日本映画の鉄道シーンを語る

日本映画における鉄道が登場する場面(特に昭和20~40年代の鉄道黄金期)を作品毎に解説するブログ

205.銀座の恋の物語

1962年3月 日活製作公開  カラー作品   監督 蔵原惟繕

映画公開の前年に大ヒットした歌謡曲(銀座の恋の物語)をモチーフとして、新進画家 伴次郎(石原裕次郎)と洋裁店のお針子 秋山久子(浅丘ルリ子)が困難な出来事を曲と愛情の力で乗り越えてゆく青春映画です。

理想を追い掛け なかなか芽の出ない画家の伴は、音楽家として世に出る夢を追う宮本修二(ジェリー藤尾)と安アパートの部屋をシェアして住んでいました。
その二人が詐欺被害に遭い 数寄屋橋から日劇方向を高い位置から見ながらお互いの夢を再確認して語るシーンでは、晴海通りと交差する国鉄の高架線上を横須賀線70系電車や黄色い山手線101系電車が走ります。
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このロケ地は 1959年東京高速道路が日本で初めて 土橋 → 城辺橋(一方通行)に開通した城辺橋出口手前の高速道路脇と思われます。

久子の願いを受け入れ現代美術社への入社を決意した伴は二人の新しい生活を始めるにあたって、「故郷の信州へ行ってオフクロに会ってくれ」と告げ新宿駅で待ち合わせることにします。
ところが銀座屋主任 須藤女史(新井麗子)から服の締め切りが明日になったので 今日中に仕上げてほしいと久子は依頼され、待ち合わせまで時間が無いのに急いで仕上げてから銀座屋を出ます。

その頃新宿駅3番ホームへ着いた伴は、長野行列車に沿って久子を捜しますが見つかりません。
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そこへ「まもなく3番線から20:30発 普通急行長野行が発車します」と放送が流れます。
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久子はタクシーで新宿駅へ向かいますが渋滞にハマり、運転手に「どこでも省線の近くで降ろして」と告げます。そしてタクシーを降りた久子が駅へ向かって走る頃 新宿駅ではベルが鳴り始めます。
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漸く千駄ヶ谷らしき駅の改札口前の信号が青になり走り出した久子は、
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横合いから走ってきたトラックに轢かれたかの様に悲鳴が上がります。
丁度その時 新宿駅3番ホームから汽笛と共に長野行 急行列車が発車して行き、
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伴は車内を見つつ 最後部の赤いテールランプを一人で呆然と見送るだけでした。
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この 20:30 発の長野行 普通急行列車は存在せず、架空列車です。この当時 中央本線では急行列車はDC化されていて、旧客列車は準急以下で使われていました。
客車には準急札も付いていないので、23:45 発 437ㇾ普通 長野行を使ってロケが行われた可能性があります。登山客に愛された列車で、ゆっくり走って終点長野には 10:41着でした。
または裕次郎登場ロケの混乱を考えれば、エキストラを動員して新宿 4:39着の普通 438ㇾ列車の回送列車を使ってロケが行われた可能性もあります。

その後行方不明の久子を捜しつつ ある日銀座松屋の屋上で仕事の打ち合わせをしていた伴は、銀座中央道りを歩く久子らしき髪形の女性を見掛け 地上まで駆け下り 追い掛けます。
裏口から出て松屋通りから4番系統の都電が走る中央通りへ出た所で、その女性に追いつき腕を掴むと振り返った顔は全くの別人でした。背後には1番系統らしき都電6000形電車が停まっています。
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当時 銀座中央通りには、都電1・4・22・40番と4系統の路線が走っていました。しかし渋滞の原因とされ、1967年12月9日をもって銀座中央通りから消えてしまいました。


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199. 眼の壁

1958年10月 松竹 製作 公開   監督 大庭秀雄

昭和電業 社員の萩崎竜雄(佐田啓二)が上司を自殺に追い込んだ手形詐欺事件の黒幕を、友人の東毎新聞記者 田村満吉(高野真二)と追い掛けるサスペンス ミステリー映画です。

