日本映画の鉄道シーンを語る

日本映画における鉄道が登場する場面(特に昭和20~40年代の鉄道黄金期)を作品毎に解説するブログ

222.おかあさんのばか

1964年6月 松竹 製作 公開   監督 水川淳三

両親・兄と共に平穏な生活を送っていた小学5年生の古田幸(加納美栄子)が、母の急死に因って生活が激変し 数々の困難に直面しながらも成長してゆく姿を描いた映画です。

幸の母 静江(乙羽信子)は区民水泳大会に出場した直後に、突然倒れて 脳出血に因って急死してしまいます。そして翌日から幸が一家の母親役を担うことになります。
しかし学校帰りに無人の家で魚を焼いて夕飯の準備を始めると、ガスの集金人が来て払えないのを怒られ 魚も焦がしてしまい家を飛び出して駒沢から渋谷駅へと行くのでした。
更に三段窓の京浜東北線 桜木町行 72系電車の走行シーンが映った後、
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幸は近所に住む井上猛(三上英一郎)が働く自動車工場へ会いに行き 夜になって帰ります。

ある日幸は近所に住み姉の様に慕う会社員の坂本千恵(榊ひろみ)に東京タワーへ連れて行ってもらい、両親の意向に反して 今は遠い黒四ダムで働く彼氏と結婚する決意を聞かされます。
そして千恵が旅立つ日 幸は一人早起きして、父と兄の朝ご飯の用意をしてから上野駅へ見送りに行きます。地平ホームに面して列車案内札の下がる改札を足早に通ると、14番線へと急ぎます。
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発車ベルが鳴り響く中 14番線で発車を待つ 82系気動車特急 白鳥号の元へ急ぐ幸の横には、16番線の 80系電車と 17番線の 451系電車らしきが停車している姿が見えます。
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幸は最後部から車内の千恵を捜して前方へと進むと、4両目で窓側に座る千恵を発見します。
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固定窓なので声はよく聞こえませんが、お互い身振り手振りを兼ねて別れの挨拶を交わします。
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構内放送で「 14番線は 7:43発 新潟行 特別急行白鳥号です」と流れていますが、当時 2003D 白鳥号は 9:05発 長野経由の大阪行なのでアフレコと思われます。

やがて白鳥号は、ゆっくりと動き始めました。手を振りながら少し歩きますが、立ち止まって列車の最後部を見送ると
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元来た中央改札口へと走り出しました。
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広小路口を出て振り向くと、駅の時計は 7:45指しているので
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京成上野駅方面へと急ぐ姿が映ります。幸は駒沢に住んでいるので地下鉄銀座線で渋谷へ行き、玉電に乗ったと思われます。

見送りに行ってから学校に間に合う設定なので、白鳥号を 7:43発にしたのでしょう。それでも少々苦しい設定なのですが・・・
しかし架空の新潟行としたのは不思議です。黒四の入口は大糸線 信濃大町か北陸本線 富山なので、大阪行の白鳥号のままなら富山を通ります。(上野 9:05発 → 富山 16:03着)

9:05上野発の白鳥号と 5:20青森発の白鳥号を直江津で併結して大阪まで食堂車2両を含む 14両編成で運行する方式は、1965年10月に上野発が金沢行はくたか号として分離されるまで続きました。




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217. 赤い殺意

1964年6月 日活 製作 公開   監督 今村昌平

東北 仙台の地で 常に受け身になって虐げられる生活に耐え忍ぶ高橋貞子(春川ますみ)が、自分を暴行した強盗犯に振り回されながらも何時しか自立してゆく様を描く映画です。

冒頭 仙台駅一つ手前の長町駅近くに住む高橋家が面している東北本線上を、常磐線からの旧客列車を仙台区のC62 7 が牽いて 轟音と共に走り去って行きました。
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貞子の亭主 高橋吏一(西村晃)は図書館司書で、東京での会議に夜行列車で出張の為 仙台駅改札口へと来ています。一晩中数多くの列車が発着する活気ある 駅構内の様子が映っています。
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高橋を見送った貞子は、仙台市電に乗って 自宅最寄りの広瀬橋電停で降りました。乗って来たのは仙台市電 長町線 400形・403長町行で、駅から付けている男の存在に気付いてない様子です。
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夜中に侵入した強盗犯 平岡(露口茂)に暴行までされた貞子は、翌朝 自宅前の線路脇に上って C60 12蒸機へ身投げ仕様としますが踏み切れないのでした。
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線路に面している高橋家では、四六時中 汽笛や列車の走行音が聞こえています。突然 雹が降り出した日には、D62形らしき蒸機が牽く貨物列車が背後を通過する中 洗濯ものを取り込むシーンもあります。
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ある日 妊娠を感じた貞子は、遠く離れた松島で診察を受けます。東北本線 松島駅で帰りの汽車を待っていると、ホームに平岡が現れ「俺と逃げてくれ 東京へ行こう」などと口説きます。

