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日本映画の鉄道シーンを語る

日本映画における鉄道が登場する場面(特に昭和20~40年代の鉄道黄金期)を作品毎に解説するブログ

403.悲しき別れの歌

1965年3月 日活 製作 公開   監督 西河克己

山形から上京した 野村ゆり子(吉永小百合)が 同郷の 風見信太朗(浜田光夫)と恋仲となるが、何故か ゆり子の母と風見の父に反対され 苦悩するゆり子の 心の葛藤を描いたメロドラマです。

序盤 ゆり子が 高校の同級生だった 矢吹健次郎(松山栄太郎)から 県人会の話を聞く時、背後を 京王帝都電鉄 井の頭線の 新型3000形が通り 続いて1000形が通ります。
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県人会の帰りに 風見はゆり子と飲んで、アパートに送ると 矢吹が部屋で寝ていたので 直ぐに帰ります。一方矢吹も ゆり子が風見に乗り換えたと思い、怒って 一方的に罵り 頬を叩いて帰っていきました。
翌日 ゆり子は モヤモヤする心情で 京王帝都電鉄 井の頭線 神泉駅で下車し、構内踏切を 渡って改札口を抜ける シーンへと続いています。
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その後矢吹は 同級生で美大に通う 川村秀子(浜川智子)の 誘惑に負けて 深く付き合う様になり、ゆり子は 心中のモヤモヤから 突然10日ほど帰郷して 家族を心配させます。
そして 上野駅に到着する 列車から降りると、
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ホームには 矢吹が迎えに来ていました。
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公園口から出た所で ゆり子が矢吹に聞くと、妹のまり子(田代みどり)が 矢吹に手紙で ゆり子が乗る列車を 伝えていたそうです。

それから 風見と恋仲となった ゆり子は 冬休みの帰郷時に 風見と同行し、
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米沢で 途中下車して 迎えに来た風見の妹 友子(西尾三枝子)の車で 風見家に寄りました。
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正月を実家で過ごし 矢吹と再会した折に、風見が挨拶に訪れて来ましたが 父 野村正雄(宮口精二)だけが在宅でした。
地元の駅から 実家へ戻る風見を ゆり子がホームで見送っていると、
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遠くから 母はる子(高峰三枝子)が 懸命に走って来る姿が見えました。
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バス窓の気動車が 動き出した時、漸く はる子が息を切らせながら 追い付きました。
そして「貴方が信太朗さんですね 私の思った通りの・・」と声を掛けることができました。
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風見が乗った 米沢行の列車が去り行くと、
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はる子は「お父さんから聞いて、どうしても一目会いたいと・・・」と 息も絶え絶えに話すのでした。

ゆり子は母親が 何故そこまで無理をして 風見に会いたかったのか、母に聞けないまま 2週間滞在した後 東京へ戻りました。
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しかし 数日後に(ハハキトク)の電報が届き 急いで帰郷して
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病院へ駆けつけると、母から か細い声で「風見の父 風見信吉(宇野重吉)と 昔深い仲と なったのを承知で、ゆり子の父 正雄は 受け入れてくれた」と 告白されました。

そして 葬儀の後 ゆり子は 父正雄の心情を考えると、理屈抜きに 風見に別れの手紙を出す 決心に至るのでした・・・







PS.
  3~4枚目の画像で映る神泉駅は 改築前の様子で、渋谷からの 下り電車で着いた客は 構内踏切を渡って 改札口へ向かいました。1996年12月に 現在の橋上改札駅舎となります。

  またこの駅は 前後にトンネルがあり 3輌分のホームしか ないので、はみ出した車輌は ドア締切扱いで 1995年9月まで対処していました。

前半8・9枚目と 後半17・18枚目の 画像で映る C57形蒸機は何れも 奥羽本線走行シーン としての状況ですが、急勾配の 板谷峠越え対策として 戦後いち早く 1949年4月に 奥羽本線 福島~米沢は電化されています。

  風見の実家は 米沢の設定なので 8・9枚目に映っているシーンは何処? まさか帰郷するのに 上野から仙台・仙山線経由で 山形を通って米沢へ帰った?実家を山形の設定にすれば、当時米沢区に 4輌のC57形蒸機が在籍していたので 地元の方も納得なのに・・・

  12~16枚目の画像で映る駅は、本作のロケが 長井線(現:山形鉄道フラワー長井線)の 長井駅で行われた 記録があります。12枚目の画像シーンで「~経由の米沢行です」との 放送が聞こえます。

  当時の時刻表では 長井線からの 米沢行は2本しかなく、長井10:47 ―(144D途中今泉から 米坂線乗入れ)― 11:42米沢 と思われます。そして高校の友人との 新年会後に上京か

  最後の画像は(ハハキトク)の電報を 受け取ったゆり子が 急いで帰郷する場面なので 妄想すると、上野23:20 ―(405D急行出羽 酒田行)― 5:25 米沢 5:27 ―(115レ)― 6:32 今泉 7:43―(213D)― 7:58長井 或いは今泉駅からタクシーか

  米坂線は 9600形蒸機か 一部C11形蒸機での運用なので、ここでも C57形蒸機の出番はありません。


  ゆり子の実家周辺のロケは 米沢近郊の 雪深い 小野川で行われ、スキー場で 風見父娘と ソリ滑りする 場面だけは 志賀高原で 行われたそうです。


参考 : キネマ旬報 1965年3月上旬号  明星 1965年4月号  近代映画 1965年4月号

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