日本映画の鉄道シーンを語る

日本映画における鉄道が登場する場面(特に昭和20~40年代の鉄道黄金期)を作品毎に解説するブログ

229. 残雪

1968年3月 日活 製作 公開  カラー作品   監督 西河克己

雪国の山中で出会った新城高彦(舟木一夫)と今村秋子(松原智恵子)は恋に落ちるが、やがて戦争中に生き別れた兄妹であることが判明し絶望してしまう悲恋 青春映画です。

卒論を出し終わって卒業間近の建築科学生 新城は、都心の建築現場へ実習に出ています。その場面の前に山手線と横須賀線電車に挟まれて、終着東京駅へ向かう 20系ブルートレインの姿があります。
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恩師 八木先生から信州 鹿島槍国際スキー場のロッジにいる神田(本郷淳)の元に、変更になった設計図を至急届けてほしいと頼まれます。続いて 大糸線の松川橋梁らしきを渡る、キハ58系4連が映ります。
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そして信濃大町駅に到着した新城が、
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軒から長い氷柱が垂れ下がる駅舎から出て来ました。ところが道路が雪崩で通行止めとなり、バスは運休との標示が出ています。
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そこで新城は道を聞いて、歩いて鹿島槍国際ロッジを目指します。その道中の山道で背負子を担いで歩く秋子とすれ違いますが、一目惚れと共に何処かで会ったような気がするとの思いがします。

その後 新城が炭の出荷を手伝ったことから二人は恋仲となります。八木先生から急用で東京へ呼び戻されても、徹夜で仕事を片付けて秋子の元へ駆け付けます。
この時 再び雪晴れの松川橋梁らしきを渡る、キハ52形らしき気動車3連が映ります。最後部はキハユニ 26形のようです。
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電化区間であるこの橋を日中にDC普通列車が通るのはロケ当時の時刻表によると、信濃大町 7:15発 123D糸魚川行が唯一です。

秋子の母 今村たみ(千石規子)は働いている鹿島槍国際ロッジの宿帳から、秋子の交際相手が実の兄らしい事を知って東京の新城家へ行くのを反対します。
それでも二人の強い説得で、東京行を許してもらいます。続いて窓側に?新城・通路側に秋子が座った車内シーンが有り、秋子は「どうしておかあさんはあんなに反対したのかしら?」と心配顔です。
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二人が乗ったのは 当時唯一の新宿直通急行だった糸魚川始発の信濃大町 10:47発 1404D 急行第一白馬と思われ、終着 新宿は 16:30なので新城家に夕方着いた本編と合致します。

秋子に会った高彦の父 新城憲一郎(山形勲)は亡くなった前妻に似ているので狼狽え、更に高彦が秋子との結婚を申し出たので興信所で調べさせると出生に疑問点が出ます。
秋子の母 たみは急に引っ越しを願い、陶管工場がある暖かい漁村近くに(愛知県常滑方面か?)転居します。憲一郎は今村たみを探し出し、遂に秋子が空襲で行方不明になった新城露子であると判明するのです。






 PS.

 2枚目の画像は八木先生から今夜にでも出発して図面を至急届けてほしいとの依頼で、信濃大町へ向かう新城が乗った気動車急行を示唆しています。
ロケ当時のダイヤでは新宿 23:00発 1405M 急行穂高 信濃森上行に乗り、5:46 信濃大町で降りたと思われ 165系電車急行です。また松川橋梁は、信濃四谷(現 白馬)~信濃森上に有る橋です。

 しかし本編中 空襲で母親を亡くした時 高彦は4歳なので 1941年生まれと思われ、22歳となった本作の時代設定は 1963年となります。
そこで東京オリンピックが開催される前の時刻表で見ると、新宿 23:00発 2413D 急行第二白馬 糸魚川行に乗って信濃大町へは 5:59の到着です。キハ58系DCが使われていたので納得です。
でもこの列車は松本駅で編成の大半を切り離し、大糸線内は2両運転でした。撮影は大阪 21:25発の 9803D臨時急行くろよん号 信濃森上行を使って行われたと思われます。

 しかし5枚目の画像は徹夜で仕事を仕上げ、朝一番の 7:00新宿発の 401D 急行第一アルプスに乗って 11:50松本着・11:59発 207Mで信濃大町 12:53着と思われる行程の一コマです。
何故監督は電化区間なのにDC普通列車に拘ったのでしょうか。あるいは徹夜仕事ではなく、上野 21:25発 2601ㇾ急行北陸で 5:09糸魚川に着き 5:19発 112Dに乗り継いで 7:14に信濃大町着だったのか?