そこへC60 13蒸機が牽く普通上野行き列車が、豪快に黒煙を吹き上げながら到着します。
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乗り込んで車内を移動する貞子を平岡は延々と追い掛け、最後部のデッキでもみ合う二人をカメラは追い続けます。
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この当時 松島駅からの普通 上野行きは5本ありますが、該当するのは盛岡始発の 132ㇾで 松島を 11:32に発車して 終着上野には 21:59到着です。

そして松島駅を去り行く列車をホームから撮り続けると、更に二人がもみ合う走行中の最後部デッキを追い続けるのです。電化に備えたポールが立ち並び、接触危機を感じる迫力あるアクションシーンです。
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国鉄の協力で客車最後部に無蓋車等を増結して、そこから撮影していると思われる映像です。電化済の印象を映像から感じますが、1965年10月に仙台~盛岡を一気に電化しているので南から順次施工している様です 。
平岡が貞子と無理心中を望んでいる様なもみ合いはトンネルを過ぎても続きますが、突然 平岡は心臓発作をおこし苦しみ 東仙台駅に着いても不憫に思えた貞子は平岡を振り切ることができません。

中盤 平岡は貞子の息子にメモを託して、広瀬橋に貞子を呼び出します。しかし貞子は現れず 待ちぼうけを喰った平岡の背後を、2D上野行 81系気動車特急はつかり号らしきが通過して行きます。
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その後もしつこく現れる平岡に、貞子は手切れ金を押し付けて別れを宣言して帰ります。しかし平岡の様子が気になった貞子は市電 広瀬橋電停で下車しますが、吹雪の中 直に反対側の市電に乗って戻るのです。
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高橋が京都へ出張する日、貞子は自宅の庭から 453系電車急行に乗る夫を見送ります。その後遂に仙台駅で平岡と待ち合わせ 駆け落ちの旅に出ますが、高橋の愛人 増田義子(楠侑子)が二人を追っています。
ところが二人の乗った列車の先行列車が大雪で脱線したので、とある駅で停止したままとなります。吹雪の中 C57形蒸機らしきを先頭に停車する駅から、二人は あかばら温泉(架空?)を目指して歩くのでした。
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PS .

  今村監督が後年 最も印象に残る作品であると語った本作は、東京オリンピック前の仙台近郊でのロケが多く 大型蒸機も数多く登場する小生推薦の映画です。
  1962年7月に二代目松島駅となったこの駅から始まる二人の最後部デッキでのもみ合いは、今では撮影できない程の危険なアクションシーンであり この映画のハイライト場面と思われます。
  また 具合の悪くなった平岡を見捨てられなかった貞子は、窓を開けると蒸機が行きかう元祖トレインビューホテルとも言える 連れ込み宿へ入る場面などもあります。

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214.にっぽん泥棒物語

1965年5月 東映 製作 公開   監督 山本薩夫

泥棒が裏稼業の林田義助(三國連太郎)は土蔵破りに失敗して 逃走の途中で、列車転覆事件の犯人に遭遇したことから真実を語ることで被る不利益と平安な生活とで悩むコメディタッチの社会派映画です。

林田は保釈中に拘置所内で知り合った馬場庫吉(江原真二郎)と土蔵破りを図ります。馬場と待ち合わせの杉山駅(架空駅)を出ると、
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駅前では国鉄の人員整理反対署名活動で賑やかです。
駅構内では、8620形らしき蒸機が入換作業中の様です。
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二人で高台から目当ての呉服店を偵察していると、右方向の築堤をD51形らしき蒸機が貨物列車を牽いて豪快に黒煙を吹き上げながら走り抜けて行きます。
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山本監督が前作「松川事件」と同様 佐倉付近でロケを行ったとすれば、総武本線 佐倉~物井の旧線が候補の1つに想像できます。

深夜に大竹呉服店の土蔵破りに失敗した林田と馬場は、線路沿いに逃走する途中で9人の大男とすれ違ったのです。その夜明け 半鐘が連打される音で気付いた林田は、列車転覆事故を知ります。
林田は村人達と走って事故現場へ駆け付けると、停車している列車の最後部では車掌か警官がヤジウマ達を進行 左側へと誘導しています。
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そして最前部へ行くと、C51133 のプレートを付けた蒸機がひっくり返って未だ蒸気を上げています。実際の事故映像の短いカットと煙室扉部分のセットを組み合わせて臨場感を盛り上げています。
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その後 高橋はな(佐久間良子)と結婚して幸せになり 列車転覆事件から10年以上経ったある日、杉山事件弁護団が訪ねて来て 馬場が事件当夜に逮捕された3人とは違う9人の男と会った証言をすると聞いて東京へと向かいます。
上野駅から迎えの車に乗った前を都電8000形らしきが走っています。
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保釈中に起こした土蔵破りが発覚して収監され 平穏な生活が壊れるのを恐れる林田は、警察の思惑通り3人に会ったと言い通すのでした。

