
1958年4月 東京映画 製作 東宝 配給公開 監督 瑞穂春海
寄席小屋を営む 仙介(日守新一)は モダンな娘 光子(雪村いづみ)と 鰻屋の主人 繁三(森繫久彌)の甥 新太郎(藤木悠)を 結婚させようとしますが、すれ違いとなる 下町人情調の 喜劇映画です。
冒頭 華やかな東京の中心部に対して ガタゴト走る1系統と

30系統の都電と

寄席小屋寿亭を、斜陽な存在として光子が紹介しています。
続いて 寿亭で お茶子として働く咲子(津島恵子)を フランスへ留学中の兄 幸介の許嫁で、やがては 義理の姉となる存在と 紹介します。
ある日 咲子は 母親の墓参りの帰りに、上野の科学博物館近くで 新太郎とバッタリ会います。
上野駅が見下ろせるベンチに 新太郎は座りますが 着物姿の咲子は座らず、

仙台への転勤を聞いた咲子は 両大師橋へ向かって走る汽車を見て

「あの汽車が仙台へ行くのね」と呟きます。
光子と新太郎を 結び付けようと 繁三が張り切ると、二人共 満更でもない様子で 話を進めるのでした。
ところが フランス帰りの水島陽子(木村俊恵)から「フランス女性と結婚した」との 幸介からの伝言を聞いた光子は 咲子に伝え、咲子の本心が 新太郎に向いている事を 聞き出します。
光子は新太郎に 咲子の気持ちを伝え、二人の仲を 取り持つ事にしました。
いよいよ二人が 仙台へ旅立つ日 上野駅では「まもなく 17:20発 常磐線周りの 急行青森行が発車します」と構内放送が流れ、

C61形蒸機に牽かれた 列車が動き出しました。

並ロの車内に 並んで座る二人の内 咲子が「みっちゃん 見送りに来てくれなかったわね」と言うと、新太郎は「みっちゃんのことだから 何処かで 我々の幸せを祈ってくれているよ」と応えます。

一方光子は 両大師橋の上から 二人の乗った列車を見ていました。汽車の爆煙が 光子に迫り来たので、


橋の反対側に走ると 煙を避けながら 去り行く列車を見送るのでした。


上野駅西側の 線路沿いの坂道を 元気なく歩いている光子に、
公園口から 見送りして出て来たらしい繫三が 後ろから「おーい みっちゃんも 見送りに来たのか」と声を掛けます。
光子は 曖昧な顔で否定するでもなく、しゃがんで 靴の紐を直すのでした。繫三が「そうか 本当はみっちゃん 新太郎のことを・・・」と呟くと、背後を 京浜東北線北行電車が通ります。

PS.
1・2枚目の画像で 都電1・30系統の電車が 映っていますが、同じ線路を走っているので 中央通りの須田町~上野駅前の何処かでしょうか。
(306.女中ッ子)でもロケが行われた 上野駅が見下ろせる線路端で、明確な列車は映っていませんが 本作でもロケが行われました。
ロケ当時は 東北本線の大宮から先が 未だ非電化なので、東北本線・常磐線の長距離列車の大半が 蒸機牽引列車でした。本作公開月に 宇都宮迄電化されて、上野へ乗り入れる蒸機が グッと減ります。
17:20発の 急行青森行との放送ですが これは架空列車で、常磐線では 16:05発 203レ急行北上と 19:15発 205レ急行十和田の 真ん中辺りの設定で 脚本が書かれています。
しかし 転勤地の仙台着が 203レを使っても 22:08なので、架空列車の到着は 23:23頃と計画が不自然です。9:50発 201レ急行みちのく青森行の仙台着が 15:47なので、常磐線周りなら 現実的には 201レを使うと思われます。
C61形蒸機に牽かれた列車は 当時の地平11番線から発車していますが、上野駅の配線状況から 当時の常磐線周りの 急行青森行5本(201レ・203レ・205レ・207レ北斗・209レおいらせ)の全てが 高架6~8番線からの発車でした。
映っている列車が 急行だとすると C6119号機が 当時白河区所属であったことからも 11番線から 13:30発 103レ急行松島 仙台行と思われ、仙台に 20:18到着と 転勤利用には現実的ですね。11枚目の画像からも東北本線への、長距離 長編成の急行列車と思われます。
当時の常磐線は 日暮里~平(現 いわき)が複線化され 勾配も最大10‰と 蒸機には好条件で、上野~青森の直通急行は 5本全てが上野~仙台を常磐線周りで運転していたので 架空放送の様な内容となったのでしょう。
東北本線の方は 複線化が東京~宇都宮だけと 常磐線の半分以下で 勾配も25‰区間があるので 補機が必要となり、青森・秋田行と標示している 101レ急行青葉も 仙台へ着いた7輌中2輌だけを 201レ急行みちのくへ併結して青森へ向かったのが実態です。
こうした事情から 本作公開の半年後に誕生した 東北地方初の1レ特別急行はつかり号(上野~青森)も、上野~仙台の区間は常磐線(日暮里~岩沼)を1968年9月末まで走っていたのでした。
寄席小屋を営む 仙介(日守新一)は モダンな娘 光子(雪村いづみ)と 鰻屋の主人 繁三(森繫久彌)の甥 新太郎(藤木悠)を 結婚させようとしますが、すれ違いとなる 下町人情調の 喜劇映画です。
冒頭 華やかな東京の中心部に対して ガタゴト走る1系統と