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212.あした来る人

1955年5月 日活 製作 公開   監督 川島雄三

不仲の夫婦が其々気の合う異性と知り合い離婚へと向かいますが、その相手が共に身を引いてしまう結果に至る 人間関係の難しさを描く映画です。

東海道本線を走る列車内の通路を大きな荷物を持った曾根二郎(三國連太郎)が歩く場面からこの映画の鉄道シーンが始まります。曾根は食堂車に入ると、ウエイトレスに「さっきこの席にいた女性は?」と聞きます。
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「二等車の方へ行かれました」と答えたので、10号車の特別二等車へと行きます。リクライニングシートが並ぶ車内を進むと、眼を閉じて座っている大貫八千代(月丘夢路)を見付けます。
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曾根は声を掛け「先程食堂車で自分の伝票と間違えて 貴女は多く払った様です」と伝えて、差額金を手渡しました。そこへ車掌が来たので、曾根は「ここへ席を移ります」と言って切符とお金を渡しました。
曾根が大事そうに荷物を持ち歩くのを八千代が問うと、カジカの研究資料であると告げます。その後 何故か座席を通路側に向けて座り 車掌が戻ってきても無視して、曾根はカジカの説明を八千代に延々と続けたのでした。
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この列車内シーンは全てセット撮影と思われますが、どの列車を想定しているのか検証してみます。曾根は大村湾から上京する為の乗車で、進行左手の窓から富士山が見えています(合成ですが・・)
該当するのは佐世保 16:30発 1002ㇾ急行西海 東京行で、途中の富士駅に 16:37着です。しかし特ロは4号車なので早岐から大阪まで西海号に乗り、何らかの理由で大阪から 2ㇾ特急つばめ東京行に乗ったのでは?と推察します。
セレブの八千代が上京するのに特急つばめを使うのは当然で、10号車は特ロ(特急なので二等車)で 15:00前に富士駅を通過するのです。その後八千代から父親 梶大助(山村聡)を紹介してもらった曾根は、カジカの研究本 出版の援助を依頼するに至ります。

芦屋らしきの実家へ行っていた八千代が父親と上京した折、東京駅八重洲口から迎えの車に乗る場面があります。バックにはロケが行われた半年前に完成したばかりの、堂々とした八重洲本屋が建っています。
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八千代の夫 大貫克平(三橋達也)は、ヒマヤラ遠征を前に信州の鹿島槍へ一人で出掛けて遭難と報じられます。大貫と不仲の八千代は誤報の声に動かず、付き合い始めた山名杏子(新珠三千代)は心配のあまり鹿島槍へと向かいます。
夜行列車を表現した映像の後、大糸南線 信濃大町駅へC12形蒸機が牽く混合列車が到着します。
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そして信濃大町駅舎から杏子が出て来て、タクシーで鹿島槍登山口へと向かうのでした。
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大糸線は当時 中土~小滝が未開通で、大糸南線の内 信濃大町~中土は非電化でした。一日4往復の混合列車をC12が牽いていました。ですから信州の山奥を表現したいのでしょうが、信濃鉄道時代に電化されているので電車で到着が本当でしょう。
その後 遭難したのは別人で 無事 大貫は杏子に出迎えられて下山し、お互いに愛情を確認するのでした。帰路の車内 二人共黙したまま並んで座っています。旧型客車内の様なので、中央本線に乗り換え後の場面でしょうか。
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杏子は八千代の父 梶大助の庇護で洋装店を開いていたので、大貫と八千代の関係を知って交際を打ち切る決意を伝えます。その際 待ち合わせたのが、風格ある新橋駅の旧汐留口駅舎です。
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3:30 の約束でしたが 3:50 になっても杏子は現れず、駅舎の中から外へ出て捜していると漸く現れたのでした。