東京に集まった面々が帰る時上野駅地平13番線で、昔 拘置所で出会った杉山事件の犯人 木村信(鈴木瑞穂)と再会します。木村は息子(金子吉延)同伴で来ており、冤罪犯親子の境遇に涙し 考えを変える林田でした。
13番線には 9:30発 703M 急行佐渡 新潟行が停まっています。14番線停車中の旧客は、9:40発 601ㇾ急行白山 金沢行と思われます。ホーム端にはこの時代、準急・急行券売り場があります。
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最後の画像で 13番線端の木村親子の背後の、15番線にEF57形電機らしきが到着しています。宇都宮 7:40発の普通 524ㇾで、10:04に到着した普通列車と思われます。
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210. 一粒の麦

1958年9月 大映 製作 公開  カラー作品   監督 吉村公三郎

福島県の中学校 教師の井上正治(菅原謙二)が、引率して集団就職した生徒のその後に遭う 苦難に対応して奮闘する姿を追うセミドキュメンタリータッチの青春映画です。

この作品で鉄道シーンはセット部分も含めると合計 17 分余り有り、冒頭から夜の福島駅1番線で集団就職臨時列車に乗車・出発する場面があります。
テープによる県知事挨拶に続き「仙台発 上野行 就職臨時列車がまいります」と構内放送が流れて、見送り人で溢れる1番線にD50 形蒸機らしきに牽かれた臨時列車が到着します。
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井上は就職者を車内へ誘導しながら小泉夕子(安城啓子)が未だ来ないことを心配して相沢校長(東野英冶郎)らと話しています。そこへ沼田イチ子先生(若尾文子)が改札を通り、夕子を連れて到着しました。
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やがて発車時刻となり、井上はデッキに乗り込み出発の挨拶を交わします。するとイチ子から弁当が渡され、大勢の人達に見送られて列車は福島駅を離れて行きました。

続いての車内シーンはセット撮影の様です。井上先生の説明が終わった頃
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渡辺梅夫(高島稔)が反対側の窓を開け「村の人が見送ってくれるから」と言ったので、皆窓から顔を出しました。
線路の両側で提灯を振る村人達の間に蒸機が近付き 
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続いて盛大に提灯や手を振り見送る人達に、客車の窓から大勢の子供たちが手を振って答える中 列車は通過して行きました。
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次に列車はD50 336蒸機が牽いて、二本松駅へ到着します。
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こちらのホームでも大勢の人達に見送られ、同じ車両に乗ってきました。発車する時、手に手に紙テープを持って 賑やかな見送りです。
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そして翌朝 6:00 重連の電機に牽かれて、上野駅へと就職臨時列車は到着します。隣のホームには高崎線用らしき 80系電車が停車しています。東北本線 宇都宮電化は映画公開年の4月14日なので少々苦しいですね。
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井上とイチ子の結婚式が行われている夜、東京のガラス工場から斎藤誠(金沢義彦)と坂田四郎(小林信介)が逃げ出した電報が届きます。
校長の依頼もあって、井上はイチ子と共に急遽 上京することになりました。セットらしき三等車内で済まないと謝る井上に、イチ子は「新婚旅行だと思えばいいわ」と明るく答えます。
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斎藤と坂田はガラス工場に戻るのを拒否したので、東京にある福島県人会館に連れて来ました。井上は浜松の紡績工場で男子社員を募集していたのを思い出し、浜松へと向かいます。
EF 58 148らしき電機が牽引する列車が高速で近付くカットの後、小型の連絡船上に井上の姿があります。当時 全線電化されて2年目の東海道本線ですが、未だ大半の電車は沼津迄の運転でした。
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自動車修理工場で働く西山強(木下雅弘)は三輪車の運転免許を取得し、休日 医院で働く新井香代(田中三津子)を助手席に乗せてドライブします。
くろがねKD型と思われるオープン三輪車で、銀座・皇居前・神宮外苑と走ります。松坂屋百貨店前では都電 40系統の 1100形らしきが前方を走っています。
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トラックの修理不良から事故の賠償を負い、西山の働く工場は傾いてしまいます。夜 工場解散の相談をしているところへ香代が訪ねて来て、医院が名古屋へ移転するので引越すことになったと告げます。
その工場横の柵も踏切も無い線路を 8620形蒸機牽引の貨物列車が、警戒汽笛を盛んに鳴らしながら ゆっくり通過して行きます。江東区の越中島貨物線から分岐した、南砂町5丁目付近の引き込み線でしょうか。
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井上は就職担当の仕事を当初は嫌っていましたが、重要性に気が付き次年度も続ける決意を固めます。ラストシーンは福島駅を発車する翌年の就職臨時列車と、懐妊したイチ子をはじめとする見送る人々の姿です。


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206. 東京暮色

1957年4月 松竹 製作 公開   監督 小津安二郎

幼き日 夫子を捨て男の元へ走った母に叔母が再会したことから妹が振り回され、悲劇に至って怒る娘 沼田孝子(原節子)に接し 寂しく去る母 相馬喜久子(山田五十鈴)の姿を描くドラマです。