序盤 会社幹部から金策を依頼された会計課長 関野徳一郎(織田政雄)は手形詐欺に遭い、失意のうちに東海道本線 根府川橋梁の袂からEF58形電機牽引の上り列車へ飛び込み自殺してしまいます。
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萩崎は関野から事の顚末を書いた最後の手紙を受け取ると、会社幹部が世間体から泣き寝入りを決めたことから 休暇を取って一人 関野の敵討ちをすべく手形詐欺の犯人捜しを始めます。

先ず 実行犯を関野に紹介した山杉商事の上崎絵津子(鳳八千代)の行動を探るべく、
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総武本線 御茶ノ水~秋葉原に架かる 松住町架道橋を潜る外堀通り沿いの山杉商事を見張れる喫茶店に入ります。
窓際の席に座ると、眼下の外堀通りを都電 13番(水天宮前~新宿駅前)の 4000形と8000形がすれ違っています。この辺りは都電 19番(王子駅前~通り三丁目)も走っています。
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中盤 萩崎と田村を先頭とした記者達で黒幕を追う中 田村が広告部の永井章子(朝丘雪路)と結婚し、式の後 東京駅から新婚旅行に出発するべく同僚から見送りを受けています。
そこへ階段を駆け上がって、
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田村の部下が警察発表のニュースを知らせに来ました。発車して暫くすると、デッキから萩崎が旅行鞄を持って現れ 名古屋へ向かうのだと言います。
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会社の顧問弁護士の部下を射殺した犯人であるバーテンダーの山本一夫(渡辺文雄)が空路 名古屋へ飛び、22時10分発の列車に乗り継げるかを気にしていたという情報を萩崎は掴んで来たのです。
そして時刻表で名古屋駅 22:10発の列車は中央本線 下り瑞浪行 627ㇾが該当し「春日井・神領までは時間的にこの列車を使うまでもないので、高蔵寺~瑞浪の何れかの駅で降りたと思う」と推理します。

ところが時刻表では 1950年10月よりこの瑞浪行列車が各停の終列車であり、この列車の後は定期では名古屋 22:40発 準急長野行 807ㇾ・不定期では 23:35発 準急長野行 1809ㇾが在るのみです。
停車駅は共に千種・小曾根・多治見・中津川・・・であり 作中では神領行の終列車が有るかの様な萩崎の発言ですが、627ㇾを逃がすと春日井・神領へはもう行けず タクシーでも使うしかないのです。

伊東行の湘南電車が熱海駅へ近付くと 田村が犯人を追いたいのを察した新妻 章子は、岐阜の叔母の所へ一人で行くと言い出し 三人は夜行列車に乗り換えます。急行では到着が早すぎるので鈍行で行ったのでしょう。
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そして名古屋駅に到着すると萩崎と田村は降車して、5号車デッキから手を振る章子を見送るのでした。
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推測すると東京 20:51-(721ㇾ)-22:55 熱海 0:08-(129ㇾ)-5:29 名古屋 5:40 - 6:21 岐阜  

名古屋支局を基点に田村と手分けして、萩崎は中央本線 高蔵寺~瑞浪での山本の足取を各駅で追い掛けます。渓谷沿いを走るD51形蒸機牽引列車の姿は、古虎渓駅 付近でしょうか。
多治見駅構内には、キハ17形らしき気動車が多数留置されています。
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中央本線 名古屋口の短距離列車や太多線・越美南線用の車両と思われます。

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そして土岐津駅(現 土岐市駅)の改札駅員から、当夜 その様な人が下車して駅前からタクシーに乗った。
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との話が聞けて そのタクシーを捜し出し、山本の足取を再現してもらうと瑞浪駅で降りたとのことです。
山本達は瑞浪に関連があると踏んだ萩崎は、この街に宿を取ります。会社の専務に手紙を書き 郵便局へ行くと、田舎の局なのに明日 十万円の普通為替を受け取る話を聞きつけ山本の逃走資金では?と考えます。

翌日 この郵便局へ行くと一足早く女性が受け取ったと言われ、駅へ急ぐと D514蒸機牽引列車が発車しました。
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萩崎は改札駅員に「その人なら たった今の列車に乗りましたよ」と言われ、ホームへ出ました。
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列車は既にかなりのスピードに達しており、薄煙を残して最後部がホームを離れるところでした。
萩崎が空しく見送る列車の二等車には、からくも追っ手をかわした絵津子が乗っているのでした。
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D514号機はD51形のなかでも通称なめくじ型と呼ばれた初期型で、当時は中津川区に所属して中央本線の客貨列車牽引の任務についていました。
中央本線 名古屋~塩尻は 1966年5月に名古屋~多治見が電化されたのを皮切りに、同年5月には瑞浪迄・1968年には中津川 そして 1973年5月 遂に塩尻迄電化され中央本線全線電化が完成しました。


