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日本映画の鉄道シーンを語る

日本映画における鉄道が登場する場面(特に昭和20~40年代の鉄道黄金期)を作品毎に解説するブログ

411.夜行列車の女

1947年8月 大映 製作 公開   監督 田中重雄

国労の大会に出席する為 夜行列車に便乗した 機関士の幸田千代次(若原雅夫)が、車内で次々起こる事件に 巻き込まれながらも 自暴自棄となった女を救う サスペンス&アクション映画です。

敦賀行の303レ 夜行急行列車に 途中駅から
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幸田が乗車し デッキで仲間から 見送りを受けていると
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発車時刻となり、車掌の近藤信雄(小原利之)が 合図すると
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D51形蒸機に牽かれて 列車が動き出します。
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その時 筧順子(鈴木美智子)が 列車に走り寄り、近藤が「危ない!」と叫ぶのも聞かずに デッキへ飛び乗りました。
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順子は 誰かを捜す様に 前方へと移動して行きますが、
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デッキにいた 川尻金造(加原武門)は 順子が持つ 白いハンドバッグに目が留まり 後を付けるのでした。

前方では 専務車掌の三木文平(花布辰男)と 近藤が検札をしていると、
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子連れの女性が「敦賀に第二福徳丸が 着くのは何時でしょうか」と問うので 近藤が「調べてみます」と答えると
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座席の下から「7時だよ」の声と共に 二人の子供がはい出てきました。
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薫(黒須幹彦)と次郎(黒須光彦)の二人は 常習無賃乗車犯でしたが、車掌達からは 憎めない存在でした。
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その後 恩人高枝から 自殺を予感させる手紙を 受け取ったので 敦賀行急行列車に 飛び乗った順子が、デッキで 誰かに首を絞められ 倒れてきたので 幸田は順子を担ぎ
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車端部のロングシートに 寝かせると、乗り合わせた医師(見明凡太郎)に託し 二人を連れて 車掌室へ連れて行くと
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最後部で白河高枝(及川千代)が 煙草を吸っていました。 何故か順子・高枝共に、白い革のハンドバッグを 所持しています。
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高枝は 幸田が何を聞いても 投げやりで、二人の子供の 切符代を払う一方で 自殺志願者だと 自暴自棄な様子で言います。

それから 通過駅で駅員が「京都からの非常伝文」と 叫びながら渡された タブレットキャリアの中に、
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(京都での宝石強盗の一味の女賊が 白なめし革のハンドバッグを持って 303レに乗車した模様 またこれを 奪わんとする男も 乗車の形跡有り)と伝文がありました。

高枝を女賊と 思った三木が 司法警察吏の 身分証を提示して
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車掌室へ連行しますが 幸田に託します。高枝はキッパリと否定し「引き揚船での 恋人の帰りを 待っていたのに 到着前日に 船内で死亡し、挙句に 別の男にも騙され 誰も信じられなくなった」と話すのでした。
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そこへ薫が 「姉ちゃんのバックが盗まれた」と伝えに来たので、幸田は「他人を信じて行動する人もいるんだ」と高枝を諭し 順子に引き合わせると、命がけで 自殺を止めようと来た順子に 感激する高枝でした。
一方幸田は 川尻を追い掛け、先の車輌へと 移動しながら捜しkます。
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逃走する川尻は 洗面所で女賊の 原宏子(平井岐代子)に会い ピストルを奪い取ると、客車の屋根に逃げたので 追い駆けた幸田は 走行する屋根の上で 追い付き格闘となりました。
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それを見て三木は 車掌室の非常弁を操作して 列車を緊急停止させ、
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幸田は川尻を 線路際で取り押さえ 近藤に引き渡しました。
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高枝も乗客に続いて下車し、幸田のいる前方へ向かいます。
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ところが格闘中に 川尻が発砲した際に タマが炭水車の側面に当たり、水が勢いよく 噴き出しています。
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降りてきた機関士(高村榮一)が それを見て「敦賀迄あと15分だが、とてももたない」更に「30分後には 後ろから貨物列車が来る」と言うので、一同困りきった表情です。
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機関士と機関助士(大塚要)が 水を止めようとしますが 無理な様なので、
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幸田は覚悟を決めた表情で 炭水車にぶら下がって 体で噴き出す水を押さえ「発車してください」と 機関士に伝えます。
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機関士は心配そうに 幸田に確認すると、今野機関助士を促し カマを動かします。

