日本映画の鉄道シーンを語る

日本映画における鉄道が登場する場面(特に昭和20~40年代の鉄道黄金期)を作品毎に解説するブログ

238.女のみづうみ

1966年8月 松竹 配給 公開  現代映画社製作   監督 吉田喜重

結婚8年目を迎えた水木宮子(岡田茉莉子)が出入りのリフォーム デザイナーと密会の折 撮らせたヌード写真ネガを、夜道で男にバッグごと奪われ 脅迫されるサスペンス調映画です。


男から「明後日 上野発 4:28の急行に一人で乗り 切符は片山津まで買え。来なければご主人にフィルムを送り付ける」と電話が有り、宮子は覚悟を決めて 男の指示通り出掛けます。
上野駅広小路口で密会相手の北野(早川保)に会い、片山津へ行くことを告げます。宮子は止める北野を振り切って、着席券の案内看板が目立つ 中央改札口へ向かって歩いて行きます。

宮子が改札口を通り抜ける時、職員が頭上に吊るされた列車案内板を取り換えています。外した案内板には 9:18と記載があり、ロケが行われたのは 9:20頃と思われます。
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そして 14番線ホームへと歩いて行きます。東北・上信越方面への新幹線が全く無いこの時代、構内はとにかく人人人で ごった返しています。
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入線している列車の次に入る列車を待つ人か、込み合っている 14番線を進んで宮子は乗車します。デッキから入った車内は 指定席一等車の様で、通路に立っている人もいる中 女子の隣に座ります。
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一方北野は迷った末に入場し、14番線へと急ぎます。ホームを前方へ急ぎ足で進みながら車内の宮子を探して行くと、漸く窓際に座っているのを発見するも 一瞬目を合わせただけで視線を外す宮子なのでした。
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その後 暗くなった車窓を見つめる宮子の姿が映った後、列車は とある駅に停車して下車します。構内放送から「北方線 脱線事故の為 片山津方面の方は当駅の待合室でお待ちください」と聞こえて来ます。
宮子が暗いホームのベンチに座っていると
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男が近寄り「お困りでしょう」「いいえ」「どちらまで」「片山津です」と短い会話があります。どうやら脅迫してきた男が現れた様です。
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しかし後続列車で北野が追いついたので、男はその場を諦め 宮子は北野と一緒に再開した列車で片山津を目指します。翌朝 EF 80形電機らしきが映った後
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小さ目の駅舎から出てくる二人です。
ここまで観てくると 上野から宮子が乗ったのは、10:00発の 601レ急行 白山 福井行と思われます。脱線事故があった北方線とは北陸本線と思われ、高岡か金沢辺りで運転見合わせとなったのでしょう。
片山津温泉は有名ですが片山津という駅は無く、最寄りの駅は動橋(いぶりはし)です。宮子と北野が下車するロケが行われた この駅は北陸本線 金津駅の様ですが、謎の男が二人の後を付けています。
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それから片山津温泉で宮子・北野・男 桜井銀平(露口茂)のやり取りがあり 再び 北野を振り切って桜井の所へ向う時、ロケ前年9月に廃線となった北陸鉄道片山津線の廃線跡沿いの道を歩いて行きます。
レールを剥がされ、砂利と柵柱だけ残され 車の置き場となった姿が哀れです。もう一年前にロケが行われて、北鉄の電車で二人が片山津温泉を目指す場面があったら良かったのですが・・・
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宮子は桜井を東尋坊の崖から突き落として 写真も焼き払い 解決したと思ってホテルへ戻ると、北野から電話で全てを聞いた夫 水木雄造(芦田伸介)が夜行列車で来ていました。
男は死んだと聞かされた水木は、帰ろうと告げます。ED 70形電機の走行シーンの後
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何処か不明の駅のホームで待つ水木・宮子の前に
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直江津行のサボを吊り下げた旧型客車列車が到着します。

無言で向かい合わせに座る二人の横の窓越しに、戸袋が丸形窓になっている特徴のある車両が一瞬映ります。ひょっとしたら北陸鉄道のデハ 106形でしょうか?
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北陸鉄道 永平寺線・丸岡線で走っていた車両なので、ホームの様子などから永平寺線と北陸本線が接続する金津駅と思われます。