PS.山本が羽田から名古屋へ空路 逃亡したのだが、この便は日本ヘリコプター輸送時代から運行していた路線で全日本空輸 羽田 19:30発 25便 名古屋小牧空港 21:20着の飛行機に搭乗したのです。
そして空港から連絡バスに乗り、名古屋駅へは 21:55に到着したので 22:10発瑞浪行には間に合ったのです。しかし飛行機は片道 4,000円掛かり、急行二等車の 2,560円よりかなり高額です。
そこまでして当日中に急ぎ、土岐津へ向かった山本の行動は不明です。

次回は通算200回記念作なので、誰でも思い浮かべる有名作を取り上げる予定です。




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194.愛のきずな

1969年2月 渡辺プロ・東宝製作 東宝配給公開  カラー作品  監督 坪島孝

勤める会社の専務の娘と結婚した為 妻に頭の上がらない鈴木良平(藤田まこと)が、清楚な平井雪子(園まり)と知り合い深みにハマり破滅へと向かうサスペンス映画です。

雪子に服役中の夫 平井健次(佐藤允)がいることが分かり、しかも夫に離婚をきりだすと雪子はききません。そんな展開になれば、逆上した夫に殺されると心配する小心な鈴木です。
そして中盤 鈴木は信州へ雪子を誘い出すのです。雪子は現地でおち合おうという鈴木の指示で中央本線 特急あずさ号に乗り岡谷駅に到着し、更にバスに乗って賽の河原停留場で降りました。

1966年末に登場した中央本線 初の特別急行あずさ号はこの当時 定期2往復で新宿~松本を結び、181系 10連で一等車2両に食堂車も連結して堂々たる編成でした。
作中の様子から岡谷を通過する新宿 8:00発の 1M あずさ1号に乗車したと思われるので、10:53着の上諏訪で各停 1228M に乗り換え 11:11 に岡谷へ到着したのでしょう。

雪子を山中で始末した鈴木は、出所して会社に押し掛けて来た平井の追及もかわして一安心していました。ところが会社のCM映像に、雪子が映っているのを発見して慌てます。
鈴木は岡谷駅に降り立ち、
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聞き込みで記憶喪失の雪子(ここでは明美)が働いている喫茶店を尋ねます。雪子を確認した鈴木は、思わせ振りの書置きで岡谷駅上りホームに呼び出すのです。

鈴木がホームで待っていると、雪子が地下通路の階段を上って来ました。疑い半分で不安気な顔の雪子ですが、
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発車ベルが鳴っているので鈴木は強引に旧客のデッキへ乗せます。
この頃は旧客を使った列車がまだ有って、時間帯から岡谷 12:15発の 444ㇾ甲府行か、13:51発の 446ㇾ甲府行のどちらかに乗ったと思われます。でもこの映画の車内シーンは全てセット撮影です。
鈴木は「思い出の場所に行けば記憶を取り戻せる」などと言って連れ回しますが、都合の良いことに記憶は戻らずに鈴木に好意をもつ様になり東京に同行します。

新宿駅に 8:00松本発の2M 特急あずさ2号が到着します。
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二人が先頭車から降りて来ました。ホームに立つ探偵らしき男が、鈴木の顔写真と照合している様です。
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新宿駅への到着時刻は 11:45で、現在より1時間以上掛かっています。二人は早速 投宿しますが探偵からの通報からか鈴木の妻 早苗(原知佐子)が現れ、鈴木はグウの音も出ません。

早苗は怒って実家に帰ってしまいますが、義父である専務は気にするなと言ってくれます。そして以前同様に政治家へのワイロ運びを依頼されます。
途中までは指示通りに車で運んでいた鈴木ですが、岡谷に戻る雪子が気になり迷ったあげく新宿駅へと向かったのです。