冒頭 杉山周吉(笠智衆)が飲み屋に入る前、全線座の看板が見えるので夕暮れの渋谷界隈らしき百貨店近くを貨物列車が走っています。この映画公開の二年半前に電化された山手貨物線でしょうか。
幼少期から父 杉山に育てられて母親を知らない次女 明子(有馬稲子)が、つきあっている木村憲二(田浦正己)を捜す場面では東急電鉄 池上線の大崎広小路駅が映ります。
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午後1時を指すホームの時計後方には、僅か 300mしか離れていない始発 五反田駅に接続する元白木屋百貨店五反田分店の尖塔が見えています。
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中盤 木村がよく通う中華屋 珍々軒へ明子が向かう場面で、明子の後方に遮断機付の踏切が在り 更に背後の築堤上にも電化された線路がある模様です。
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木村が通うので五反田界隈と思われますが、築堤と踏切の関連から目黒~恵比寿の区間で或いは踏切と中華屋はセット設営した物とも考えられます。

そして孝子の叔母 竹内重子(杉村春子)が偶然 喜久子に会った話しから、孝子は明子が母とは知らずに出入りしている五反田の麻雀店 寿荘へ女将の喜久子を訪ねます。
その折 東急 池上線の五反田駅の高架ホーム端を下から撮影したカットに続き
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到着する 3000系らしき3連電車の姿が映ります。
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明子が産婦人科医院へ行く場面では、(201.早春)でも映った東急 蒲田駅が登場し
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傍らに産婦人科医院の看板を映しています。
その後 明子は幼少期から母親がいなかった経緯を孝子から聞き、喜久子に怒りを叫び 更に木村の態度にも絶望して前記の踏切で事故に遭い死亡します。

東急 五反田駅を出発して行く池上線 3000系電車が映った後、
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明子の葬儀を終えた孝子が寿荘へ喜久子を訪ねて行き 怒りをぶつけたのでした。
喜久子は夫 相馬栄(中村伸郎)から頼まれて渋っていた北海道 室蘭への転居に同意し、出発の日 孝子の元へ花を持参しますが孝子は花を供えることを許しません。
「今晩9時半の汽車で北海道へ発つの」と別れの挨拶も兼ねて孝子の元へ来た喜久子ですが、積年の恨みと明子の悲劇からの孝子の行動でしょうか。この間喜久子の挨拶に一言の返事もしません。

上野駅 21:30発 2.3等急行津軽 奥羽線周り青森行の行先板が映り、
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構内放送が流れます。「途中主な停車駅は大宮・小山・宇都宮・・・弘前・青森でございます」
客車の下からは蒸気暖房の湯気が上がっている中、続々と乗客が乗り込んで行きます。
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相馬と喜久子は早々に席を確保して、酒を飲んで出発を待っています。
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ホームでは明治大学の応援団が遠征に行く学生に校歌を歌って励まし見送りをしています。
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卓球部等個人的競技の部員でしょうか、応援団は同行せず3人程が響き渡る校歌で見送りを受けています。
喜久子は寒いのに窓を開けて顔を出して、孝子が来るのでは?と捜しますが誰も来ません。相馬は諦めろと窓を閉めますが、曇った窓を拭いて捜す喜久子なのでした。
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やがて哀愁を感じる蒸機の汽笛が12番線に鳴り響き、4分間に及ぶ屈指の長き 見送り人無き 悲しい上野駅出発場面が終わります。
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これ程印象深く、長い出発場面は見たことがありません。
当時は大宮迄しか電化されていない東北本線なので、C59形蒸機が牽引したのでしょうが音だけで姿は見えません。

見る人の心に響く上野駅旅立ちシーンのロケですが、当時 急行津軽の5号車はスハ43系客車が使われていました。座席の背ずりにモケット、腰部にクッションが付いた急行列車仕様です。
しかし相馬夫妻が座る座席は、急行列車とは思えない板張りの背ずりです。思うに尾久区辺りでオハ61形等の客車を使って、エキストラを乗せて相馬夫妻の旅立ち車内シーンを撮影したのでは?
また二人並んで座る場面では、松竹技術スタッフお得意の座席外しをして撮影したのでは?と思われます。







PS. 相馬は室蘭へ行くのに何故 急行津軽に乗ったのでしょうか?401ㇾ津軽に乗ると、 上野 21:30 → 12:55 青森 17:20 → 21:50 函館 22:10-(419ㇾ)-1:17 長万部 5:02-(231ㇾ)-7:54 室蘭
   と乗り継ぐので、青森と長万部で接続が悪く 3日目の朝に漸く到着となり 所要34時間4分も掛かります。

    普通なら  上野 16:05 -(203ㇾ急行北上) - 6:03 青森 6:25 -(13便 )- 10:55 函館 11:39 - ( 13ㇾ急行アカシヤ)- 13:56 長万部 14:01-(235ㇾ)-16:47 室蘭と乗るでしょう。所用24時間42分です。