列車が駅から離れて加速した頃 突然前方のデッキから桜井が現れ、宮子の前を無言で通過して最後部デッキへ歩くのを宮子は追って行きます。
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水木は桜井の顔を知らないので、トイレにでも行くのだろうと気にしません。最後部デッキで桜井は「奥さんの計画は失敗しましたね」と言いますが
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その後の展開は?という所で唐突にエンドマークです。








水木と宮子が金津駅から乗ったとすると 下りの北陸本線を日中走る普通 直江津行は、手元にある 1967年5月改訂時刻表では 11:05発の233レが唯一の列車です。
そしてこの列車に乗ると 金沢に 12:29到着し、13:00金沢始発の 1002D特別急行はくたか号に接続して 上野に 21:00到着するので筋が通っています。

東京に住む人間にとって北陸へ行くのに信越本線経由という思い込みがあるのか、架空列車や駅を登場させても実質 行きは急行白山を使っている様です。
何事も無ければ 10:00発で当時は福井行の急行白山が動橋に着くのが 20:33頃なのです。温泉に行くには遅すぎる時刻です。
一方 東海道新幹線が開通している当時は 東京発 11:35の(こだま115号)に乗れば 14:48 米原着で 15:03発(急行第二立山)に乗り換えて 17:10動橋着と所要時間を比べても大差があります。

鉄道シーンが全編の一割以上ある本作は国鉄の全面協力でロケが行われた様ですが、脱線事故の構内放送(アフレコ?)などよく了承したもだと思います。

当ブログを発表以来 コメントを頂いた中で 石川在住の いずみ様 からの情報により、当初 大聖寺か?と記した駅が 金津駅と判明したので本文を訂正させて頂きました。




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237. 暴力

1952年8月 東映京都製作 東映配給   監督 吉村公三郎

大阪新世界の怪しげな〔ことぶき旅館〕で養父 山田秀次(菅井一郎)から客引きをさせられている孝子(日高澄子)が、何時しかこの暮らしから抜け出したいと願いもがく姿を描く作品です。

冒頭 朝まだきの鉄路を、8620形蒸機らしきが牽く貨物列車が走り抜けます。その後を二人の男が走って行き、その先にはムシロを被せた遺体の傍らに警官が二人立っています。
顔を見せられた二人から「ことぶき屋のハツ子」と判明して、主人の山田が呼ばれて来ます。山田は大阪市電の線路を渡り、土手を上がって現場へと行きます。
ハツ子の確認をしていると、C57形蒸機が汽笛を連呼しながらやって来ます。
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山田が反対側の線路に避けたところに、C57254 が客レを牽いて通過して行きました。
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後日 東京から来阪した女流作家(夏川静江)を地元の新聞記者らしき男(泉田行夫)が案内して、現場付近の線路に上がります。「この線は関西線 大阪から名古屋へ行きます」
左手を指して飛田遊郭・線路前方が釜ヶ崎・右手が新世界と説明しますので、遥か前方に見える跨線橋らしきが南海電鉄本線でしょうか。この頃は未だ大阪環状線も無く、1964年開業の新今宮駅もありません。

続いて大阪市電が走る道路を渡って新世界へと向かいます。走っているのはこの頃としては良車の 1601形でしょうか、角ばった車体にビューゲル集電器を付けています。
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この場所は大阪市電 1・3・4・11系統が走る、動物園前電停~霞町電停の間と思われます。非電化の関西本線をC57が牽く先程の列車は、湊町(現 JR難波)発上り一番列車 340レ亀山行でしょうか。

中盤 近所の映画館兼・女剣劇兼・ストリップ劇場の社長(進藤英太郎)から頼まれた山田は、非道にも 孝子を金で売って〔きよ元旅館〕へ行かせます。
貨物列車が通過した背後にある〔きよ元旅館〕二階の窓辺には、孝子が座っています。踏切警手が白旗を振る後方からは、C51形蒸機 C51254が牽く対向客レがやって来ました。
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続いて窓辺に座る孝子の後方に大阪市電が映ったと思ったら、C58形蒸機らしきがダブルルーフの客車を牽いて、高速で走り抜けて行きます。当時も C51が牽く客レは少ないのでしょうか。
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C51254・C57148 は共に当時は奈良区 所属で、他に 8620形・C58形・C11形・貨物用の D51形等々合計38両もの蒸機がいたようです。
孝子は頃合いに盲目の妹 静子(若山セツ子)が迎えに来る様に示し合わせていて、うまいこと難を逃れる したたかな一面を見せてくれます。







PS.