15:10 諦め顔の雪子が乗った電車が新宿駅を出発するところです。
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ところが走行音の中 デッキのドアが開き、ワイロが入った漬物樽を持った鈴木が現れたのです。
そして「二人で新しい生活を築こう」などと、雪子を喜ばせます。15:10 新宿発の列車は当時ありませんので、14:14 入線して 15:53 発の急行アルプス6号に発車ベルのアフレコを付けたのでしょう。

二人は信州方面へと駆け落ちを図った様で、続いては D51らしきが牽引する列車の夜間走行シーンがあり 旧客車内ではクロスシートに二人が向かい合って座っています。
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そして列車が(やまわき)という駅に停車すると、鈴木は飲み物を売店へ買いに行きます。ところがこの駅のベンチには平井が座っていて、
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目の前の車内に座る雪子を発見して叫びながら窓を叩くのです。
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やがて発車すると、鈴木が瓶入りファンタオレンジとコップを持って戻ります。怯えた様子の雪子を見て、鈴木には彼女がどうして豹変したのか分かりません。
雪子はショックで、鈴木に襲われた記憶も甦った様です。そこへ最後部のデッキから鬼の様な形相の平井が現れ、鈴木はデッキに連れ出されます。
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鈴木は二千万円の入った漬物樽を差し出しますが、平井は線路に投げ捨ててしまいます。更に鈴木は腹部を刺され、揉み合いの末に二人共走行中のデッキから転落してしまいます。
一人残った雪子は次の終着駅 和泉で降りたのでした。この駅は架空駅ですがアルプス6号に乗ったとすると、塩尻発 21:20 D51牽引の旧客列車中津川行 840ㇾに乗り継げるので このルートを想定しての脚本でしょうか。。

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145.真白き富士の嶺

1963年11月  日活 製作 公開   監督 森永健次郎

白血病を病む 18歳の磯村梓(吉永小百合)が文通する謎の恋人とを成就させようと姉の梢(芦川いづみ)が奮闘する内、病が進み事の真相が明らかとなる悲恋映画です。

梓の姉 梢は東京 新宿の洋裁学校の教師。窓から地下化工事中の京王線の線路が見え、屋上から淀橋浄水場が見えるので文化服装学院でロケが行われた様です。
妻を亡くした父 磯村修平(宮口精二)は新橋近くの高校の教頭で、梓の療養の為 逗子に引っ越したので父と姉は長距離通勤となっている。

鉄道シーンは磯村の帰路から始まる。新橋駅 東海道本線ホームで磯村がベンチで電車を待っていると、横須賀線下り電車が到着します。
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横須賀線は当時 東京~大船が東海道本線と線路が共用で、増発は 1980年 10月に別線が完成するまで待たねばならない状況でした。

ロケ当時は長年主力で活躍した 70系電車から 111系へと置き換えが進んでいた頃で、新橋駅に到着した上り電車は 111系と思われます。
続いて、横須賀線 逗子駅から磯村が降りて来ました。そこへ療養中の梓が小走りで駆け寄り、磯村を心配させてしまいます。
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姉の梢は梓宛てのラブレターを見てしまってから、イニシャルだけの謎の恋人をつきとめ成就させようと思います。
この事を恋人の山上裕(小高雄二)に市ヶ谷~飯田橋の土手斜面で、相談する場面があります。総武・中央緩行線の 101系電車が行きかう線路端まで二人は降りて話しています。
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梢と山上で M.Tに該当する人物を捜すも、見つからず江ノ電 藤沢駅ホームで相談するシーンがあります。
当時の江ノ電 藤沢駅は小田急 藤沢駅に近く、両社の先端が斜めに近付く形で国鉄への乗り換えも現在より便利だった気がします。構内は2面3線構造でした。
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木造駅舎ホームのベンチに二人で座って話している前の1番線に、300形らしき1両の電車が到着します。
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江ノ電はこの頃利用者が減り、1965年には廃止も検討されています。その後交通渋滞から利用者が増え、藤沢駅南口再開発で 1974年現在の高架駅へと移転しました。