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 107. 山と谷と雲

1959年5月 日活 製作 公開   監督 牛原陽一

流行作家 牧戸一郎(金子信雄)と有馬寿々子(北原三枝)が結婚したことから、弟の山岳写真家 牧戸次郎(石原裕次郎)が絡む三角関係の様になるドラマです。

この映画は 北信濃の地でロケが行われたことから、近代化される直前の貴重な大糸線の姿が映像の中に残されています。
大きな角型集煙装置を付けた C56113蒸機が牽引する混合列車が、大糸線 信濃大町駅へ到着する場面からこの映画の鉄道シーンは始まります。
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前から2両の有蓋車に続く3両目の二三等合造車から、牧戸一郎と作家仲間で友人の古田(清水将夫)が降りてきます。
二三等合造車は二重屋根にリベット打ちの外壁、二等車の窓は狭窓2枚×4組・中央にトイレが配置といった外観から オロハ30形ではないでしょうか。
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次は一郎が青木湖の畔に家を建て移り住んだので、東京から出版社の面々が訪ねて来る場面です。姫川に架かる鉄橋でしょうか? C56蒸機が牽く混合列車が渡るカットが先ず映ります。
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信濃大町駅でのシーンと同じく角型の集煙装置を付けた C56が、有蓋車2両の後ろにオロハ30形二三等合造車らしきを牽いて北アルプスをバックに橋を渡っています。

続いて 神城駅へ C56蒸機が牽く列車が到着し、タブレットを機関助士が渡します。
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ホームでは牧戸が二等車から降りてきた東京からの客を出迎えます。
「新女性」の編集長 村松(大森義夫)と部下2名に加えて、随筆家の咲田啓子(宮城千賀子)更にバー「コンドル」のママ 登見子(白木マリ)まで付いて来たのでした。

一郎の家は青木湖畔なので、最寄駅は簗場駅と思われるが何故 神城駅なのでしょう。そのカギは電化工事ではないでしょうか。
国鉄では観光客増加を目的に、この映画公開から二か月足らずの 1959年7月 信濃大町~信濃四谷(現 白馬)までを一気に電化しました。

想像するに この映画のロケ時 簗場では既に電化工事が進んでいたので、北信濃の鄙びた感を求めて電化工事が未だの神城駅で撮影したのでは・・・。
東京からの一団は当時の時刻表で、新宿8:00-(準急 穂高)-13:48松本14:22--15:06信濃大町15:20--16:04神城着という乗り継ぎでやって来た設定と思われます。

その後の大糸線は翌 1960年7月に信濃森上まで電化され松本から直通の電車が走り、1961年3月には北部の混合列車を廃止し無煙化 信濃森上~糸魚川の旅客列車は全てDC化されました。
それに合わせてか、上記の混合列車に連結されていたオロハ30形二三等合造車も全て廃車されました。

混合列車時代には信濃大町~糸魚川の直通列車は一日3本で 所用 187分~236分でしたが、一日7本になり 乗換を含め所用 120分程に短縮 近代化されました。ちなみに現在でも7本です。
1961年10月の全国時刻大改正では、遂に[準急第二白馬号]が新宿~信濃森上を走り抜ける東京直通列車が誕生(新宿~松本は急行列車)。翌年には新宿~糸魚川の全線通し運転も行われました。


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 30. 北国の旅情

 1967年1月 日活 配給 公開  カラー作品    監督 西河克己

大学生 上村英吉(舟木一夫) 金井由子(十朱幸代)と河原健二(山内賢)の三角関係がらみの青春映画です。

 冒頭 故郷ダイマツ町へ帰省途上の上村が C56 牽引の混合列車に乗っているシーンが出てきます。
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続いて、由子の妹 妙子(小橋玲子)が北山野駅(架空駅 )から列車に乗り込み上村を捜すシーンの後列車は架線の下を走りダイマツ駅に到着します。
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 ラスト 由子に別れを告げた上村はダイマツ駅で妙子たちから見送りを受け、東京へ戻らんとしますが由子は現れません。そして列車は30秒遅れで発車します。
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 発車後もデッキから外を見ていた上村。その目に並走する道路を河原が運転する車内から手を振る由子の姿が映り、上村も笑顔で返すのでした。
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 牽引機関車は全編で独特の角型集煙装置を取り付けた C56151 です。そして到着した駅のホームには駅そば屋が営業。
 これらから撮影は大糸線北部 ダイマツ駅は信濃大町駅であると思われます。C56151 は当時信濃大町分所々属で信濃大町~糸魚川の貨物列車を牽いていました。
 本編では青木湖辺りをバックに走るカットや、雪景色の雄大な北アルプスを背にして快走する姿が映っています。

 大糸線はこの頃 松本~信濃森上が電化 信濃森上~糸魚川が非電化でしたが、貨物列車は C56 が信濃大町まで電化区間も乗り入れていました。
 作中登場の混合列車は1961年廃止となっていますので、国鉄協力の元 撮影用に臨時列車を走らせたか運用替えと思われます。
 大糸線はその後1967年12月南小谷まで電化され現在の姿になるも架線の下を C56 貨物列車は走り続けましたが、1972年3月をもって新鋭 DD16 機関車に替り無煙化されました。

 

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