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176. 乱れ雲

1967年11月 東宝 製作 公開  カラー作品   監督 成瀬巳喜男

交通事故で通産省の役人である夫 江田宏(土屋嘉男)を亡くした江田由美子(司葉子)と加害者である明治貿易社員 三島史郎(加山雄三)の悲恋映画で、成瀬巳喜男監督の遺作となった映画です。

小田急電鉄の 2400形と思われる列車が大きな急行看板を付けて現れた後、
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夫の栄転と初めての懐妊で幸せに浸る由美子が車内で隣の赤ちゃんをあやすシーンがあります。
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事故の後 夫の葬儀に現れた三島に憎悪を感じた由美子であったが、夫の実家からは籍を抜かれ子供も諦めることになりました。姉の采配で由美子は三島から毎月お金を受け取ることになります。

監督官庁の役人を事故死させた三島は青森出張所へ左遷され、会社の常務の娘との婚約も解消となって失意の内に国鉄青森駅頭へ到着した場面もあります。
由美子は実家である十和田湖にある旅館を手伝うことになり、青森の三島の元を訪ねて毎月の援助を断り縁を断とうとします。

その後三島の母親が謝罪に来たこともあって、偶然の再開後二人はお互い魅かれるようになったのです。しかし会う度に悩み由美子が再会を断ったので、三島は転勤願いを出します。
そしてパキスタンへの転勤が決まり青森を離れようとする時、ついに由美子が三島の家に現れ二人は出掛けます。タクシーで宿へ向かう道中、悲惨な交通事故現場に遭遇してしまいます。

二人はかつての事故を思い出し激しく動揺するのでした。タクシーが踏切で捉り停車すると、二人は無言で車内は重たい空気に包まれます。東北本線でしょうか、重厚なハエタタキが並んでいます。
やがてD51形蒸機牽引の貨物列車が左手からやって来ました。
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本線の貨物列車だからでしょうか、とにかく長い列車です。途中で三島が雰囲気に耐え切れず、タバコを吸い出します。

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漸く編成最後の緩急車が現れたと思ったら、その後ろにキロ28形と思われる一等気動車が連結されています。混合列車ではなく修理を受けていた車両の回送でしょうか。
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二人はお互い結ばれる仲ではないことを悟り、別れることに納得するのでした。最後に転勤に向けて上京すべく、DD51形内燃機 重連牽引列車に乗る三島の姿があります。
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三島が座る車内シーンは特急普通車のセット撮影の様にも見えます。

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ロケ当時 東北本線は青森~盛岡が非電化区間で、気動車以外の特急・急行はDD51形内燃機が重連で牽いていました。様子から唯一の昼行急行である、202ㇾ第一みちのく号と思われます。
202ㇾは青森発 5:45で盛岡~仙台はED75牽引と近代化されますが、一転して仙台~平はC62形蒸機となり最後はEF80形電機牽引で 18:43上野に到着でした。

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175.ますらを派出夫会

1956年2月 東京映画 製作  東宝 配給 公開    監督小田基義

お手伝いさん派遣業界では新興の(ますらを派出夫会)が勢力を現し、老舗の(なでしこ派出婦会)はお得意先を減らしてしまいます。両会のせめぎ合いに、没落する亀山一家を絡めて描くコメディ映画です。

亀山家では(ますらを派出夫会)から派遣された人を使っていたが、来る人来る人が皆 問題人間でした。そこで副会長の江川健太(榎本健一)が派遣され、漸く満足する働きに喜ぶ一家でした。
ところが亀山寅造(柳家金語楼)の娘 絹子(白鳩真弓)の婚約者 金田(三木のり平)に会社の財産を持ち逃げされ、亀山家は 一気に没落します。亀山は妻と娘を田舎へ帰して東京で一人働く決意をします。

先ずC59形らしき蒸機の力強い足回りが映ります。
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続いて上野駅地平 11番ホームで発車待ちの、C59形10号機の前面がアップで登場します。現在の 11番線は高架の常磐線用ホームですが、現在の 14番線の位置と思われます。
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旧型客車に乗り込んだ亀山の妻 その(千石規子)と娘 絹子は、窓越しに見送りに来た亀山との別れを惜しんでいます。亀山は「働いてもう一遍暮せる様になったら、皆を迎えに行くからな」と二人に告げます。
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列車の先頭から汽笛が響くと、亀山はいよいよ別れの時が来たと覚悟した表情です。
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動き出した汽車から、そのは「じゃお達者で」絹子は「おとうさん~」。見送る亀山は「その~」次第に小さくなる二人でした。
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そのと絹子が乗る車両の後ろが最後部で荷物車が連結されています。亀山は窓から手を振る二人が見えなくなるまで 11番線で見送るのでした。
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この 11番線の隣は荷物ホームで、到着した荷物をさばいている様子が映っています。1964年10月に手荷物や新聞等以外の荷物取扱いが隅田川駅へと移るまでは、荷物でも上野駅構内は賑わっていました。
さて亀山母娘が乗ったC59形蒸機牽引のこの列車は? 当時の 11番線は東北本線列車の発車ホームでした。全線東北本線を行く青森行は、急行が 9:00発の 101ㇾ青葉のみで(仙台から常磐線経由みちのく号に併結され23:44着)普通列車が昼行・夜行(発駅時点)が各2本ありました。