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 142. 高原のお嬢さん

1965年12月 日活 製作 公開  カラー作品   監督 柳瀬観

信州 蓼科で牧草を研究しながら牧場で働く北川和夫(舟木一夫)と、東京から遊びに来た小泉淳子(和泉雅子)の悲恋映画です。

この映画の鉄道シーンは全て新宿駅です。北川が研究成果の報告に中央本線で上京し、終着 新宿駅ホームに降り立つシーンがあります。
先ず EF13形らしき電機が牽く客車列車が次位に煙を噴出しているマヌ 34 らしき暖房車を従え、新宿駅へ進入して行く姿を西側から捉えています。
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そして新宿駅3番ホームへ EF13形らしきを先頭に到着し、北川が降りて来ました。
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ロケ当時の中央本線上り時刻表では、岡谷始発の 422ㇾが茅野 5:53発で新宿駅には 11:05着。後続の松本始発の 424ㇾでは、茅野 6:32発・新宿 11:54着です。
この 1965年 5月には新宿~松本の電化が完成し、PC列車は大幅削減 日中新宿着の PC列車はこの2本だけになりました。

終盤 北川と淳子はお互い好意を寄せているのに、北川が三島進(山内賢)に譲る形で淳子に嘘を付いて身を引いてしまいます。
北川が蓼科へ帰る日、新宿駅には淳子が見送りに来ました。5番ホームの列車前に北川と淳子が向き合っていますが、お互い何も言葉を発しません。
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「この列車は22:30発 長野行 本日の最終列車です。次の停車駅は立川」と放送が聞こえると、長野行のサボが掛ったオハ 35のデッキへ北川は乗ります。
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そして無言のまま淳子が握手の手を指し延ばしますが、北川は応じません。
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ならばと、淳子が手作りの人形を渡すと受け取りました。

この時にはお互い涙がこぼれています。ホームのベルが鳴り終わり、電機のホイッスルが聞こえると列車は動き出しました。それでもお互い無言です。
しばらく淳子は小走りで追い掛けますが、列車の赤いテールランプは5番ホームから闇へと消えて行きました。
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列車の消えた5番ホームに一人淳子が立ち尽くす姿を、カメラはホーム下の線路から捉えています。ホームの時計には故障中の貼り紙が・・・
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続いてのカットでは車内に入った北川が、入口からすぐのボックス席に寂しそうに座るところで終わっています。
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北川が乗ったのは、山屋御用達の有名な長野夜行 437ㇾドン行列車ですね。当時は 23:45発で、茅野には 5:52で都合が良い筈です。
何故 脚本家が架空の列車を設定したのか?です。22:30発に近いのは 22:35発 長野行 411ㇾ準急上高地で、茅野 3:11と真夜中なんです。

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125. からたち日記

1959年4月 松竹 配給 公開   監督 五所平之助

信州の貧しい農家に生まれた つる(高千穂ひづる)は地主の家で子守し、売られた芸者置屋では下働きから半玉へと苦労するも幸せを掴みきれない女の半生を戦前から戦後へと描いた映画です。

半玉のつるは軍需会社のロンパリ(山形勲)に水揚げされ、3号さんになった。一転 余裕のある生活となったが、時節柄 勤労動員に工場へと働きにでて本山(田村高廣)という軍人といい仲となる。
一時療養から部隊復帰となった本山が、上諏訪駅から出発する日に見送る約束をつるはしていました。夜の上諏訪駅ホーム 時計は 19:27 で本山・妹の民子(島倉千代子)・母親(吉川満子)がいます。
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ホームは出征兵士を見送る一団が送る歌を歌って賑やかな中、本山は つるの姿を捜して目を泳がしています。そんな本山に母と妹は言葉を挟めず、母はオロオロ 民子は不機嫌な様子です。
ところが つる はその夜に限ってロンパリが居座り、駅へ行くことができません。汽車の発車時刻が迫り、つる は落ち着かず 不自然な様子にロンパリは疑い 外出を阻みます。

そうこうするうち、20:07 発 新宿行上り列車の到着を知らせる放送があり、D51 587 蒸機牽引の列車が入って来ました。
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つる は遂にロンパリを振り切って家を飛び出します。
踏切へ近付くと手動式遮断機が下り、汽笛を鳴らしながらスノープロウ付 D51 牽引の列車が つる の前を通過して行きます。つる は「本山さ~ん」と4回叫ぶしかありませんでした。
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この上諏訪駅でのロケを考察してみます。最初のシーンで時計は 19:27 を指しています。ロケ当時 19:17 に下り 417ㇾ長野行・19:22 に上り大月行 420ㇾが上諏訪駅を出発して行きます。
そこで乗降客が居なくなったホームで夜の出征シーンの撮影が行われたと思われます。次に 21:30 到着の長野発上諏訪止まりの 516ㇾを新宿行上り列車として撮影したと思われます。
20:07 発新宿行という放送はアフレコで、戦時中のダイヤでは 長野発 404ㇾで20:57 に上諏訪を発車 翌朝 5:00 新宿に到着します。ロケ当時は 22:36 発 418ㇾが該当し、4:30 新宿着でした。

