払ったものと思われます。
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美代栄が「ちっとも寝られへん」と言うので、美代春が「楠田はんとお話してきたら、食堂車にいえはるで」と言いますが断ります。
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そこへ廊下から男が中を覗くと、美代栄が「お父ちゃんやわ」と言って後ろ向きになります。
沢本は部屋に入ると「京都駅で乗る時に姿を見掛けたんでな」と美代春に告げ、美代栄の後ろ姿を見て「暫く見ない内にすっかり綺麗になったな」と声を掛けます。
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嫌がった美代栄は「うち楠田はんのところへ行ってくる」と部屋を出て行きました。

沢本は美代春と二人になると、注いでもらったサイダーを飲みながら厳しい身の上を延々と愚痴るのでした。この撮影はセットか国鉄スロネ30形かマロネ39形二等寝台車を使って客車区で待機中に行われたのでは?と思われます。
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スロネ30形寝台車だとすると、1951年新製されたオール4人用個室寝台車です。引退したトワイライトエクスプレスに連結されていた、カルテットが似ています。冷房設備が無く扇風機だけなので、劇中でも暑そうですね。

この為 1955年の一等寝台車格下げ時には、個室寝台なのにスロネ30・マロネ39共に二等最下級の二等 C室に区分けされてしまいました。スロネ30の個室サイズは、幅1800×奥行1900でベット幅600 天井高2075 でした。
劇中では片側を寝台状態で、もう片側を座席状態のまま2人でゆったりと使っています。沢本が来訪した時も、長いシートを座席とテーブル代わりにして接待しています。

さて美代春達が乗ったこの列車は、何を想定しているのでしょうか? 京都を夜に出る東京行で、スロネ30かマロネ39 二等寝台車と食堂車が付いている列車はありませんでした。
近いのは 38ㇾ急行筑紫で、京都 21:26発・東京 7:23着でした。食堂車は有りますが、寝台はマイネ40一等寝台車だけでした。この列車の前に佐世保2:20発(真夜中!) 呉線経由 京都 20:17発の東京行 1006ㇾ特殊列車があります。

この特殊列車とは元連合軍専用列車Allied Limited 号であり、講和条約締結後の1952年4月より枚数制限付きで日本人も乗れるようになった急行列車で 1954年から一般急行列車 早鞆となりました。
特殊列車となっても編成はあまり変わらず、京都発時点で一等寝台車2両+二等寝台車3両+二等車2両+食堂車+荷物車2両というベラボウな豪華列車でした。

でも使われている二等寝台はマロネ29形という後の二等C室に区分される、開放ロングシートタイプ寝台でした。結論として劇中で登場するのは架空列車です。
当時 スロネ30寝台車タイプは 東京~関西の夜行急行列車 14ㇾ銀河(京都21:46→東京7:53) 16ㇾ彗星(京都22:57→東京9:24)に使われていたので、食堂車は連結されていませんでしたが普通に考えればどちらかの列車でしょう。
でも旧型個室寝台車でロケが行われたのはとても珍しく、京都~東京の移動で夜行列車の比重が高かった時代の貴重な記録であると思われます。

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181.東京のお転婆娘

1961年3月 日活 製作 公開   監督 吉村康

東京に住むチャッカリ屋の美大生 佐伯有子(中原早苗)が、大阪の従姉で未亡人の嵯峨真冴(南寿美子)の店を立て直し 再婚の段取りをつけるコメディ映画です。

鉄道シーンは最後で、大阪での仕事を終えた有子が東京へ戻る場面で有ります。先ず戦時中に完成した三代目大阪駅舎が登場して大阪であることをアピールしている様です。壁の時計は、14:20頃を指しています
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続いてホームに停車中の 151系 特別急行電車。「まもなく上り東京行 特別急行列車 第二こだま号発車です」と放送していますが車内は空席の様子で、到着して乗客が降りた直後か入線して乗車前の状態と思われます。
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次に車内で席に座る有子が、窓越しに真冴とお相手の城戸終吉(森塚敏)その後ろに真冴の店で働く(松原智恵子)達から見送りを受けています。
開閉ラッチが付いていますから窓を開けて話せば良いのにとも思いますが、そのまま会話しています。でも窓が小さい様に見えて何か こだま号とは違和感があります
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そう 151系特急用電車は空調完備で大型窓は開かないんです。そして停車中のEF58形電機を右手に大阪駅を出発して行く 151系こだま号の勇姿が映っています。
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車内では動いて行く車窓からホーム柱に取り付けられた「おゝさか」の名板が見えます。そして隣のホームで停車中の車両は、先頭部分が何故か小田急 2100形の様にも見えます。
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走り出した車内で有子は、傍らの荷物を網棚へ上げようとします。すると横に現れた男も隣へバックを上げ、思わずその男を見て有子はビックリ! 真冴が金を借りていた浜田商会社長 浜田昭七(藤村有弘) です。
この男とは大阪へ向かう時から関わりが有り、大阪でも色々やり取りがあって父親には世話にもなりました。そして有子に近寄ろうとするも軽くあしらい かわした仲ですが、東京行の列車に同席で驚いたのです。
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浜田は「東京に仕事が出来ましてな」「飛行機より汽車の方が長いさかいに宜しな」と言いつつガムを渡して、和やかな感じで有子も同席を楽しんでいる様子です。
二人の後方に車両の連結部分が映っていますが、デッキ部分が無くアールがついた形で 一席毎の小窓の件もあって この車内シーンは小田急電鉄の 3000形 SE車でロケが行われたと思われます。
しかし大阪駅やこだま号発車シーンと交互に編集され、バックにアフレコの放送音が続けて流れているのでとても自然に感じます。

ラストシーンは、151系こだま号がクハ 151 を先頭に12連で現れ、高速で通過して東京へと向かって行きます。最後部は前年より登場した最高峰のクロ 151 パーラーカーです。
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上り特別急行 106ㇾ第二こだま号は大阪 14:30発車で、京都・名古屋・浜松・熱海・横浜に停車して終着駅 東京へは 21:00の到着でした。
当時 大阪~東京を走る 151系特急は こだま号つばめ号の各2往復8本あり、二等車の運賃・特急料金は片道 1980円で一等車は 4280円でした。更にパーラーカーだと 6080円と普通急行二等車 1480円とは別格でした。

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