高枝は客車の 最前部デッキから 身を乗り出して、危険な状況に 身を投げ出している 幸田を見詰めています。

列車が闇夜を 切り裂いて走り続ける間 高枝は終始幸田を励まし続け、最後には「私あなたの言うことが 分かったわ」と涙しながら伝えます。

やがて列車は スピードを上げて 朝まだきの海沿いを 疾走した後に、
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終着駅敦賀に たどり着きます。
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停止すると 幸田はホームに崩れ落ち 高枝が真っ先に駆け寄ると
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、交わす会話で 二人のわだかまりは 解消するのでした。

川尻と宏子は 警官に連行され、
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高枝と順子に 微笑みが戻り
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次郎達とも笑顔で別れました。
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PS.

  本作の一番の収穫は 終盤突如として現れる C53形蒸気機関車でしょう。3シリンダーの ハイパワーながら スポーク動輪が 美しいカマですが、軸重の重さから 特甲線の東海道本線・山陽本線でしか 運用出来なかったそうです。(小生C53形蒸機が映る劇映画は。他に記憶がありません)  

1枚目の画像で映る 最後部はスハニ34形と 表示がありますが、17枚目の画像では 最後部の客席の後ろに 便所があり、その後ろに 車掌室が全横巾である セットとなっています。19番目の画像の様に 実車では半車荷物室の スハニ34の様です。(当時は20枚目の画像の様に 荷物室にまで 大勢の乗客です)

幹線の急行列車なのに D51形蒸機が牽引機なのも 情けないですが、4枚目画像の様に ナンバープレートを供出したのか 盗難に遭ったのか ペンキ書きとは 寂しい限りですね。

25枚目画像の様に 炭水車の上部に穴を開けても 実際には水圧は低く、画像の様に 水が噴出するとは?(あの場所の内側は 本来石炭?) 護身用の 小型拳銃で 鉄板を貫通させるには 至近距離で正面から撃たないと?(幸田の根性には 敬服しますが、まだあの高さまで 水があれば充分 走れるでしょう)

303レ急行列車で引き揚げ船が到着する敦賀へ向かう設定ですが、史実では敦賀港は1945年5月以降度々機雷が布設され、7月12日には大規模な空襲があって港の機能が壊滅し1952年に復旧するまで使えなかったそうです。引き揚げ者が着く港と言えば、敦賀から近い舞鶴が有名ですが・・・  (敦賀駅は 現在でこそ 新幹線・特急の終着駅ですが、当時は 米原からの普通列車が 3本のみ敦賀終着でした)

当時の時刻表から303レを妄想すると、東京18:30発5レ門司行に電機 ⇒ 蒸機となる21:14発の沼津から乗車し、3:58着の米原で4:40発の563レに乗り換え7:02に終着敦賀に到着が映画に合致します。(近くで303レは城端線に実在)

28枚目画像の様に C53形蒸機で 敦賀へ乗り入れるのも 無茶ですが、当時の敦賀が 28枚目の画像では非電化なのに D51形蒸機らしきが到着した 30枚目の画像では 電化されている様に見えます。


 数々のツッコミを 並べましたが ペンキ書きナンバーの D51やC53が走り抜ける姿・焼け落ちた屋根の 骨組みが残るホーム・板貼りの窓等々、終戦2年後の 鉄道シーンが鮮明に映る本作は 貴重な資料と言えるでしょう。



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406.神様のくれた赤ん坊

Category 筑肥線

1979年12月 松竹 製作 公開   監督 前田陽一

同棲生活を送る 三浦晋作(渡瀬恒彦)と 森崎小夜子(桃井かおり)の所へ 見知らぬ女(樹木希林)が現れ、子供を押し付けられて 父親探しの 旅の道中を描いた ロードムービーです。