本山との関係がバレた つるは 諏訪に居られなくなり、芸者時代仲良しだった かるた(水原真知子)を頼って千葉へ弟 忠夫(柴田昭雄)と向かいました。しかし空襲で かるたは死んでしまいます。
戦後 つるは生活苦の中で朝鮮人の松村(殿山泰司)の下で石鹸売りをして、弟を進学させることを希望に頑張っていました。だが弟は病気を苦にして自殺してしまい、諏訪に戻ることにします。
最後の鉄道シーンは、松村達の見送りを受け千葉を離れる時です。ロケ地は不明ですが架線が張られた駅から蒸機に牽かれた列車で、想い出多い地に別れを告げ 諏訪を目指して出立して行きます。
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 87. 姉妹(きょうだい)

 中央映画 製作 1955年4月 独立映画 配給 公開 

優しく落ち着いた性格の姉 近藤圭子(野添ひとみ)と天真爛漫で現実主義の妹 近藤俊子(中原ひとみ)の日常を描いた映画です。

父親が山奥の発電所に勤務しているので、通学の為親元を離れ最寄りの駅へ来たときに最初の鉄道シーンがあります。二人が口喧嘩している小雨の中、列車が近付いて来ました。
先頭で牽引するのは、D51 852蒸機です。ロケ当時 甲府区所属でしたので、中央本線 甲府以西での撮影とおもわれます。
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二人が暮らす伯母さんの家は松林市となっていますが、市内の様子から松本市と思われます。やがて姉が卒業し、俊子は寄宿舎へ入ることになります。
俊子の修学旅行が近付いた頃 父親は首切りにあった従業員の手前 俊子に参加を諦めさせますが、俊子は堪えて受け入れました。

修学旅行の日 長野工場式集煙装置付 D51 708蒸機(松本区)牽引の列車がタブレットの授受をしながら俊子の実家最寄駅へ着き、一人俊子が降りました。
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「コンチが行かなくてはつまらないわ」と窓から一人が声を掛けます。
この声に同意するこえがあちこちから掛り、俊子は笑顔を返します。「コンチお土産待ってらっしゃいね」の声に「行ってらっしゃい」と笑顔で手を振る俊子。

汽笛が鳴り、次のカットでは初期製造のナメクジ型 D51 91蒸機(上諏訪区)が盛大に煙を噴き上げ発進します。
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車窓から皆 ハンカチを振ったり紙吹雪を飛ばしたり、賑やかに去って行きました。
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列車が行ってしまい、静寂に包まれたホームに敏子は残って感慨にふけっている様子です。続いてロングに引いたショットでは、寂しそうに歩き出した俊子の横に(おざわ)の駅名標が有り 遠く去り行く微かな汽笛の音が・・・
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当時国鉄におざわ駅は無く(函館本線の小沢駅は こざわ です)日立電鉄に小沢(おざわ)駅がありましたが勿論違います。架空駅へと駅名標を変えての撮影と思われますが、何処の駅か不明です。
背後の雪を頂く山脈が南アルプスだとすると中央本線 甲府~塩尻の何れかの交換駅と思われ、ご存じの方は教えて頂きたいと願っております。
 

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83. わかれ雲

1951年11月 新東宝 配給 公開  スタジオ8 製作    監督 五所平之助

母親の死後 家に継母がきたことから心が捻じ曲がった藤村眞砂子(沢村契恵子)が、家族と離れて暮らすことから世間が見える様になり 成長し 立ち直る姿を見せる映画です。