関西本線は名古屋~大阪で官営鉄道と乗客獲得競争をして張り合った関西鉄道をルーツとしていますが、国有化後は次第に東海道本線に水をあけられてしまい 現状に至ってます。
ロケ当時でも名古屋~湊町 直通の普通列車が3本・準急列車も3本あり、2年前の 1950年10月から東京~湊町を結ぶ急行大和も走り始めています(東京 23:00⇒9:30 湊町 19:20⇒6:08 東京)

当初は座席急行としてスタートし、その後寝台車を連結 末期には金沢行の能登号との併結運転で 1968年9月末まで走っていました。末期のダイヤでは(東京 22:35⇒9:43 湊町 19:23⇒6:00 東京)
更に関西本線 王寺から1両のB寝台車を切り離して、和歌山線の普通列車に連結しての和歌山市駅行もありました。(東京 22:35⇒8:38 王寺 8:48⇒11:44 和歌山市 17:11⇒19:56 王寺 20:06⇒6:00 東京)
この和歌山市行は 1962年から連結され始めたそうですが、需要はともかく県庁所在地から東京直通列車を望む声が強かった時代背景があったようです。

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236.朝を呼ぶ口笛

1959年3月 松竹 製作 公開   監督 生駒千里

高校進学資金の為 新聞配達のバイトをしている吉井稔(加藤弘)は母親の手術費用の為 進学を諦めようとするが、職場仲間の協力と励ましで 再び夢に向かって進み始める 青春映画です

中盤 吉井の職場仲間で大学の夜間部に通う 須藤隆司(田村高廣)は、交際している京成バス車掌の前川静子(瞳麗子)・その兄 前川一郎(山内明)と上野で待ち合わせます。
先に来ている前川兄妹が見ている先には、中央通りを上野公園電停から上野駅南口電停へ向かう1系統(品川~上野駅南口)24系統(須田町~福神橋)30系統(須田町~寺島町二丁目)何れかの6000形車両らしきが見えます。
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続いて 浅草方面をバックに3人が話す場面では、上野駅高架ホームに到着した列車の機回しでしょうかEF58形電機が浅草の仁丹広告塔と共に映っています。
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須藤は二人に就職試験を受けた本命会社から不採用の通知が来た事を告げ、「静子さんを幸せにする自信が無くなったので秋田の鉱山会社に一人で行く」と話すや注文品を待たずに食堂から飛び出して行くのでした。

次に踏切の警報器が映り 3両編成の京成電車がゆっくりと通過して行きますが、
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まだ踏切上に車体が有る内に 遮断棒は上がっていきます。
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そして元気のない須藤が渡って未舗装の道路を歩いて行きます。
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電車が進んだ右方向には小さな駅舎の京成押上線 荒川駅が隣接しています。この駅は高架化工事中の1994年に現在の八広駅へと改名されています。
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左方向には荒川を渡る低い橋梁があり、1991年にはタンカーが橋桁に衝突して運休となった事故がありました。翌年から橋の架け替え・高架化工事が始まり、1999年9月に現在地に移転しています。
荒川駅は 1963年4月に公開された「下町の太陽・監督 山田洋次」で登場して有名ですが、1978年12月 同じ松竹から公開された「俺は上野のプレスリー・監督 大嶺俊順」でも主役の友人の勤め先として登場しています。

その後 土手下にある新聞販売店に帰った須藤は、進学を諦め 就職の為 店を辞めようとしている吉井を見るや土手上に連れ出して 進学するように説得します。
二人の背後では 京成本線の3連電車が、京成綾瀬川橋梁を渡って京成関屋へと向かっています。
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続いて大きな荒川を渡る京成荒川橋梁は、1931年3月完成以来 86年間京成電車を支えています。
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周辺の土地は地盤沈下が激しく 堤防の嵩上げ工事をするも、両側の線路接点部分が水害の弱点となっています。そして橋の老朽化もあって、現在 架け替え工事が準備段階まで進んで進行中です。
吉井・須藤が働く新聞店は荒川駅近くにあるのですが 二人が座っているこの場所は、葛飾区小谷野町 現在の堀切4丁目1番地付近の荒川・綾瀬川間にある土手の上で 1.8㎞程離れています。しかし風景重視のロケ地故に、詮索は控えさせて頂きます。
この映画で 吉井のことを何かにつけて励まし・応援する女学生 刈谷美和子役を映画初出演の吉永小百合が演じています。日活映画専属契約で大活躍した彼女も、初出演は松竹映画なのでした。








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