二人は普通列車 青森行に乗ったので、昼行の 10:20発 翌朝 8:29青森に到着する 111ㇾか、12:40発 翌日 12:12にのんびり青森到着という 113ㇾの何れかと思われます。
ロケ当時の東北本線は上野~大宮が電化されているだけで、夜明け前といった様子でした。直通の青森行はこの他 福島から奥羽本線経由の夜行普通列車が2本と合計7本ありますがドン行主体で、主力は急行4本準急1本普通1本が走っていた常磐線経由でした。
C59 10蒸機ですが 1955年 東海道本線が米原まで電化されたので余剰となり、梅小路区から宇都宮区へ転属したのです。東北本線 上野方での活躍も2年半程で、宇都宮電化により白河区へと転属 その後C60 28へと改造されました。

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171.絞首台の下

1959年5月 日活 製作 公開   監督 西河克己

北海道 十勝で酪農を手伝う佐伯千早(稲垣美穂子)は音信不通の許婚 柳本憲(赤木圭一郎)からの葉書で千葉へ訪ねると、彼は殺人罪で投獄されていた。その後 脱獄してしまい、関係者が次々に殺されるサスペンス推理映画です。

千早は兄の友人で通信社を営む乾保日出(長門裕之)を頼り、乾も冤罪と思われる柳本の事件の裏側のスクープを狙って調べを進めます。乾の事務所を映す場面で、新橋付近の横須賀線 70系と山手線 72系電車の走行シーンが有ります。
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乾が柳本の行方を追いますが なかなか分らないので、ひとまず千早は帰宅することにします。上野駅 11番ホーム 次の発車は 401ㇾ 21:30発 青森行 二・三等 急行津軽号の標示が出ています。
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ホームの売店で千早の見送りに来た小山久美子(渡辺美佐子)が雑誌を買って、デッキに居る千早に渡します。蒸機の汽笛が鳴り、別れの挨拶を交わす中 静かに列車は加速して行きました。千早は二等並ロザ車に乗車した様です。
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しかしこの列車は上信越方面行の 14番線から青森行のサボを架けて発車しました。ハテこの列車は?小生の妄想では、上野に 23:06に到着した長岡発の 742ㇾが尾久へ回送される時 青森行のサボを架けてロケに使ったのではと思われます。
またロケ当時上野発の列車は常磐線 成田線方面以外は電化され、EL牽引で出発していましたのでアフレコと思われる蒸機の汽笛はイメージ先行の勇み足と思われます。

次に 乾の所へ情報を売り込みに来た 多田(信欣三)の死体が見つかったと田名網警部(芦田伸介)から連絡があり、乾が出向くと線路際の川に架かる橋のたもとで殺されていました。
そこへ鉄橋を渡って DD13タイプのDLに牽かれた貨物列車が通過して行きました。塗装の具合から あるいは東京都港湾局専用線のDLと思われ、深川線の豊洲運河に架かる鉄橋のたもとでロケが行われたのではと妄想しました。

北海道へ帰った筈の千早が三日たっても帰って来ないとの連絡があり、乾や見送りに行った久美子を心配させます。その後 千早から謎の女(楠侑子)に列車から降ろされたが、遅れて無事実家に着いたとの連絡がありました。
そこで乾は助手の山野圭子(清水まゆみ)を千早の元に派遣し、事情の聴きとりをさせます。謎の女は上野から千早の向かいに座っていたが、宇都宮を過ぎて雨が降り出した頃 急に親しげに「憲さんからの伝言で、会いたいので東山温泉で三日待っててくれ」と言われたので、途中で降りて東山温泉の旅館で三日間待っていた。この並ロザの場面 セット撮影の様です。
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しかし柳本が現れないので、家に帰ったが宿代は先方が先払いしていたと圭子に告げました。

最後は久美子と石川県へ調査に向かった乾は久美子の活躍から重要な証拠を手に入れたが、黒幕の組織に狙われ命からがら事件は解決しました。
帰路の車内 並ロザで事件のスクープ記事の原稿を書く乾と久美子が向い合せで座っているところへ、
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田名網警部と外務省の男が現れます。そして「気の毒だが国際的影響があるので、この事件の記事は差し止めだ」と告げられました。この場面も前出と同じセット撮影です。
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乾と久美子がガックリしているところへ田名網警部は、「我々は次で乗り換えるが、君等はこのまま乗って行くんだろう なにせこの汽車は出雲大社行だからな」とニヤケた顔で言います。
乾は「バカにするなよ」と怒り 書いた原稿をビリビリに破いて、海沿いを走る汽車の窓からバラ撒いたところでエンドマークとなります。
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PS.