鉄道シーンは最初と最後にあります。冒頭 D51 蒸機が牽く夜行列車が夜明けを迎える場面から始まります。やがて列車は中央本線 小淵沢駅に到着します
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構内放送が「小淵沢~ 小海線乗換 小海線は時間がありますので駅の待合室でお待ちください」と告げています。眞佐子たち女子大生5人組はホームに降り立ち背伸びなんぞをしています。
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この列車は新宿 23:55 発 419ㇾ長野行普通列車と思われ、小淵沢には翌朝 5:33 の到着です。しかし接続の小海線は始発が 7:12 とかなり待つことになります。
5人は八ヶ岳を眺めて感激する者・ホームの水飲み場で美味しそうに飲んでる者・向かいの小海線ホームに停まっている客車を見て、「まークラシカルな汽車!」と言う者 それぞれです。
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やがて小海線の発車時刻が迫り、駅の外で過ごしていた五人が改札へと急ぎ足で向かっていると、眞佐子が改札前で倒れ込んでしまい一同は小海線の汽車に乗れなくなってしまいました。
眞佐子は軽い肺炎に罹り、駅で世話になった山田館のおせん(川崎弘子)の元で皆と別れ療養します。快方に向かった後も継母の迎えを断り、南医師(沼田曜一)を手伝い おせんの元で暮らします。

そして父親である藤村良平(三津田健)が出張の帰り道に迎えに来た時、眞佐子は見違える程明るく 素直になり 一回り大人の女性に成長した姿を父に見せたのでした。
いよいよ小淵沢を離れる日 別れの場面で後半の鉄道シーンがあります。駅弁の立売がいるホームでは眞佐子と父 おせん 南医師が上り新宿行を待っています。

案内放送の後 D51 蒸気機関車重連牽引の新宿行普通列車が到着します。先頭は上諏訪区のD51 174です。
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眞佐子と父は3両目の2等車に乗車し、窓から顔を出して別れの言葉を交わしています。
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やがて汽笛が鳴り響き、
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列車はゆっくりと動き出し お互い別れを惜しむ中小淵沢駅ホームを離れ加速して行くのでした。知り合いになった町の人々も沿線から見送っています。

当時のダイヤでは昼間の上りは1本準急列車がありますが小淵沢は通過です。新宿直通の普通列車は5本で、この内2等車連結は2本しかありません。
松本 6:00 発の 412ㇾが小淵沢 8:46 塩尻 11:26 発の424ㇾが 13:27 の2本ですが、8:46 の412ㇾに乗車したと思われます。そしてこの列車は 13:36 に新宿到着です。

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 65. 無頼 黒匕首

 1968年12月 日活 製作 公開   カラー作品     監督 小沢啓一


 (10.「無頼」より 大幹部)、(47.大幹部 無頼)で扱った無頼シリーズの第五弾。この年だけで五作公開され、当時日活がいかに無頼シリーズに頼っていたかが分る任侠アクション映画です。

舞台は 1962年頃の東京 立川。 流れ者 藤川五郎( 渡哲也 )は元ヤクザの先輩 三浦健介( 中谷一郎 )を頼って訪ね、三浦が営む建材屋で働くことになります。
立川に暴力団 武相会が進出してきて、三浦の会社は狙われます。更に藤川と縁ある人を脅した武相会幹部を倒した藤川も、会長の息子 志下末雄( 川地民夫 )と長い間もめていることもあり狙われます。

武相会は三浦を脅迫し、藤川を誘き出そうとします。三浦は仕方なく藤川を騙し、武相会から逃がすからと八王子駅から列車に乗せようと呼び出します。
八王子駅 改札内跨線橋を急ぎ足で三浦が先導して歩き、藤川が続きます。4番線、3番線への降り口を通過 更に先へ進みます。時々藤川は後ろを振り向き、追っ手が居ないか警戒しながら歩きます。

(松本発 14時27分 新宿行)と白地の看板に書かれた案内板が出ている次の降り口の所に来ると、三浦はここだと言わんばかりに顎をしゃくり通路を右に曲がります。65-1.jpg


そして中央本線上り線・八高線の乗り場がある、0番線~2番線ホームへの階段を降り始めます。前方には当時存在した0番線の案内表示板が見て取れます。下り階段部分では、藤川が前方で降りて行きます。
階段の中程まで降りた時、突然前方から そのスジの男が3人現れ行く手を塞ぎます。立ち止まる二人。後ろを振り返ると、8人程のスジ者が退路を塞いでいます。どうする五郎・・・