序盤 京王帝都電鉄の車内で 三浦は小夜子から、「妊娠した様なので、是非産みたい」と告げられ 慌ててしまいます。
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その夜 突然見知らぬ女(樹木希林)が 子連れで現れ 田中アケミからの「少年を父親の所へ連れて行って」と 5人の候補者を 書いた手紙を渡し、東京在住の三浦に 少年・田中新一(鈴木伊織)を 押し付け去りました。

三浦が5人の一人なので 小夜子は怒り 家出したので、三浦は子連れで 尾道にいる田島啓一郎(曾我廼家明蝶)を目指して 東京駅から博多行き 新幹線ひかり号に乗ります。
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ところが 車内に小夜子もいるので 改心したのかと思ったら、
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小夜子は 亡くなった母親のルーツを 尋ねに行くところで 別席でした。
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 それでも新一のことが気になるのか、アイスクリームを差し入れしてくれます。
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尾道では 田島の秘書(河原崎長一郎)が 該当者でしたが、30万円の養育費で 泣きつかれ了承し 小夜子も次の中津へ同行します。

新幹線で小倉へ行き
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日豊本線の赤電に乗り換え
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中津の福田邦彦(吉幾三)宅へ行くと、今日 これから別府で 結婚式があると聞いて 式場へと行きます。

福田は 5万円しか出さないので 小夜子が友人スピーチに飛び入りし 昔の女の事を匂わせると、慌てて父親が「百万円出す」と伝え 祝儀袋の束を渡すのでした。

小夜子が 母親の出身地である 天草行を望んだので レンタカーで熊本を通って 天草へ行くと、母親が長崎円山の 大野楼で働いていた 情報を聞きました。

市電が頻繁に走る長崎には
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三番目の 元プロ野球選手の 桑野弘(小島三児)も いたので行くと、ライオンズ絡みの ケンカとなり 中西太のサインボールしか 手に入りませんでした。

小夜子は 母が唐津に転居して 小夜子を育てた話を聞いて 訪ねると、幼少期の記憶にあった 風景がそこにありました。

最後の男は 高田組の高田五郎という、若松に住む 川筋者らしいのです。筑肥線らしき 海沿いを走る、タラコ色の 気動車が映ります。
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車内で三浦と小夜子が 仲良く並んで座り、話し込んでいると
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新一がいません。急いで車内を捜すと、
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前の方の車輌に 寂しそうに 一人で座っていました。
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こうして 筑豊本線の起点である 若松駅に着くと、
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終着点の様に 皆で手をつないで笑顔です。
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尋ねた高田は 二年前に事故死していましたが、跡継ぎの 三代目高田まさ(吉行和子)が 快く引き取ってくれました。しかし帰り道で 二人の心中は同じで・・・




PS.
  山陽新幹線全通から 4年目の作品で 未だ新尾道駅は存在していません。車内の座席は 0系初期型の 転換式シートですね。

  12枚目の画像に映るのは タラコ色のキハ30系気動車でしょうか。14:08博多着と放送があるので、東唐津 12:36発の博多行 542Dと思われます。  (米手作市様のコメントで訂正しました)

  なので 国鉄線だけでは 唐津 10:24 → 10:34 山本 12:03 → 12:15 東唐津 12:36 発 542D に乗り継ぎですが、不便なので 地元の人は 唐津~東唐津を 僅か5分でつなぐ 昭和自動車路線バスを 利用していました。

  また本作公開当時は 博多から筑肥線で 伊万里へ行き 松浦線で佐世保を経由し、大村線で 長崎まで行くという 今では考えられない 西九州を大回りする 急行平戸号も 一往復ありました。

  筑肥線は 1983年3月に 博多~姪浜と 虹ノ松原~山本が 廃止となり 唐津~虹ノ松原を開業し、唐津~姪浜を電化して 福岡市地下鉄と 相互直通運転で 画期的に 利便性が良くなりました。