千早は北海道へ帰るのに、何故急行津軽号に乗ったのでしょう。上野 21:30発の津軽号は奥羽本線沿線の旅客用列車で、終着 青森(13:08)まで乗っても青函連絡船乗り継ぎは4時間以上待って 17:20発の 19便です。
そして函館着 21:50 ここの乗り継ぎは良く、22:10発 普通列車 419ㇾ釧路行に乗り 池田で降りるとすると3日目の 15:50でトータル所用時間は 42時間20分です。
普通の人は 上野 20:05発の 207ㇾ急行北斗号に乗り、翌朝 9:30青森着 9:50発の連絡線 17便に乗り継ぎ 14:20函館に着き 14:50発の 7ㇾ急行まりも号釧路行に乗り 池田には3日目の 4:42着で所用 32時間37分と 10時間近く早いのです。
   

次に千早は謎の女の言葉で急行津軽から途中下車しますが、東山温泉といえば会津ですから郡山で降りたと思われます。津軽号の郡山着は 1:37ですから磐越西線の接続は4時間以上ありません。
5:44発の 215ㇾに乗っても、会津若松着 7:40です。ここから近いのですが、なんとも半端な時刻となります。上野から夜行に乗ると予想して予約・先払いした組織にしては、何故東山温泉なのか不思議です。青森の浅虫温泉辺りなら適当なのですが・・・といった疑問を感じる人はごく一部でしょう。今見ても面白く、推薦したい映画であることは間違いありません。





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138. 鉄火場の風

1960年1月 日活 製作 公開  カラー作品   監督 牛原陽一

無実の罪で網走刑務所に服役した畑中英次(石原裕次郎)が、復讐を兼ねて勧善懲悪の活躍をする任侠系アクション映画です。

石原裕次郎が歌う 主題歌「最果てから来た男」に乗ってのタイトルバックで、網走から東京へ戻る道中を細かく描いています。ここがこの映画の鉄道シーンの全てと今回は異色作を取り上げます。
先ず 最果ての雰囲気漂う 釧網本線らしき海が近い鉄路を、回転噴火止付の C58形蒸機牽引混合列車の姿が映ります。線路沿いにいた馬は、列車の音で遠ざかりました。
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続いて雪が少々有る原野を、D51形らしき蒸機が 6両の客車を牽いて通過して行きます。
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根室本線か海沿いに転車台のある小駅を通過して、急行列車らしき車内で煙草を吹かしながら寛ぐ畑中が映ります。
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次に美しく特徴ある姿の駒ヶ岳を背景に、湖畔を行く D51形蒸機重連牽引優等列車が映ります。函館本線 仁山~軍川(現 大沼)の小沼沿いの区間でありましょう。
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後部に二等車2両を連結していることから、函館発 11:35 3ㇾ急行アカシヤ号 旭川行と思われます。撮影の都合で下り列車でのロケとなったのでしょうか。

その次は北海道と別れる青函連絡船。1本陰になり3本煙突に見えますが、洞爺丸型 連絡線の様です。畑中は、あえて昼間航行の連絡線で内地へ渡った設定の様です。
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そして次のシーンがハイライトで 爽快な秋空の元 左手より C61形蒸機がヘッドマークも誇らしげに、青い 44系客車を従えて左にカーブしながら高速で通過して行く特別急行列車の姿があります。
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この列車は、当時東北で唯一の特別急行はつかり号です。青地に3羽の雁が描かれたヘッドマークは、当時 東京以北では唯一の存在でした。
最初の画像と同様 線路脇にハエタタキが並んでいますが、釧網本線と東北本線の路線規格の違いが形に(通信線の横棒が3本対7本)表れています。
このロケ地は不明ですが、C61単独で牽引しているので盛岡~仙台の何れかです。この間 183.2km で、停車駅は一関のみ と風格ある特急らしい運行でした。

続いては、架線下を C61形より一回り大きい C62形蒸機に替って牽かれる特別急行はつかり号が登場します。左手から平坦な直線を驀進して来た C62は鉄橋を渡って行きます。
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常磐線 取手~我孫子の利根川橋梁でしょうか。44系客車を青色塗装し、白帯2本加えて特別急行らしく統一されています。編成の中程には一際窓が大きいオシ17形食堂車が連結されています。
最後車スハフ43の後部には黄色地にヘッドマークと同様デザインのテールマークが取り付けてありますが、高速故かカメラのピントが不完全なのが残念です。
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最後は上野駅 13番ホームへゆっくり進入して行くシーンです。当時の上野駅は 11~17番線が地平ホームで、黒い蒸機やこげ茶色の電機・旧客ばかりで薄暗い雰囲気の世界ですね。
また常磐線列車の発着は高架ホームの 7・8番線でほぼ固定されていたので、高崎・上信越線用の 13番線への回送推進運転列車でロケして終着駅 上野へ漸く到着したことを強調したかったのでしょうか。
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畑中の行程を到着時からタイトルバックに沿って推測してみると 上野 17:00 ←(2ㇾ特別急行はつかり )ー 5:00青森 19:10 ←(連絡線18便 )ー 14:30 函館 13:51 ←(8ㇾ急行まりも )ー 23:35 帯広 15:51 ←(410ㇾ準急狩勝 )ー 13:10 釧路 13:03 ←(523ㇾ)ー 7:58 網走