藤川が懐の黒匕首に手を掛けた時、腰にヤッパを突き立てられる気配。フリーズする藤川。なんと三浦が藤川にヤッパを突き立て、藤川の懐から黒匕首を取り上げます。思わず「売ったな先輩」と呻く藤川。
「すまねぇ お前をこうしねぇと俺の身が立たねぇんだ」と三浦。藤川は武相会の組員に両脇を抱えられ階段を降りていきます。

続いてのシーンではEF13電機らしきが次位にマヌ34らしき暖房車 その後ろに旧形客車を従え、走り抜けます。65-2.jpg
そしてデッキでは武相会組員に監視された藤川と三浦が話しています。
車内のボックス席に座る武相会々長の志下寛市( 菅井一郎 )が「そろそろ立川かな」と呟き、降りる準備を始めようかと思った後 デッキでは藤川の逆襲がが始まります。

武相会の組員は次々に匕首を手にした藤川の逆襲にやられて、数が減っていきます。そして会長に迫った時、息子の末雄が散弾銃を取り出し藤川に銃口を向けます。
咄嗟に三浦が藤川の盾になり、顔を撃たれてしまいますが藤川はデッキから飛び降ります。ロケでは人形を落とすんですが、ちょっと残念な感じです。
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撮影当時のダイヤでは八王子 14:43 発の新宿行がありますが、甲府発の電車です。それ以外にもこの頃は日中の客車列車は岡谷 5:43 発の 422ㇾただ1本のみで、八王子発 10:19 で 11:05 に新宿到着です。
この映画設定の 1962 年のダイヤを見ても、松本発の 426 ㇾが八王子 13:54 発で長野発の 428 ㇾが 15:24 であり該当する列車はありません。乗車案内板と共に製作したと思われます。

その後SG搭載の電機が牽引するようになり、暖房車は廃止となりました。旧客車列車も山岳夜行列車として残りましたが、1975年3月 中央本線新宿方から消えて電車化されました。

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 58. こだまは呼んでいる

 1959年1月 東宝 配給 公開      監督 本多猪四郎

 田舎の路線バス運転手 鍋山精造( 池部良 )と車掌の 三好タマ子( 雪村いづみ )を巡るドラマです。

 冒頭 昭和33年の中央本線 韮崎駅の紹介があり、
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木造駅舎の駅前からハイキングへ行く人々が近代的なキャブオーバー型のバスに乗り込む様子が映ります。
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 ホーム2面を跨線橋で結ぶ形ですが、現在では廃止されたこの駅の特徴であったスイッチバックの様子が画面からは分りません。

 さて二人が組むのは山梨交通の路線バスで韮崎駅と宿木村(架空)を結んでいます。いつも村人に町での買い物など頼まれ事も引き受けてしまうタマ子なのでした。
 それで発車時刻に遅れ 鍋山をイラつかせ、乗客のハイカー役の加藤春哉たちから囃し立てられるシーンもありますが乗務するとバスガールらしい名調子で案内します。

 そんなタマ子に本屋の平沢健一( 藤木悠 )が好意を寄せますが、二人はお互いが不可欠なパートナーであることに気付くのでありました。
 午後の帰り便でハイカーたちを駅まで運んできた後、線路端で休憩している二人の前を新宿行の上り列車がD51 1025 蒸機に牽かれて行くのでありました。
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 この機関車 当時は上諏訪機関区に所属し、 長野工場式集煙装置と重油併燃装置を搭載し非電化である甲府以西の中央本線で活躍していました。
 夕方であり2等車を連結していないことから、長野 11:15 発の 416ㇾと思われます。韮崎は 16:53 発で終点の新宿には 21:05 の到着です。
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 現在韮崎から 首都圏Suicaエリアですが当時も利用客が多く、長距離列車以外にも非電化区間ながら韮崎~甲府の連絡気動車列車が上下で19本も運転されていました。
 夜行の準急アルプスを除く全列車が停車する主要駅でしたが、現在は特急列車では一部しか停車しません。

 1964年8月甲府~上諏訪が電化され無煙化されました。また韮崎以西から急勾配になることからスイッチバックの駅でしたが1970年複線化された時ホームを移転し、解消されました。
 中央本線はこの他にも今は無い、長坂・穴山・新府・勝沼・笹子・初狩(貨物用は現存)などスイッチバックの駅が特に多い線でした。長野~新宿の各停が9時間50分もかかった訳ですね。

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