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404.新幹線大爆破

1975年7月  東映 製作 公開   監督 佐藤純彌

走行中の新幹線 ひかり109号博多行が 時速80㎞以下になると爆発する 爆弾を仕掛けたと電話があり、時間制約の中で 身代金受取を計る犯人と 事態解決を願う国鉄・犯人逮捕を目指す警察との攻防を描いた アクション映画です。

冒頭 過激派学生崩れの 古賀勝(山本圭)は 深夜夕張駅構内へ忍び込み、
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翌日 追分行の貨物列車に 電磁式速度計と 電気信管起爆式爆弾を仕掛けます。
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翌朝 リーダーの沖田哲男(高倉健)に 報告電話をすると、爆弾入手相手の 藤尾(郷鍈治)が 逮捕されたことを知らされます。

続いて 東京駅新幹線ホームが映り
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 ここで清掃員のバイトをしている 大城浩(織田あきら)は、ホームへの階段途中にある ドアへゴミ籠を入れる時
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博多へ護送される藤尾と目が合い、うらめしそうに藤尾は大城を階段の上までにらんでいます。
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そして 新幹線ひかり109号運転室では 青木運転士(千葉真一)が 列車種別設定を超特急に合わせ
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列車番号設定を109にして、新幹線総合指令所に 電話報告して 定時発車指令を受け 発車しました。

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ひかり109号が 新横浜駅を通過した頃 沖田は国鉄本社へ電話し、鉄道公安本部長の 宮下義典(渡辺文雄)は 沖田の話を聞いて 幹部職員と対処方針を協議します。

そして 青木運転士に状況を伝え 沖田が同じ爆弾を仕掛けた 夕張発貨物5720レ追分行は 夕張~紅葉山が ノンストップなので、途中駅での タブレット交換時に 伝文で退避指令を伝えました。
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タブレットキャリアに添えられていた「速度が 15㎞/hまで下がると 爆弾が爆発する」との伝文を読んだ 機関助士(宮地謙吾)は、直ぐに機関士(畑中猛重)に渡すと「この先の上り坂が危ない 飛び降りろ」と言われました。
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キャブの左右から 二人が飛び降りると 15㎞/hまで下がった列車の 最前部無蓋車の 台車に仕掛けられた 爆弾が爆発し、
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脱線した機関車は 暴走の上に 沿線の小屋に激突し 更に大爆発してしまいました。
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北海道からの報告を聞いた 運転指令長の倉持(宇津井健)は 速度を120㎞/hまで落とす様指令しますが、
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前を行くひかり157号が 故障で停車したので 浜松駅で上り線へ迂回する作戦を伝えます。
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ところがすれ違う筈の 上りひかり20号も 接近しているので、
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回送に種別変換し 速度を90㎞/hまで落とし 手前で一旦120㎞/hまで上げて 浜松駅手前でATCを切って 惰性で分岐点を通過 上り線に入ったら 非常ブレーキが解除されるので 速度を戻す作戦とします。

浜松駅手前の 分岐点には職員が待機し 上りひかり20号が通過直後に
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手動でポイントを切り替え、下りひかり109号は スレスレで 上り線へと転線し
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ひかり157号を回避して 無事 豊橋で元に戻れました。

その後 500万弗の 身代金受け渡しは、警察の失態で 大城が死亡して不成功。続いて身元の割れた 古賀は自宅捜査に続いて
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路上で見つかり 都営三田線車庫で 接近する列車の直前を 走り抜けたので 逃げ切ったと思った時
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刑事に撃たれ、足を引きずりながら ホームへ上がり 電車で逃げることができました。
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二度目の受け渡しは成功して 沖田は爆弾の位置と 撤去方法の図面を 預けた喫茶店を知らせますが、刑事が駆け付けると 火事で燃えてしまっていました。