となり沿線車窓を楽しみにしていたのであろう畑中は、 初日は急行まりもで車中泊 二日目は青森で一泊して三日目の夕刻 上野に到着と実に 57時間余りの大旅行でした。
単純に上京を急いだら、上野 17:00←(2ㇾ特急はつかり )ー5:00青森 4:20←(連絡線12便 )ー 23:40 函館 22:32←(512ㇾ旭川より 2ㇾ急行大雪 )ー 6:18 網走
となり連絡線内で一泊して二日目の夕刻到着と 34時間42分で着きますが、車窓からオホーツク海や駒ヶ岳 津軽海峡を見ることは出来ません。では妄想はこのへんで・・・


 

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122. 混血児リカ ひとりゆくさすらい旅

1973年4月 オフィス 203・近代映画協会 製作 東宝 配給  カラー作品   監督 中平康

少年鑑別所 愛友学園を脱走し横浜へ戻ったリカ(青木リカ)が、三沢から来たミドリ(村田美智子)から花子(宗田政美)の窮状を聞き助けに行くアクション映画です。

鉄道シーンとしては、リカが横浜から花子のいる三沢へ向かう道程に集約されています。先ず今は無き横浜駅三代目旧駅舎(1928年~1980年)へ、リカが入る場面から始まります。
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切符売り場で「東北線 三沢一枚」と言って買うと、東海道本線上りホームへと向かいます。この場面で早くも怪しい目つきで監視する男がいます。

ホームで待つリカの腰に男の手が伸びた瞬間、男は線路に投げ飛ばされました。そこへ 113系電車が入って来て急ブレーキの音が鳴り響き、何事ぞと線路を覗き込む人々。
続いて 485系特急が迫り来る走行シーン。
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しかし何故か電機の走行音です。次の車内シーンは 583系電車特有のシートが並んだ中程に、リカは一人で座ってお稲荷さんを食べています。
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この車内にも刺客らしき二人の男と、相対するサングラスの男が一人います。次はボンネット型 485系特急やまばと号が白河駅に進入するシーンです。
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そしてホームでリカは駅そばを食べています。
その時赤いコートの男が千枚通しを出すのを見たリカは、残っているソバを丼ごと男の顔に投げつけ 更に蹴り上げます。122-4.jpg
男は線路に転落し、そこへ電機が牽く列車がブレーキ音と共に進入して来ました。

車内でお稲荷さんやパンを食べていたリカは、何故途中の白河で降りてまでして駅そばを食べたのでしょうか。駅そばマニアだったのでしょうか。この当時の白河駅そばが有名だったか定かではありません。
またリカは やまばと号で白河へ到着したと示唆しています。在来線特急最盛期の当時 東北本線には数多くの特急列車が走っていましたが、特急は、あいづ号1本以外白河には停車しませんでした。山形行の やまばと号も全て通過でした。

そして次のカットでは 455系らしき急行電車が発車して行きます。まつしま号仙台行か いわて号盛岡行でしょうか。
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何れにしても白河駅で乗車できる優等列車はこれが正しい姿です。
続く車内シーンは再び 583系です。第三の刺客がナイフで襲おうとしますが、リカが気付かぬ内に坂井八郎(峰岸隆之介 → 峰岸徹)が相手のナイフを叩き落とし 助けられます。

次に 485系らしき特急の横からの走行シーンがあります。白河の駅そばで寄り道したので、福島辺りから特急はつかり号にでも乗り換えて先を急いだのでしょうか。
その甲斐あってか、明るい内に小雪舞う 三沢駅に降り立つリカの姿があります。この美しい白樺の駅舎は、新しい駅舎となった現在も一部が旅行センターとして残っているそうです。
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この三沢駅頭でまたしても刺客がリカに襲いかかろうとしますが、リカを父親と間違えた男の子が抱きついたので断念しました。
この男の子の家に寄ることになり 雪が残る砂利道を二人で歩いていると、DE10 1160 ディーゼル機関車が単機でゆっくり走り抜けて行きました。
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これは 2006年廃止となった、米軍三沢基地へのジェット燃料搬入専用線と思われます。

当時のダイヤでリカの行動を追ってみます。朝早く横浜を出発、上野発 6:40 臨時急行 いわて1号 6101M で 8:58 白河着。9:36発の 101D 急行 八甲田1号に乗れば、17:20何とか明るい内に三沢に着きます。
でもこれでは 485系や583系の特急に乗れません。映画に合うのは、上野 9:13発 1103D 急行 いいで・ざおう1号で 11:46 白河着 12:05発の 1101M 急行 まつしま1号で 12:34郡山着 12:41発 2021M 特急はつかり1号に乗り継ぎます。
このまま乗って行けば明るい内に着きますが、三沢には停まりません。そこで 17:38着の尻内(現・八戸)で 18:28発の各停 525ㇾに乗換ますが、三沢到着が 18:52 と夏場でもなければ真っ暗な時間帯です。

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