30系統の都電と

寄席小屋寿亭を、斜陽な存在として光子が紹介しています。
続いて 寿亭で お茶子として働く咲子(津島恵子)を フランスへ留学中の兄 幸介の許嫁で、やがては 義理の姉となる存在と 紹介します。
ある日 咲子は 母親の墓参りの帰りに、上野の科学博物館近くで 新太郎とバッタリ会います。
上野駅が見下ろせるベンチに 新太郎は座りますが 着物姿の咲子は座らず、

仙台への転勤を聞いた咲子は 両大師橋へ向かって走る汽車を見て

「あの汽車が仙台へ行くのね」と呟きます。
光子と新太郎を 結び付けようと 繁三が張り切ると、二人共 満更でもない様子で 話を進めるのでした。
ところが フランス帰りの水島陽子(木村俊恵)から「フランス女性と結婚した」との 幸介からの伝言を聞いた光子は 咲子に伝え、咲子の本心が 新太郎に向いている事を 聞き出します。
光子は新太郎に 咲子の気持ちを伝え、二人の仲を 取り持つ事にしました。
いよいよ二人が 仙台へ旅立つ日 上野駅では「まもなく 17:20発 常磐線周りの 急行青森行が発車します」と構内放送が流れ、

C61形蒸機に牽かれた 列車が動き出しました。

並ロの車内に 並んで座る二人の内 咲子が「みっちゃん 見送りに来てくれなかったわね」と言うと、新太郎は「みっちゃんのことだから 何処かで 我々の幸せを祈ってくれているよ」と応えます。

一方光子は 両大師橋の上から 二人の乗った列車を見ていました。汽車の爆煙が 光子に迫り来たので、


橋の反対側に走ると 煙を避けながら 去り行く列車を見送るのでした。


上野駅西側の 線路沿いの坂道を 元気なく歩いている光子に、

公園口から 見送りして出て来たらしい繫三が 後ろから「おーい みっちゃんも 見送りに来たのか」と声を掛けます。
光子は 曖昧な顔で否定するでもなく、しゃがんで 靴の紐を直すのでした。繫三が「そうか 本当はみっちゃん 新太郎のことを・・・」と呟くと、背後を 京浜東北線北行電車が通ります。

PS.
1・2枚目の画像で 都電1・30系統の電車が 映っていますが、同じ線路を走っているので 中央通りの須田町~上野駅前の何処かでしょうか。
(306.女中ッ子)でもロケが行われた 上野駅が見下ろせる線路端で、明確な列車は映っていませんが 本作でもロケが行われました。
ロケ当時は 東北本線の大宮から先が 未だ非電化なので、東北本線・常磐線の長距離列車の大半が 蒸機牽引列車でした。本作公開月に 宇都宮迄電化されて、上野へ乗り入れる蒸機が グッと減ります。
17:20発の 急行青森行との放送ですが これは架空列車で、常磐線では 16:05発 203レ急行北上と 19:15発 205レ急行十和田の 真ん中辺りの設定で 脚本が書かれています。
しかし 転勤地の仙台着が 203レを使っても 22:08なので、架空列車の到着は 23:23頃と計画が不自然です。9:50発 201レ急行みちのく青森行の仙台着が 15:47なので、常磐線周りなら 現実的には 201レを使うと思われます。
C61形蒸機に牽かれた列車は 当時の地平11番線から発車していますが、上野駅の配線状況から 当時の常磐線周りの 急行青森行5本(201レ・203レ・205レ・207レ北斗・209レおいらせ)の全てが 高架6~8番線からの発車でした。
映っている列車が 急行だとすると C6119号機が 当時白河区所属であったことからも 11番線から 13:30発 103レ急行松島 仙台行と思われ、仙台に 20:18到着と 転勤利用には現実的ですね。11枚目の画像からも東北本線への、長距離 長編成の急行列車と思われます。
当時の常磐線は 日暮里~平(現 いわき)が複線化され 勾配も最大10‰と 蒸機には好条件で、上野~青森の直通急行は 5本全てが上野~仙台を常磐線周りで運転していたので 架空放送の様な内容となったのでしょう。
東北本線の方は 複線化が東京~宇都宮だけと 常磐線の半分以下で 勾配も25‰区間があるので 補機が必要となり、青森・秋田行と標示している 101レ急行青葉も 仙台へ着いた7輌中2輌だけを 201レ急行みちのくへ併結して青森へ向かったのが実態です。
こうした事情から 本作公開の半年後に誕生した 東北地方初の1レ特別急行はつかり号(上野~青森)も、上野~仙台の区間は常磐線(日暮里~岩沼)を1968年9月末まで走っていたのでした。