国鉄も台車が怪しいので 橋梁下部から 投光器とハイスピードカメラで 撮影検討の結果、爆弾の位置が判明したので ドア外から除去を試みますが失敗。

デッキ下の ゴミ箱横の鉄板を 切り取れば手が届くので、救援車を並走させて 酸素溶接機を送り渡して 焼き切る作戦を試みます。救援列車が追い付き
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渡り板とロープで、アセチレンボンベと 酸素ボンベを送り成功しました。
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そして ゼロ地点と決めた 山口県小月に無事停車し、待ち構えた消防隊や国鉄職員が 喜び駆け寄る姿があります。
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PS.
  1枚目の画像は 秩父鉄道広瀬川原車両基地で 照明車を持ち込み、社紋等にテープを貼って 撮影したそうです。なので 夕張の設定なのに、セキ等の運炭車がありません。

  3枚目の画像では 当時の東京駅新幹線ホームが 映っていますが、16~19番線の4本しかなく 既に増線工事が始まっています。4枚目の画像は 懐かしの、パタパタ案内板ですね。

  5枚目の画像では ホームまでの階段途中にある ゴミ置き場への通路への 扉を開けた場面で、丁度レールと 同じ高さなのが 分かるシーンです。6枚目の画像の後 レール脇の通路に出て、映像はありませんが この後通路から台車に 爆弾を仕掛けたのでしょう。

  12~15枚目の画像のロケは 北海道炭礦汽船 真谷地炭鉱専用線で行われ、12枚目の画像は 旅客営業時代の 清真台駅跡で 行われた様です。

  16・17枚目の画像のロケは 佐藤監督の拘りで 3か月前に廃線となった 旧夕張鉄道鹿ノ谷~若菜(当時は化成工業所専用線)で 1975年6月8日に行われ、地元新聞夕刊に 爆破シーンの写真と共に 記事が掲載されています。

  爆破された 9600形蒸機は 12~15とは別の 旧夕張鉄道の廃車となっていた 無火の21号機で、+無蓋車3輌+有蓋車をDLで押しての 推進運転で行われました。こちらはスノープロウがあり、テンダーも違いますね。

  専門業者に依頼して 爆薬を使ったロケでしたが 重い96はビクともせず、脱線して 線路わきに立つ枕木をバタバタ倒し 火薬庫に突っ込んで 大爆発した設定に変更し、火薬庫に見立てた 小屋をレールの上に建てての 撮影だったそうです。

  4・9・10枚目の画像は 東京駅での盗み撮りですが、11・19・20枚目の画像は 沿線から撮影した映像です。22枚目の画像は スレスレの すれ違いシーンですが、レンタル代が 一日100万円の シュノーケルカメラを 映画では国内で初めて使って 撮影されました。

  8・18枚目に映るCTC指令所のセットは 国鉄の協力が絶望となったので 無名の外国人役者を ドイツの鉄道当局技師として 見学申請したらOKとなり、美術監督が通訳として同行し 隠しカメラで撮った写真から作ったそうです。しかし公開後に 巨大なパネルが 左右逆になっていると 指摘されています。(分かり易い様に、あえて実在の東京→博多の向きに合わせて右→左としたそうです)

  24枚目の画像は 都営地下鉄三田線志村車両検修場での 6000形ですが、続いての 去り行く電車シーンは 西台駅での撮影です。

  タイトルは 新幹線大爆破で 実際には爆破されませんでしたが、心配する倉持の想像場面で 爆破シーンがごく短時間あります。
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  後に 鉄道ジャーナル誌で、「ポイントの接近鎖錠と 保留鎖錠が無視されている」「新幹線の東京~博多の営業キロは 1176.5㎞だが 実際の距離は 1069㎞なので、営業キロを基に計算していると 1時間以上前に博多に着いてしまう」等々・・・色々指摘されています。

  公開して 営業的には不振でしたが フランス他 海外では好成績で 黒字作品となり、1975年キネ旬7位でしたが キネ旬読者選出では1位となっています。



参考 : キネマ旬報1975年7月上旬号  映画撮影№58  鉄道ジャーナル1975年10月号  週刊現代・・・・・  

  

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